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空は薄暗く、今にも泣き出しそうだ。
先程まで戦場だった場所で、1人の男が立っている。 足元の肉塊、体に着いた返り血。敵のものか仲間のものか分からないその感触に顔を歪めながら、男は歩き出す。止まる訳にはいかない。まだ戦いは終わっていなのだから。
_男は昔、魔王を倒し英雄と言われていた。仲間との長い旅を終え、王国に帰ると、王に姫と結婚しないかと持ちかけられる。しかし、男はそれを断った。旅の仲間でもあった幼い頃からの親友と一緒にゆっくり暮らそうと約束していたからだ。 親友は世間一般的に忌み嫌われる様な、魔王に似た能力を持っていた。しかし、それでも尚自分を嫌った世界を救った親友に、男は憧れを抱いていた。
親友は魔王を倒してか少し様子がおかしかったが、それでも男が一緒に暮らそうと言うと、嬉しそうに頷いてくれた。 2人はその後何年も共に暮らしていた。2人とも男同士だったが、お互いに恋人のできる気配もなかった。
そんな生活がずっと続くと思っていた矢先、親友が家に帰って来なくなった。 不安に思った男はかつての仲間と共に、姿を消した親友を探し始める。その途中で聞いた事件の噂に、彼らは顔色を変えた。とある村が襲われたという内容だったのだが、犯人がどう考えても姿を消した親友のものだったのだ。それもかなり強くなった。
彼らは死に物狂いで親友を探した。しかし、その間にも事件は増えていく。そしてようやく、姿を消した親友の居場所を突き止めることが出来た。
男は仲間とともに、親友がいる場所に来たが、そこには親友の仲間らしき者がいた。当たり前だ。一人であれほどの事件を起こせるわけがなかろう。 彼らは戦った。戦って戦って。そのうち男一人だけが残った。
ザク、ザクと足音が響く。英雄と言われていた男は、過去のことを思い出しながら歩いているうちに、親友の元へたどり着いた。
「…久しぶりだな。英雄」
ボロボロの男を見て、親友は言う。 男はそんな親友を睨みつける。
「帰るぞ」
その予想外の言葉に、親友は驚いたように目を見開き、呆れたように言った。
「呆れた。なんでこんなことしたのか聞かないのか?」
親友の言葉に、男は苛立ったように言う。
「聞いたとしても、何も答えないだろう」
親友はニヤリと笑う。まるで、よくわかってるじゃないかとでも言うように。 そしていきなり男に襲いかかった。
「ぐっ…!」
男は親友の攻撃を何とか剣で塞ぐ。 攻撃は重く鋭く、命の危機に冷や汗が垂れる。
「なら分かるよな?俺がお前らと一緒に帰るつもりが無いことも」
防がれることを気にする様子もなく、楽しそうに親友は言う。
「あぁ、想定内だよっ!」
そういいながら男も親友に攻撃をした。それをきっかけに、2人は激しく戦う。男に攻撃しながら楽しそうに話し続ける親友はともかく、男も先程までの戦いの疲れなど、まるでないように動き続ける。
しかし、それでもやはり疲れが溜まっていたのか、男の動きは鈍く、次第に攻撃を返せなくなっていく。そんな男に容赦なく鋭い攻撃を続けながら、親友は話し続けた。
「なぁ、どうだ俺の動きは!あの日よりずっと強くなった。お前が英雄となったあの日から!」
戦いながら、親友は話し続ける。それはそれは楽しそうに、強くなった自身の話をした。 「どうだ?これまでずっと見下してた相手に戦いで押される気分は!英雄が悪役に負けそうになる気分は!」
「見下してなんかいない!」
親友の言葉に、これまで無言だった男は声を上げる。
「俺はずっとお前を対等に思っていた!見下すなんてもっての…」
「嘘だ!!!」
男の話を遮り、親友はこれまでの楽しそうな声とは違い、引き裂かれるような声で叫ぶ。
「そんなの嘘に決まっている!お前もずっと俺を見下していたんだろ!?お前を英雄と称えるアイツらと同じように!!」
攻撃のスピードが早まる。男は必死に攻撃を受け続ける。その攻撃は素早く冷たかった。
「なんで攻撃しないんだよ、戦えよ…!英雄様は俺と戦う気もないのかよ!」
一向に攻撃を返さない男に痺れを切らしたように、親友は男にこれまでと比べ物にならないほどの攻撃をした。しかし、男はそれを受け止め、怒りに震えながら言う。
「お前までその名前で呼ぶなよ!」
「っ…」
親友が男の気迫に怯んだ隙に、男は親友を攻撃する。
「お前まで俺を英雄として見てたのか!?お前は、お前だけは、俺を俺として見ていてくれたんじゃないのか!?」
