ピストル #1
「動くな!! 動いたらコイツ殺すぞ!!」
海の波が引いてしまうほど大きな声で 叫ぶ男は、グルの首根っこを掴んで持ち上げていた。まるで子猫か何かのように見えるが、銃口を突きつけられているという事実で可愛らしい表現も出来ない。
(何で深い所まで潜ったのに掴まれてるんだ?)
グルの頭にはひたすら疑問符が浮かぶ。そして、あまりの不可思議さに口を開いてしまった。
「潜ったのに、俺のこと取りに来たんですか? 悪趣味ですね。おかげで、抵抗すれば撃ってくれるわけですか……ほんと性格悪い」
銃に頭を擦り付けながら残念そうにそう言ったグルを男は怒鳴りつけた。
「当たり前だろうが!! この女が追いかけてくんだよ。このままじゃ俺とお前は天国行きだ!!」
「……いえ、二人揃って地獄でしょ」
グルが眉をひそめる。そのとき、こころなしか男も悲しそうな表情を浮かべていた。砂浜に立っている女はラッキーという顔で拳銃を構えると引き金を引く。
バン。
一発の銃声。男はうめき声を上げてバタンと浅瀬に倒れてしまった。海の水が赤色に染まり、イチゴ味のシロップのようになっている。海に叩きつけられたグルは男の落とした銃を拾おうとしていた。
「アンタ変わってるね〜。『撃ってくれる』なんて普通の人なら言わないよ〜」
銃を構えたまま、そう言い放った人物はグラサンをつけた女だ。長い髪先を赤紫に染めて口紅もつけている。なのに、体だけは真っ黒でコートを身にまとっていた。
「男を殺したぐらいだから、どうせ俺のことも撃つんだろ」
ため息交じりの声を上げながら
肩を落として、生気のない目をしているグルを、女は面白く思っていた。
「撃たないよ。アンタ、名前は何?」
ニヤニヤと緑の目を覗かせながらグルに問いかけると、返事は早かった。
「……グル……」
「わー、今日迎えにいく予定の子!! マジ? 拉致する手間が省けたわー! 」
もっと声を上げ、女は高く笑った。海に響くほどだ。
「……え? ど……どういうこと? 俺はお前に拉致される予定だったのか」
グルが落胆したような表情を見せても、女は動じない。むしろ気がついていないようにも見えた。
「吉木がさぁ、心の準備できてないからパローマが迎えに行って……なんて言ってきたんだよ? 男として駄目だよねぇー」
ふぅと大きく息を吐いて、安心したようにパローマが銃を仕舞う。
そして、浅瀬に立っているグルの手を引いた。
「とにかく、タイに行こーね! もう……昨日から吉木がギャン泣きしてたよ 」
「意味がわからない。 吉木は遺言を残して自殺した。そうだろ?」
遺言を確かに見たグルは、正直信じられなかった。文章も吉木が書くものに似ていたこともあり、弟が騙すわけもないと思ったのだ。
「え? ……マジでなんのこと? 」
二人の間に沈黙が走る。パローマは目をまんまるにして考え込んでいた。波が一度引いて、またこちらに寄ってくるとパローマが思い出したように声を上げる。
「まさか、あれっしょ? 後を追うなみたいなやつ」
「……そうだ」
うん、と顎を引いて頷く。パローマは困ったように眉をひそめた。
「えっと、あれさー……偽造だよ? アンタに対してなら一緒に死のうって言うのが 普通だと思うけどなー。だから海に沈んで後追いしようと?! 男に救われたじゃん。ラッキーだね」
その口調は明るい。
「……偽造って、なんで?」
狐につままれたような気持ちになったグルが問い返すと、パローマが失笑した。
「ウチら犯罪組織だし。アンタのこと殺して 吉木を後追いさせようとしたんだよ。 汚いねー。コッチの業界は」
「……俺は騙されてたんだな」
絶望したような表情で視線を下に向ける。許せないという気持ちもあったのか、拳に力を入れた。
「そうだねー。でも、見抜く力をウチが稽古してあげるから安心して!」
「は?」
「稽古」するとはどういうことなのだろうか。疑問がまた一つ増えたグルは、必死に状況を脳内で整理する。そして、よく考えてみたらおかしいと気がついた。この女は犯罪組織の人間で、吉木と知り合い。グルを迎えに来た。それが意味することを考えると嫌な予感が脳内に浮かぶ。
「俺って吉木のところに連れて行かれて 何されるんだ? 稽古ってどういう……」
「んー? ウチらと同じ暗殺者 になるだけだよー」