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思い起こせば、芳也の家に住みだしてもう一年以上が経った。ちょうど去年のこの時期も模擬挙式の花嫁役の順番で、芳也に「馬子にも衣装だな」そう言われたことを思い出していた。
「麻耶ちゃん、この一年で随分大人っぽくなったわよね。今年のドレス去年と違いすぎてびっくりしちゃった」
今日のドレスは、タフタ生地をふんだんに使ったオフホワイトのAラインのドレスだ。
光沢のあるすとんとしたドレスに、立体感のあるリボンが上品にあしらわれている。
麻耶自身このドレスがすごく気に入っていた。
「うん、麻耶ちゃんこのドレスすごく似合う。今年の春夏のアイリラインの新作よね。すごくラインも奇麗。ロングベールもきっと映えるわよ」
神谷も鏡に映った麻耶を見てニコリと笑った。
「ありがとうございます」
(大人っぽくなったという事は純粋に嬉しいな……本当にいろんなことがあったし)
今着るドレスは、去年の気持ちとは違い、晴れやかな気持ちと、芳也のいないこの会社でさらに頑張って行こうという意気込みを持って麻耶は鏡に映った自分を見た。
神谷は最後にロングベールとティアラを乗せると、麻耶をジッと見た。
「麻耶ちゃん、今日は本物よ。ティアラも、ネックレスも。本物のダイヤモンド」
その声にびっくりして麻耶は首元に手を当てた。
ご希望のお客様に、高額だが本物のダイヤモンドのティアラとネックレスのレンタルも行っている。
いつも模擬挙式はめったに本物をつけないが、ごくまれに、大きなフェアの時は本物が使用される。
「うそ……緊張します」
大きく息を吐いた麻耶を見て、
「ラッキーじゃない。本物」
茶目っ気たっぷりに笑った神谷に、麻耶も幾分安堵の表情を浮かべた。
今日は今までの中でも最高の20組の予約が入っていた。
失敗はできない。
そこにノックの音が聞こえて、カメラを持った人と共に始が入ってきた。
「水崎さん、今日はTNBの取材も入っていますが、特に気にしないでくださいね」
始の声で、みたことのあるアナウンサーの女性がゆっくりと頭を下げた後、後ろにいたプロディーサーらしき人が、
「映像だけ取らせて頂きます。こんな感じでフェアもやってますみたいな感じに少し流れるだけなので、よろしいですか?」
その言葉に、麻耶も「はい」と頷いた。
(テレビの取材とか初めに行っといてくれればいいのに!館長のバカ!)
麻耶は心の中でブツブツと文句を言いながら、時間になり、ドレスの裾を持ってチャペルに向かった。
テレビが入っているためか、いつもよりフラワーシャワーで待機しているスタッフも多く、「麻耶ちゃんキレイよ!」という声に照れて麻耶も笑顔を向けた。
今日の式のアテンドは美樹だった。
「麻耶ちゃん!キレイだよ!よかったね!」
「美樹さん!今日はよろしくお願いします」
ドアの前に両親役のスタッフと立ち、美樹の合図を待っていた。
「麻耶ちゃん、ベール下ろすわね」
麻耶はゆっくりと下ろされるベールを見ながら、目を伏せた。
美樹はインカムの指示でカウントを始めた。
なんど嫁役をやっても緊張する瞬間だった。
ゆっくりと目の前の扉が開いて、麻耶はゆっくりと前に進みお辞儀をした。
大聖堂に響く厳粛なパイプオルガンの中、ドレスの裾を踏まないように気をつけながら1歩ずつ祭壇の前にたつ新郎の側へと歩みを進める。
新郎が近くなり瞳を上にあげて、麻耶は動きを止めた。
光を存分に受けたステンドグラスは美しく光輝き、麻耶の数段上の祭壇に建つ真っ白のタキシードに身を包んだ新郎の姿を見て息を飲んだ。
急に動きを止めた麻耶に、父親役のスタッフが新郎に合図を送ると、そっと麻耶の腕を離し手を取った。
たった5段の階段が上がれず、立ちすくむ麻耶に新郎自らゆっくりと階段を下りてくる。
麻耶の1段上で足を止めると、ゆっくりと麻耶の手を取った。
父親役のスタッフに一礼をして、ゆっくりと麻耶を見つめたその人を、麻耶は驚いて見上げた。
「麻耶」
小さな声だったが、はっきりと呼ばれた声に麻耶は心臓が止まるかと思った。
止まったと思った。
ゆっくりと、紡ぎ出された自分の名前をどこか遠くから聞こえるような気がしていた。
(うそ……でしょ?何の冗談?)