男は泣きそうになって叫ぶ。脳裏には、これまで自分を英雄と称えてきた者たちの顔が浮かんだ。
「求婚してきた姫だって!村のみんなだって!果てには家族まで!あの日から俺の事を英雄としてしか見なかった!お前だけは、俺を俺として見てくれていると思っていた!」
絶え間なく激しい攻撃をしながら、男は言う。親友の方も泣きそうな顔で、必死に叫びながら攻撃を返していた。
「そうだよ!俺もお前を英雄として見ていた!憧れていた!魔王に似た力しか周りは見ていない中、俺自身を見てくれるお前を崇拝すらしていた!」
「ならなんで!なんで尚更こんな事をしたんだ!」
「お前と対等になりたかったんだ!!」
親友の言葉に、男は驚いたようにする。そうしてできた隙に、親友は攻撃を畳み掛けた。
「ずっと俺はお前の背中を追っていた!絶対に追いつけなかったんだ!」
「俺はずっとお前を対等だと思ってた!」
「対等なんかじゃねぇよ!」
激しい戦闘に、もはやどちらの血か分からない返り血がお互いの服に付いている。
「お前は、ずっと俺を庇って戦ってただろ!戦闘の時だって、お前ばかり戦って俺はずっとサポートだった!そんなの対等じゃねぇよ!」
「だって、」
「うるさい!」
堪え切れなくなっているのか、親友から涙がこぼれる。 いつの間にかお互いの攻撃は止んでいて、地面に倒れ込む男に親友が覆い被さるようになっている。暗く曇っていた空からは、ポツポツと冷たい雨が降り始めていた。
「俺はずっとお前と肩を並べたかった。堂々とお前と一緒にあの日魔王を倒したって言えるようになりたかった。魔王と似た力なんて持ちたくなかった、お前の隣にいてもおかしくない能力を持ちたかった…」
親友の涙が、男の頬に落ちる。雨とは違いその涙はとても暖かかったが、同時に少し冷たい。男はそんな親友の涙を手で拭って言った。
「…俺はお前といるのが心地よかった。唯一俺を英雄としてじゃなく俺自身として話してくれるお前は対等な立場だと思っていたよ」
男は悲しそうに言葉を続ける。
「けど、お前は違かったんだな。辛かったんだな。」
「っ…」
親友はつらそうな、申し訳なさそうに顔を歪める。 男はそんな親友に優しく微笑む。彼をここで殺したくない。しかし、ここで彼を連れて戻れば、英雄が事件の犯人を捕まえたとなるだろう。それも嫌だった。それに、たとえ自分のことを英雄としてみていたとしても、自分を自分として接してくれた親友と離れたくなかった。
「…お前は今でも、俺を英雄だと思うか?今こうして仲間が全員死んだと言うのに、元凶のお前を倒せない俺を、英雄として扱うか?」
その言葉に、親友は驚いたように目を見開く。
「アイツら、全員死んだのか?」
ずっとここにいたから、知らなかったのだろう。
まさか全滅しているとは思っていなかったのか、その瞳は一瞬申し訳なさそうに揺れた。 それを見て、男は親友が以前の親友と何ら変わってないことを理解する。
「あぁ、死んだ。全滅だよ。」
男はゆっくり頷く。それを見て、親友は怪訝そうに言う。
「…なんでお前は、そんなに冷静なんだよ」
男は少し考え飲むと、ニヤリと笑った。
「俺が英雄と言われるほど、仲間思いじゃなかっただけだ」
確かに仲間が全滅したことは辛いし、非常に悲しい。しかしそれ以上に、ようやく親友に会え、言葉を交わせれたことの方が嬉しく感じられた。 そんな男に、親友は呆れたように言う。
「そっか…そういえばそういう奴だったな」
ここ何年も、男が英雄としての姿を多く見てきたため、いつの間にか忘れてしまっていた。 2人は辺りに血が飛び散っている中、笑い出す。それは、とてつもなく久しぶりに2人が以前の関係に戻ることができたようだった。強くなってきた雨が、お互いの血を少しだけ洗う。
ひとしきり笑い終えると、男は言った。
「この後どうするかな〜…」
親友はここまで様々な事件を起こした。そんな親友を英雄と言われている男が連れ帰ったら、親友は悪役。男は英雄として世間に語られてしまうだろう。今の世の中で、2人が一緒に過ごせる可能性は0に等しかった。
「いっそここで心中するか?」
親友はそう言って、自分の武器を男の首に当てる。ここで、お互いがお互いを手にかけるのだ。
「いいな、それ」
男も親友の首に武器を触れさせた。
そして少しの間互いを見つめると、お互いの武器に力を込め、互いの返り血を浴びる。
来世は能力なんかに縛られないよう祈りながら、2人は互いの手を握り、息を引き取った。
戦場だった場所を誤魔化すかのように、雨は強く振り続けた。