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赤視点
『俺はお前のなんなん』
聞こえてきた声に、壁にもたれかかっていた俺は目を伏せた。
その後すぐに部屋の中の足音がこちらに近づいてくる。
いつもより強いその音は、主の怒りを表しているようだった。
バン、と乱暴に俺の横のドアが開く。
中から勢いよく出てきたまろは、当然だけど廊下に俺が立っているとは気づいていなかったようだ。
「……」
目を大きく見開いて驚いてから、まろはハッと我に返った。
そして気まずさからか顔を背ける。
そのまま俺の前をすり抜けて立ち去ろうとするものだから、思わずその腕をぐっと掴んでしまった。
それと同時に、たった今まろが出てきた部屋のドアがパタンと閉まる。
「りうら、何す…」
「いいの? ないくん放っといて」
全部聞こえてたから、俺だってまろが悪いとは思わない。
…いや、むしろないくんの方がどうかしてる。
でもそう言わずにはいられなかった。
「…お前まで、俺にどないしろ言うねん」
そのまま俺の手を振り切って行ってしまいそうなまろ。だから、俺はその腕を掴む手により力を込める。
「いいの? 今ないくん弱ってるから、誰かが慰めたらすぐになびくかもよ」
「……」
俺の言葉にまろは眉間の皺を濃くした。不快感を表すそれがまっすぐ俺に向けられる。
「俺、前からないくんのこと好きだったから」
にっこり笑ってためらいなく続ける。
「まろがいらないんなら、もらっちゃうよ」
瞬間、まろが目を剥いた。
でもそれも一瞬のことで、すぐにまたふっと目線を逸らす。
クールダウンでもするかのように、怒りで上がりかけた肩を下ろした。
「下手くそな挑発すんな」
鋭い目はそのまま、俺の手を強く振り払う。
「その手に乗るか、くそがきが」
ふんと鼻であしらい、まろは今度こそ踵を返して行ってしまった。
「あらら」
もう少し引っかかってくれるかと思ったけれど、さすがにまろはそこまで単純じゃなかった。
「大人ってつまんないね」
ひとりごとを呟いて、俺はすぐ傍のドアノブに手をかけた。
ガチャリと音を立てて中に入ると、ソファに座っていたないくんが驚いてこちらを見た。
その目からは涙が溢れていて、拭うこともしないため頬まで濡らしている。
涙でピンク色の瞳がゆらめき、まるで宝石のように輝いて見えた。
「り…うら、っこれは…っ」
慌てて涙を拭って隠そうとしたないくんに、俺は片手を上げて制す。
「いいよ、ないくん。外まで聞こえてたから大体事情分かるし」
まろってホント声でかいよね、と苦笑い気味に付け足すと、ないくんは返事を寄越さないまま俯いた。
ないくんから少し離れた位置にあるデスクに、腰かけるわけでもなくもたれかかる。
『今ないくん弱ってるから、誰かが慰めたらすぐになびくかもよ』
さっき自分がまろに言った、そんな言葉を胸の中で反芻した。
目の前の弱りきったないくんを見据える。
俯き加減の彼は、俺が何も言わないことに気まずさを感じているのか唇を強く引き結んでいた。
(なびく? …そんなわけないのに)
さっきの自分の言葉を、内心で否定する。
ないくんが、いくら辛いからって他の誰かになびくわけがない。
まろはきっと勘違いしてる。
ないくんが自分に甘えてきてあんな関係に持ち込んだのは、辛いときに「誰か」に甘えたかったからじゃないのに。
それは、まろじゃなかったら意味がなかったことなのに。
ないくんもないくんで勘違いしてる。
まろが自分を甘やかしてあんな関係を受け入れたのは、決して優しいからだけじゃなかったのに。
いくらまろが優しくても、好きでもない相手に体の関係にまで流されるわけない。
それは、ないくんだったからなのに。
多分2人共、変なところで自己肯定感が低い。
自分の好きな相手が自分を好きなはずがないと思い込んでる。
だから、りうらから見たら簡単に分かるようなことを見落としている。
「ないくん、ないくんはまろにどうしてほしいの?」
机にもたれかかった態勢のまま、ソファに座っているないくんにそう声をかけた。
ゆるりと顔を上げたないくんの目は、困惑で揺らめいている。
さっきまろ自身がないくんにかけていた言葉だ。
まろが出て行ってからもその意味を考えていたのか、少し気まずそうにないくんはついと目を逸らす。
「…これまで通りセフレでいられればいいの? 疲れたとき、辛いときだけ慰めてもらえればいいの?」
「ちが…っ」
「違わないよね。ないくんはさっきまろにそう言ったんだよ」
「……」
