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◆◆◆◆


篠崎はカウンターに座ると、何も言わないままマスターが出してくれたマティーニのカクテルグラスを引き寄せた。


あれはちょうど3ヶ月前、時庭展示場を去る新谷にひどい暴言を吐いた後、彼を呼び出して、話をし、“約束”を結んだ。

いや、無理矢理結ばせた。


そして今日は、彼の方から呼び出された。

言葉少なにマティーニを口に含んだ篠崎を、マスターはどこか心配そうに見つめた。

「最近、疲れてるみたいだね、岬君」

その言葉にふっと笑う。

ああ、疲れてる。

最近だけな気もするし、このところずっと疲れている気もする。

たかが24歳の新人に振り回されて……。

篠崎は長い脚を持て余すように組みながらカウンターに頬杖をついた。


カランカラン。


仕事帰り、一杯の美味しい酒とあてもない会話を楽しむ客が立てるそれとは程遠い、忙しく苛立った音に、カウンターに座っていた男女以外にも、テーブル席に座っていた3人の男たちも振り返る。

彼はスタスタと篠崎のところまで一直線に進んでくると、鞄を肩にかけてこちらを見下ろした。


「どーも」

見るからに噛みついてきそうな紫雨に吹き出しながら、篠崎はカウンターチェアを彼に向けて回した。

「マティーニなんて、ムカつく飲み物、よく飲めますね」

苦笑しながらそのグラスの中身を飲み干すと、二人同時にマスターを見上げた。


「何にします?」

マスターが片眉をあげる。


「強い酒にしましょうよ」

紫雨がマスターから目を離さないまま煽ってくる。

「安っぽい虚栄心が剥がれ落ちてしまうような」


篠崎もマスターから視線をぶらさずに言う。

「見え透いた策略を自ら暴露してしまうような、か?」


「それじゃあ」

男二人の強い視線を受けたマスターは笑いながら言った。


「これ以上はない最高の酒という名前に相応しいカクテルにしますか?」


やっとマスターから視線を外した二人はカウンターをに互いに肘を付きながら睨み合った。


「XYZか。悪くない」

篠崎が言うと、


「甘すぎるんですよね、俺には」

紫雨が笑う。


マスターは一息つくと、ラムとキュラソーの瓶をカウンターに置いた。




強い酒ばかりを頼み、だいぶアルコールが回った篠崎は、思いの外平気そうな顔している男を睨んだ。


「ここであなたと飲んだのは3ヶ月も前になりますか」

上着を脱いだ紫雨は横に座る篠崎を横目で見て笑った。

「あまりに苦痛だったので、つい昨日のことのように思い出しますよ」

「……昔のことほど覚えてるって、老化じゃないのか」

篠崎は鼻で笑いながら、丸氷が浮くウイスキーのグラスを傾けた。


「例の手紙はどうしたんですか?お祓いしろって言ったでしょ。破って燃やしましたか?」

紫雨は視線を変えないまま、バラライカが入ったカクテルグラスを唇につけた。

「いや、家に置いてある」

「マジすか。あんたもドMですね。あんな脅迫紛いの果たし状を」


紫雨は楽しそうに笑った。


「俺はあれをあなたに見せられた時、自分の顧客ながら、門倉美智という女性が心底恐ろしくなりましたけどね。いや、違うな。世の女はやはりクソだなって思いました。ゲイでよかったってね」


篠崎はそれには言葉を返さずに、カランと音を立てた丸氷を人差し指で転がした。


どうやら今日、彼は篠崎を切り刻むためにここに呼んだらしい。

覚悟しながら紫雨を見下ろすと、彼は両肘をカウンターに付いて、顔を寄せてきた。


「にしてもあんた、見れば見るほどいい男ですね。今日、あんたを呼んだ目的は別にありましたが、気が変わりそうだなぁ。このまま食っちゃおうかな」

「…………」

真意を見抜くべく、その無駄に整った顔を睨む。

「あんたも、ぶっつけ本番じゃ怖いんじゃないじゃないですか?一度どうでもいい男で試してみたら?」

「何の話をしている」

「新谷のこと、抱いてみればいいのにって言ってんですよ」


篠崎は予想だにしなかった提案に目を見開いた。


「でも、もしあんたが、生理的に男がまるきりダメだったら、新谷は相当傷つくでしょうね。だから俺で試してみたらいいって言ってんですけど?」

言いながら紫雨の手が篠崎の太腿に触れる。


「問題はどっちがタチをするかってことなんですけど……」

「ふざけるな」

篠崎はその手を振り払った。

「そういう下世話な話をしに来たのなら、帰るぞ」

睨むと紫雨は馬鹿にするように笑った。


「堅いなー篠崎さんは。理屈じゃないんだって。セックスなんて」

言いながらまた紫雨が顔を寄せてくる。


「誰に対して操立てしてるんですか?新谷ですか?それとも東北のフィアンセにですか?」

さも楽しそうにニヤニヤ笑っている。

「そのフィアンセの恨みつらみが込められた手紙のおかげで、新谷と自分の気持ちに気が付くなんて、世の中、皮肉なものですね」


篠崎は、そのいけ好かない顔を睨んだ後、ウイスキーが金色に輝くグラスを見つめた。


言い方と顔はムカつくが、確かにその通りだ。


あの手紙がなければ………。



篠崎は一生、新谷由樹のことで悩むことなどなかったかもしれない。



一度でいいので…

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