麻耶は小刻みに震える体を何とか押さえて、手を引かれるままゆっくりと祭壇へと向かった。
神父の言葉など全く頭に入ってこない。
讃美歌が歌われて、誓いの言葉の順番がやってきた。
そこで神父の言葉が途切れ、麻耶はそっと目を上げた。
そこで神父から言われる、誓約の言葉はなぜか隣にいる人が言葉を発した。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います」
あの時とは全く重みの違う誓約の言葉に麻耶はポカンとして見つめた。
「一年前の模擬挙式、アイリじゃなく麻耶としたかった。俺のこの会社での最後の仕事は麻耶にプロポーズをする事」
(芳也さん……)
麻耶の耳元で囁くと、芳也は大きく息を吐いて真剣な瞳で麻耶を見つめた。
「麻耶、次は本当の結婚式を俺としてください」
列席者に聞こえないぐらいの声だったが、はっきりと言われたその言葉に、麻耶は呆然と芳也を見つめた。
そして芳也は姿勢を直すと、
「宮田芳也は、水澤麻耶を愛することを誓います」
芳也のその言葉に麻耶の瞳から涙が溢れた。
打ち合わせをしていたのだろう、神父はニコリと麻耶の方を見ると、言葉を続けた。
「汝、水崎麻耶は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
麻耶はぎゅっと涙を拭くと、満面の笑顔を向けた。
「はい、誓います」
「誓いのキスを」
その言葉で、麻耶のベールをゆっくりと芳也は上げると、悪戯っぽく笑った。
「もちろん、ここだな」
そう言って、チュッとリップ音を立てて唇にキスをすると、麻耶を見つめた。
歓声にも似た声が上がり、拍手に包まれた。
「指輪の交換を」
神父の声にいつもなら、おもちゃの指輪を交換するはずだが、芳也にはめられた指輪に麻耶は目を見開いた。
美しい大きなダイヤの周りを、いくつものダイヤが囲んだリング。
それをゆっくりと麻耶の指に収めると、満面の笑みで芳也は微笑んだ。
「ありがとう」
呟くように言った麻耶に、芳也は「あー、今すぐ抱きしめたい!」そう呟くと、麻耶を赤面させた。
フラワーシャワーではみんな知らされていたのだろう、始も姿を見せみんなからの祝福の声が飛んだ。
「麻耶ちゃん!よかったわね!大成功ですね!社長!」
美樹にそう声を掛けられ、初めて美樹がこの計画の首謀者という事を知り、麻耶はまた涙が浮かんだ。
「美樹さん!ありがとうございます」
「麻耶ちゃん、まだ仕事仕事!頑張って!」
その言葉に麻耶も満面の笑みを浮かべた。
「麻耶、本物の式の時は、もっと濃厚なキスをするからな」
降りしきるフラワーシャワーの中、芳也は麻耶に囁いた。
※※※
今日、約束通り、愛する人の大切な場所で私は愛を誓う。
永遠の愛を。
誓いの言葉を封じ込めて。
祝福の拍手と、たくさんの笑顔を愛するあなたの隣でいつまでも……。
「永遠にキスして……愛してる」
end
#謎