だから、まろは「俺はお前のなんなん」なんて言葉を口にしたんだ。
ないくんだってそれが分かっているから、俺に強く反論できず唇を噛む。
「まろには好きな人がいるのに、その人にバレないようにセフレの関係続けたいって言ったよね」
「……」
「まろだったら、ないくんに好きな人ができたら自分たち2人の関係を終わらせて身を引いてくれたと思うけどね」
ないくんが眉を顰めた。
不快感を表すというよりは、胸の痛みに耐えているような顔。
「…分かってるよ…俺の方が性格悪くて、ずるいって」
「違うよ」
声を絞り出すように言うないくんに、首を横に振って見せる。
「ないくんは性格が悪いわけでもずるいわけでもないよ。ただ怖がりなだけ」
「……」
「もう一回聞くけど、ないくんはまろにどうしてほしいの?」
ただ辛いときに抱いてもらえればいいのか、それとも…。
「傍に、いてほしい」
ポツリと、ないくんの低い声が告げる。
「『好きな人』を忘れて、俺だけ見てほしい」
震えるように、少しだけ上擦って聞こえた。
「俺だけに笑ってほしい」
それは、きっとないくんの切実な願いだ。
「それ、まろに言ってないでしょ」
言うと、ないくんはバッと顔を上げた。
「言えるわけないじゃん…! 困らせるに決まってる…っ」
「いやいや、そこすっ飛ばしてセフレ続行って言われる方が困るから」
呆れたように肩を竦めて、俺はそう言う。
「抱いてほしいとか、自分を受け入れてほしいとか…そういうことは言ってるのに、『何で』そう思うのかは一切言ってないんだよね?」
「……」
「拒否されるのが怖いんでしょ? セフレだったら楽だよね。拒否されても『冗談だよ』って言い訳できるもんね。自分にもまろにも」
「……っ」
ないくんが強く唇を噛みしめる。
「すっ飛ばした部分を伝えないと変わらないよ、何も」
俺の言葉に、ないくんは小さく首を横に振った。
「…それこそ怖い。まろ、さっきマジで怒ってたし」
まぁ確かに、あんなに怒ってるまろは初めて見た。
いつも大抵のことは自分の中で昇華してしまうから、怒りを露わにすること自体が珍しい。
だから怖くなるその気持ちも分かる。
好きなら尚更。
「ないくん、…りうらはさ」
小さく首を傾けて、ないくんをまっすぐ見やる。
「ないくんが羨ましくなったよ」
そこで言葉を切った俺を見上げ、ないくんは眉を寄せた。
「ないくんはもう、自分の思ってることを伝えられるところまで来てるんだから」
まろに謝るにしろなんにしろ、その時に自分の気持ちを云うお膳立てはできている。
これまで何の前兆もなく、今告白なんかしたら相手を驚かせてしまうだろう俺とは違う。
「まろがさ、結婚してるとか恋人がいるとかで略奪になるなら道徳的にダメだと思うけど、好きな人がいるって段階だったら別にないくんが遠慮する必要はないじゃん」
「……」
「それでまろがないくんを選ぶか、好きな人を想い続けるかはまろの問題で、まろ次第なわけだしさ」
まぁりうらは答えを知ってるけど。「まろの好きな人」だってないくんなんだから。
黙って俺の話を聞いていたないくんに、どれだけ響いたかはわからない。
でもゆるりと上げた顔がまっすぐ俺を見つめ返したから、何か思うところはあったと思う。
「ないくん見てて、俺もちょっと頑張ろうかなと思ったよ」
笑みを浮かべてそう伝えてから、俺はもたれかかっていた机から身を起こした。
「だからないくんも、とりあえずまろに謝ったら?」
「……」
「まろを傷つけたことは事実だと思うよ」
「…うん……」
弱々しい声だったけれど、ないくんは首を縦に振って頷く。
それを見やってから、俺はもう一度満足げに笑った。
「じゃありうら帰るね。ないくんも行動するなら早い方がいいよ」
ただし会社の戸締まりはしっかりね、と言い置いて、そのまま部屋を出る。
長い廊下を抜けて、エレベーターで下に降りた。
そのまま外へ出ると、夜の冷たい風が頬を撫でていく。
思わず小さく身震いして、首を竦めてしまった。
コートの襟に唇の辺りまでうずめて。
駅までのいつもの道を歩きながら、ポケットからスマホを取り出す。
慣れた手付きである番号を呼び出して発信マークをタップし、深呼吸をひとつ。
『もしもーし』
数回のコール音の後、相手が出た。
もう我慢しないと決めた。
自分の想いは一つも表に出すつもりはなかったけれど、ないくんを…まろを見ていたら、始める前から諦めていた想いが燻った。
「今からそっち行っていい?」
電話の向こうの相手が返事をする前に、俺は言葉を継ぐ。
「大事な話があるんだ、あにきに」