コメント
2件
すごい美しい話だ...
続き!今日中に完結させる!!
『神の前に死はひざまずく ―影の章―』
(りうら視点)
私は死神。
“人”としての記憶は失われて久しく、この身にあるのは魂の声と、ただ一人の祈りの残響だけ。
──「この方を、どうか安らかに」
その祈りに導かれて、私は生まれた。
そしてそれを紡ぐ者に、従うことを選んだ。
シスター・ほとけ。
彼女の声だけが、私の“死”を穏やかにしてくれた。
もしこの世に神がいるのなら、私は彼女にこそ、ひざまずく。
◇
あの夜の抱擁──それは奇跡のようだった。
愛されることを望んだことなど、一度もなかったのに。
だけど、あれ以来、私は変わった。
夜に呼ばれてもすぐには飛ばない。
魂の声が届いても、一度、彼女の元に立ち寄ってしまう。
死神のくせに、胸が、どこか重い。
それが「恋」というものだと、私はまだ信じきれずにいる。
◇
その夜。私は、奇妙な気配に気づいた。
魂を刈り取るはずの時間に、別の“何か”が動いていた。
空気がざらついていた。まるで、死が“腐って”いる。
「……これは」
私は空間を裂き、霊界と人界の狭間に足を踏み入れる。
そこには──黒衣の男。死神を装った、死神ではない者。
「お前は、“喰い手”か」
「おや……死神様のお出ましか」
喰い手。
本来、死ぬはずのない者の魂を無理やり引きずり出し、“喰らう”存在。
天界にも地獄にも属さず、秩序を壊す、異端。
「ここは私の領域。魂は、神の意志に従って還るべきだ」
「はは、神の意志だと? お前、あのシスターの“祈り”に従ってるくせに、今さら神を語るのか?」
……図星だった。
喰い手はその隙を見逃さない。
虚を突いて、空間を歪め、いくつもの黒い鎖を私に向けて放つ。
「──来い、《宵風(よいかぜ)》」
私はその手を振る。
影が刃となり、鎖を切り裂く。
風のように舞い、死のように沈む。
私の武器は“影”。
この世の名を与えられなかった者たちの記憶から生まれる、静かな怒り。
「あなたの行いは、魂を穢す。還るべきものを歪ませる」
「それが何だ? 俺はただ、生き残るために喰ってるだけだよ。
お前だって、そうじゃないのか? 誰かの祈りにすがって“生き延びてる”だけのくせに!」
──違う。私は、生きていない。
ただ、彼女の祈りを灯火にして、彷徨っているだけだ。
「私は、ただ……彼女のために、死を運ぶだけだ」
影が、暴風となって喰い手を呑み込む。
けれど、奴は消えない。むしろ、嬉しそうに笑っていた。
「なるほどな……その女が“お前の核”ってわけだ。 じゃあ、壊せば? その女の“信仰”を、“祈り”を、へし折ってみたらどうだ?」
その瞬間、私の胸の中心が、冷たく軋んだ。
奴の言葉は、ただの挑発じゃない。
──本当に、彼女を狙うつもりだ。
◇
教会へ戻ると、ほとけがいた。
夜の礼拝を終え、蝋燭の炎を一つひとつ消していた。
「……戻って、きたんですね」
「……ええ。少しだけ、影が騒がしかったので」
彼女の顔を見た瞬間、私の中の“死神”が黙った。
どうして、こんなにも……この人のそばにいたいと思うのだろう。
「……私が、祈らなくなったら。あなたは、どうなるんですか?」
「……」
「私が信仰を失って、誰も救えないって思ったら。
神も、あなたも、私を見放しますか?」
「私は──あなたが、祈る限り、そこにいます。 たとえその祈りが、届かなくても。たとえあなたが、神を疑っても。
私は、あなたを疑いません」
「それは……愛、ですか?」
「……はい。愛です。たとえ死神であっても、あなたを守ることは、私の信仰なのです」
──外で、鐘が鳴った。
……三つ。
また、死ぬはずのない魂が、連れ去られた。
「……行かないと」
「ええ。けれど──」
私は、彼女の頬に触れた。
「私が、あなたを護ります」
それが、死神の誓いだった。
神に仕える者に、ひざまずきながらも、
その命を、魂を、そして祈りを──誰よりも強く、守ると。
だから私は、また影へ還る。
彼女を護るために、死の世界と戦う。
これは、神に捧げる祈りではない。
──私だけの、愛のかたちだ。