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44 ◇食事に出掛けよう
温子が、寮へ入所することができたことに対する礼として社長である
兄の涼や自分を自宅に招き手料理を振舞ってくれるように
なったのは彼女が引っ越して来たあと、すぐからだった。
それは月に二度ほど……。
絶妙に互いが気を使わなくてよい頻度だった。
最初のひと月で終わりだろうと考えていたのになんと、次の月もやはり
手料理を作ったからと兄とふたりして招かれた。
三度目に招かれた時には、夫の和彦の分として弁当箱に詰めてくれて
うれしいやら、申し訳ないやら。
でも差し出がましくなく、押しつけがましくもなくふわっと自然な所作で
弁当箱を渡された。
以前からずっと感じていたこと……それは温子のような姉が自分にいたら、
というような妄想であった。
◇初秋の候
この月の1週目の土曜日に、温子から手作りのジャガイモたっぷりの
カレーライスとエッグ付サラダを振舞われ、珠代は兄と共に美味しい
カレーに舌鼓を打った。
そして、この日も楽しい語らいの後、暇を告げた。
涼と珠代は工場とは別の場所に居を構えており、工場の出入り口を通り
いつもの広い道をふたりして肩を並べて歩いた。
「今度、温子さんをレストランか割烹か、いい店を探してお礼の食事に
誘おうかと思ってるんだが……」
「うんっ、それっ……いいと思う。
私も何かお礼したいなつて思ってたとこ。
私たちって以心伝心、良い兄妹だよねぇ~」
「良かったら和彦くんも誘って4人で行こう」
「わぁ~、やったぁ~。
お兄ちゃん、私は天ぷら蕎麦でお願いしてもいい?」
「いいよ。
珠代も日々工場の清掃やらいろいろと熱心に見回りしてくれてるもんな」
それほどでも。
お兄ちゃんの苦労に比べたら、小さいよ、私のやってることなんてさ」
「そんなことないさ。トイレを綺麗に使えるってなかなか他の工場の人たち
との寄合なんかで聞くと、工員たちの不満のひとつらしいからな。
すぐに汚れるけどなかなか当番以外ではやりたがらないせいで、当番が
清掃するまで汚れると汚いままだそうだ」
「うちは、私が目を光らせてるからね。
アタシってトイレ奉行よね。ははっ」
「いやほんとっ、珠代のお陰でみんなに気持ちよく働いてもらえるから
離職率も低くて、だから平均的技量が上がって生産性も上がるから随分
収益に貢献してるさ」
「私はお蕎麦食べられて、winwinだね。
ねっ、ところであれよアレっ、これからも時々4人で街ブラしてさ、
お食事とかお茶して過ごさない?」
「温子さんと和彦くんが嫌じゃなければな」
「大丈夫よぉ~、和くんは私と一緒ならどこでも喜ぶし、温子さんは
女性だから美味しいものを食べられるのに嫌がったりしないってば」
「ははっ、決め付けが激しいなぁ~」
「ではそういうことで、スポンサー殿よろしくお願いします」
いつものように楽しい語らいをしながら、本家である涼の家の前で
別れて珠代は和彦の待つ自宅へと帰って行った。
――――― シナリオ風 ―――――
〇北山製糸工場内/寮
温子、寮へ入所できたことへの礼として涼や珠代を自宅に招き
手料理を定期的に振舞うようになる。
珠代(N)「うれしいことに温子さんから一度のみならず継続して
招かれるようになる。それだけでもうれしいことなのに、和くんの
分としてお弁当も持たされてますます温子さんを好きになる」
珠代は温子のような人が姉だったらと妄想するようになる。
〇温子の部屋・昼食会
ちゃぶ台を囲んで、温子・涼・珠代・和彦の4人が笑顔で食事中。
珠代
「温子さん、このカレー、ジャガイモがホクホクしていて
めちゃくちゃ美味しい!」
温子(穏やかに)
「ふふっ、じっくりと時間をかけて煮込んだのよ」
和彦
「ジャガイモを食べた時の食感がカレーと相まってたまらないですね」
涼(苦笑い)
「……まったく、珠代といい和彦くんといい……胃袋を完全に掴まれてるな」
珠代(悪戯っぽく)
「そういう兄さんだって……」
皆が笑い、部屋に朗らかな声が溢れ、和やかな雰囲気が漂う。
珠代(N)「月に二度のこの時間が、私や兄にとって、心の安らぎに
なっている」
〇帰り道・工場の裏門から珠代と涼が歩いている
秋の風が吹き抜ける街道沿い。
並んで歩く兄妹
涼「今度、お礼に温子さんを食事に誘おうと思うんだ」
珠代(嬉しそうに)
「それっ、いいと思う! 私も同じこと考えてたとこ」
涼
「……じゃあ、また4人で。和彦くんにも声をかけて」
珠代「うんわかった。私は天ぷら蕎麦でよろしく!」
ふたりで笑いながら歩く。
涼「いいよ、何でも好きなもの頼めばいいよ。
普段、珠代には世話になっているからね」
珠代「とんでもない。
兄さんの苦労と比べたら大したことないわ」
涼「珠代のお陰でうちはトイレがきれいだろ?
女性の多い職場だからね、離職率が低いことにも貢献しているさ」
珠代「そうなの?」
涼「実は最近入った女工さんから聞いた話なんだけど……。
彼女の友達がうちで働いていて『うちの工場はトイレがきれいな
のよ』という話を聞きつけ、一度昼休みに見に来たことがあったらしい。
自分の働いている工場のトイレとあまりに違っていて衝撃を受けたと言って
いたな」
珠代「それで北山の工場に鞍替えしたってこと?」
涼「あぁ……」
珠代「なんか、役に立ってるんだって思うと、うれしいな」
涼、喜ぶ珠代をやさしく見守る。
珠代「今回だけじゃなくて、時々4人で美味しいもの食べに行きましょうよ」
涼「温子さんと和彦くんが嫌じゃなければな……」
珠代「美味しいものを食べられるんだもの、ふたりとも嫌がったりしないと
思うわ。大丈夫よ」
いつものように楽しい語らいをしながら、本家である涼の家の前で
別れ、珠代は和彦の待つ自宅へと帰って行った。