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泣くだけ泣いた後は、きちんと配信は通常通りこなした。
これでもプロとして活動しているんだ。
楽しみにしてくれているリスナーに心配をかけるわけにはいかず、いつも通り…いや、もしかしたらいつもより高めのテンションで配信を終えた。
「だいすしだよ」
最後に恒例のセリフを口にしながらも、思い浮かべるのはあの青い髪ばかりで。
今頃まろは誰を想ってるんだろうと思うと胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
翌日は土曜日で、昨夜の急な雨が嘘のように晴れ渡っていた。
世間では休みの人が多いだろうけれど、俺はこの日会社に仕事を残していて。
昼前に出勤しようと外に出たとき、自分の心とは裏腹な眩しい太陽の光に思わず眉を顰めた。
もうすぐ駅に着くというところで、大きな交差点に差しかかる。
赤になったばかりの信号を見上げ、ふと視線を周囲に向けたときだった。
「……」
交差点の角にあったカフェのテラス席に、見知った顔を見つけてしまった。
モデルみたいにおしゃれな服を着こなした赤い髪と、その向かいの席で長い足を組んだ青い髪。
俺が見間違えるはずもない。
「あれ、ないくん?」
りうらの方が先に俺に気づいて、片手をこちらに振ってみせた。
その声に呼応するように、まろもこちらを振り向く。
その目が俺の姿を捉える瞬間に、ドクンと胸が高鳴った。
「どこ行くの? 仕事?」
無邪気な笑顔を浮かべて尋ねてくるりうらに、「あぁ…うん」と小さい声で応じる。
「そっちは…珍しい組み合わせじゃん」
何とか平然を装ったけれど、続くりうらの言葉に目を見開いた。
「うん、まろとデート」
「……」
にっこり笑って言うりうらに返す声も見つからず、俺は思わず立ち尽くすしかなかった。
その間もまろは何も言わないし、俺から目線を逸した。
意図せず訪れた沈黙に、りうらはふっと笑って表情を緩める。
「冗談だよ。しょにだとほとけっちも一緒〜。今コーヒー買いに行ってる」
りうらが指さした方をつられるように見ると、確かにその方向からほとけっちの賑やかな声が響いている気がする。
「ないくんは? コーヒー飲んでく時間くらいない?」
「…ごめん、もう行かないと」
「そっかぁ。呼び止めてごめん。またね」
手を振るりうらに小さく首を横に振って応えて、俺はまろの方を見ないままそこを後にした。
『まろとデート』
結果的にりうらの冗談だったけれど、その一言を聞いた瞬間に自分の内側の何かが急速に冷えていくのを感じた。
ひゅっと息を飲み、自分の歪んだ部分がまた顔を出してくるのを実感する。
嫉妬と名のついたその感情をコントロールする術もなく、ただ自分が何かを口にしてしまうより早く、りうらとまろの前から消えてしまいたかった。
休日出勤していながら、仕事に集中できるわけもない。
山積みの仕事を処理するが遅々として進まない。
夜になり同じように出勤してくれているスタッフたちが帰る時間になっても、俺の仕事は終わりそうになかった。
(…情けねー)
大抵の不安や悩みは、今までは仕事の前では割り切れていた。
なのに今はこんなに手につかない。
全部投げ出せたらどんなに楽だろう。
そんな現実逃避まがいなことを考えながら、デスクを離れソファに横向きに座る。
誰もいないのをいいことに肘置きに足を乗せ、もう片方には頭を置いた。
仰向けの態勢で、手にしていた書類を顔に乗せる。ほんのわずかの休憩のつもりで。
このまま何も考えずに眠れたらいいのに。
目を閉じてそんなことを考えていると、壁時計の秒針の音が、静かな部屋にやけに響いて聞こえた。
どれくらいそうしていただろう。
やがて部屋のドアを軽くノックする音がして、返事を待たないまま開かれたのが分かった。
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社員の誰かが戻ってきたんだろう。起き上がる気力もなくて俺はそのままやりすごそうとした。
「…ないこ」
