コメント
0件
#2
「暗殺者?! 聞いてない聞いてない……。嘘だろ……?」
グルは絶望で崩れ落ちると、脳内にある考えが過った。
「……待て、違うな。吉木も暗殺者なら同じ仕事を同じところで? 」
もしも、そうだとしたらどんなに嬉しいことだろうか。犯罪を犯すという恐ろしさよりも胸の底にある歓喜が勝っていた。
「うん。そーだよ! 今からちょっと電話して、組を確認するから 待っててねー」
パローマがコートのポケットからスマホを漁る中で、グルは電話相手を考えて背筋が凍った。
「……誰に?」
恐る恐る聞いてみると、躊躇なく返事が返ってくる。
「吉木に」
待て、唐突すぎる! パローマはそう言いながら首を横に振っているグルを知らんふりして電話をかけた。
「グルのことなら捕まえたー。 ペアでいいよねー?」
「うん。逆にペア以外は認めないから! 話してる暇があったらすぐにこっち来て。グル君と話したいことが山ほどある」
会話はこれだけで終わった。長々と話すかと思いきや、そんなことはないらしい。グルは口を微かに開けて「もう終わった?」と信じられないようである。メールでいいだろと内心思っていたのかもしれない。
「よし。早くいかないとウチが吉木に殺されちゃうから睡眠薬で眠らせるねー」
パローマがコートの左ポケットから睡眠薬(サイレース)を取り出す。かなり強力なやつで、人体に影響が出るほどだった。
「ま、待て。抵抗しないから飲ませるな」
服が濡れるほどの冷や汗をかきながらグルが言うと、パローマが呆れたかのように溜息をつく。
「グルぅ、アンタ頭いいんでしょ。 なら分かるはず。眠らせたほうが場所もわからないし合理的」
「目隠し……とか」
「辞めて。ウチが変人になる」
「男眠らせる女も変人だろう??」
「……もう、いいから飲め!! 飲みなさい!」
口に錠剤を押し込んで、鞄から水筒を取り出すとすぐに流し込ませた。
「効果は何分後だ?!」
咳き込みつつも、急いで訊く。パローマは非常に淡々として落ち着いていた。
「15分後くらいだから移動しよ? それからタイに着くまでの12時間くらいかな……眠っててもらうから」
「えぇ……途中で俺が倒れたらどうするんだ」
グルが呆れたように鼻を鳴らす。パローマはスマホをいじりながら口を開いた。
「ウチが運ぶ」
予想外の回答。別に平気という涼しい顔で言うパローマは慣れを感じさせた。
「……早く移動しないと寝てしまう。何処だ、空港ならあっちだが」
「特別航空機で行くからここで待っとけばいいよ」
グルはフクロウのように首を傾げて意味不明のジェスチャーをした。パローマは爽やかに言い放ったが確かに言葉が足らなすぎる。
「言ってる意味がさっぱり分からん……。何だ特別航空機って」
驚きを超えて、もはや冷静であった。頭で状況の整理ができなくなった人間は脳が諦めてしまうのである。
「国に関わってるから、私達用の航空機を優先的に使わせてくれてるんだよ。だからこっちに来る」
暗殺は政治家の依頼もあるからね、と付け加えられるとグルは不安に侵された。
「……俺はそんな組織に入るのか」
諦めたかのようにグルが砂浜に座り込む。
顔は疲れ果てていた。晴天の真下に広がる黒い海とでも例えよう。そんな犯罪の海に沈んた気分である。
「良かったねー。今日はお祝いにフレンチでも食べよう!」
「フレンチを食う金が……?」
貧乏だったグルからすれば高級食材。目を爛々とさせてパローマに向かって身を乗り出した。
「あるよ? 馬鹿にしてるの?」
時計を確認しながら、パローマが冷淡に言い放つ。
「凄いな本当に…………眠」
「早い?! アンタ寝てないの?!」 と声をかけたが、もうグルは眠っている。すやすやといびきすらかいていなかった。
「…………拳銃……」
起きて初めの一言がこれだ。真横にはニコニコと満面の笑みを浮べている吉木が拳銃をグルの頬に当てている。
「正解! どこ撃たれたい?」
お菓子どっちがいい? と聞くような勢いで質問をする。グルは眠そうな目を開けながら即答した。
「脳幹……」
寝起きで脳幹と言うのはおそらく世界初であろう。吉木は久しぶりの再開に興奮していたのか遊園地に連れて行かれた子どものようにはしゃいでいた。
「怖いなぁー! 僕の拳銃見て動じないの?」
頬に当てられているのにも関わらず、 まったく慌てもしない。なんなら、手で拳銃を掴んだ。
「お前が持っていても違和感がないからな……」
「似合ってるってこと?」
嬉しい〜、と声を上げながらグルに正面からハグをした。筋肉がついているためガッシリとしている。
「イカれてるってことだ。普通5年ぶりにあった友人……しかも眠っているのにも関わらず頬に銃口を当てるか?」
普通、そんなことをするわけがない。 吉木は照れたかのように笑っていた。
「サプライズだよ。嬉しい?」
「今夜、その拳銃が夢に出てきそうだ」
凍った背筋に気が付かない吉木を恨むような目で見る。全く、本人は気にしていない。
「そんなに? ……これ愛用なんだよね
SIG SAUERのP229。撃ってみる?」
SIG SAUERといえばドイツのザウエル&ゾーン社が1976年に共同開発した警察および軍用の自動拳銃である。日本自衛隊でも制式拳銃として使われることがあるらしい。
「寝起きで拳銃を撃たされるのか……恐るべし反社だな……寝かせてくれよ。2日間寝てないのに……」
「なら一緒に寝よう。起きた瞬間に撃たせるから」
「悪魔が……ゆっくり寝かせてくれ……」
呻きながらP229を取り上げて眠りにつく。側から見れば妙な光景だ。本革のソファーに 身長178cmほどの男が拳銃を抱くようにして寝ている。その上には布団の代わりにパローマのコートをかけていた。
そんな光景を真顔で見ながら、パローマがカクテルを飲んでいる。奥にあるソファーから見て右。長い机でマスターが氷を削りながらパローマにカクテルをいくつも提供していた。
──ここは組織のアジトでもあるバー。
向かい合っているソファーの間にある机には札束やよく分からない薬が転がっており、寝起きだったグルにはそれさえも目に入らなかったらしい。
きっと、起きたら度肝を抜かれるだろう。