寝とるん?と付け足しながら俺を呼ぶ声が降ってくる。
その声が耳に届いた瞬間に、胸がドクンと強く脈打った。
「…」
顔に乗せていた紙をどかして、俺はこちらを覗きこむまろの顔を見上げた。
あぁやっぱり好きだなぁ、だなんて、この期に及んで悠長なことを考える自分もいた。
「何?」
ソファに横たえていた体を起こし、座り直す。
目の前に立つまろは、俺が持っていた書類に手を伸ばしてすっと取り上げた。
「休日出勤するくらい大変なんやろ? 手伝うわ」
午前中にカフェで会ってから気にしてくれていたんだろうか。
そう思ったけれど素直になりきれない自分もいて、無意識のうちにまろから書類を奪い返していた。
「いいよ、自分でできる」
「…やること山積みなんやろ。俺にできることはこっちによこして」
「いいって!」
少し強めに拒否してしまった瞬間、「まずい」と思ったけれど止まらなかった。
胸の奥底に押し込めようとしていた感情が一気に溢れ出す。
…だから嫌なんだ。まろはどこまでも優しいから。
俺のことが好きじゃなくても気にかけるし、いや、きっと俺じゃなくても誰にでも。
「…ないこ」
やめろ。そんな声で俺を呼ぶなよ。
好きな人がいるって言ったくせに。
そっちに行くから俺との関係を終わりにしたくせに。
「お前疲れとるやん。一人で抱え込むなっていっつも…」
言いかけたまろの言葉に、自分の中で何かがブチンと音を立てて切れた気がした。
それまで何とか保っていた理性やらなんやらが全て吹き飛ぶ。
「じゃあ、まろが癒やしてよ」
ソファから立ち上がって、自分より数センチ高いまろの目を見据える。
正面から睨み据えて、俺は唇の端を歪めて笑った。
手にしていた書類は気にも止めなかったせいで、するりと床に落ちる。
「仕事は手伝ってくれなくていい。その代わり俺を癒やしてよ」
ぐっとまろの胸ぐらを掴んで、そのまま引き寄せた。
バランスを崩しかけたまろと、ほんのあと数センチで唇が重なりかける。
「っ」
ぐっと踏みとどまったまろが、態勢を立て直す方が早かった。
慌てて俺から身を離す。
「…もう、こういうん終わりにするって言うたやん」
俺の肩を押し返して、まろは拒絶を露わにした。
「ないこが言い出したんやろ? どっちかに好きな人ができたら終わりにするって」
分かってるよ。
だからまろからそう言われたときは「終わり」を受け入れるつもりだった。
それでもお前が不用意に優しさを見せるから、離れたくないって思うんじゃないか。
忘れたいのに忘れさせてくれないくせに。
…俺の中から、いなくなってくれないくせに。
「じゃあ、前言撤回するわ」
言いながら俺はもう一度まろに向けて手を伸ばす。
「まろの好きな人には黙っててあげるから」
自分でも狂ってると思うような、黒い笑みを浮かべて続けた。
「だから、もう一回俺を抱いてよ」
誰かの代わりでもいい。今は。
それでもいいから、どうか傍にいて。
まろの頬に指が触れようとしたその瞬間。
「……っ」
パンっと乾いた音が静かな部屋に響いた。
音を立てて振り払われた手はそのままに目線を上げた俺を、眉を顰めたまろが見下ろす。
向こうも逸らすことがなかったその目には、今までに見たことがない色が宿っていた。
多分それは…悲しみと、怒り。
「俺は…」
俺の手を強く振り払ったまろは、それでも自分の方が痛そうな顔をしていた。
「お前のなんなん? お前が何考えとるんかさっぱり分からん。俺にこれ以上どうしろって言うん」
俺がさっき落とした書類を拾い、まろはテーブルの上にバンと叩きつけるように置く。
そしてそのまま踵を返して、乱暴にドアを開けると振り返ることもなく出て行ってしまった。
「『これ以上どうしろって』…?」
まろに言われた言葉を、一人で小さく繰り返す。
傍にいてよ。他の人を見ないでよ。
俺だけに笑っててよ。
たったそれだけの願いなのに、叶わない。
こんなにも切望しても手に入らないもどかしさに絶望する。
「…マジで、全部終わったぁ…」
ソファにもう一度沈みこむように座り、天井を仰向く。
瞬きすら忘れた瞳に、ぶわと涙が溢れた。
それを拭うことも忘れて、俺はただただ静かに泣いた。