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68
肉じゃが長老
26
会議室は静まり返っていた。長い説明が終わった後も、誰一人として口を開かなかった。
スクリーンには最後の資料が映し出されている。
天照計画。
その文字だけが、妙に重く見えた。
天音紫乃は席に座ったまま、その文字を見つめていた。
終戦兵器。
そう聞かされた時は、正直驚かなかった。
自分が軍の管理下に置かれている理由としては十分だったからだ。
だが。
話はそこで終わらなかった。
戦争を終わらせる。
それだけではなかった。
災害予測。
気候安定化。
食糧支援。
医療支援。
技術継承。
文明再建。
天照計画とは兵器計画でありながら、人類を次の時代へ繋ぐための計画でもあった。
平和への架け橋。
そう呼ばれる理由も理解できた。
誰かを倒すためではない。
誰かを生かすための計画。
それが天照だった。
「……だから私なんですか。」
天音は静かに尋ねた。
会議室の視線が一斉に集まる。
軍の高官が頷いた。
「そうだ。」
短い返答だった。
「お前でなければならない。」
天音は目を伏せる。
机の上に置かれた資料。
そこには歌姫計画の文字。
そして自分の名前。
天音紫乃。
知らないはずの自分がそこにいた。
過去の映像。
記録。
報告書。
断片的な記憶。
全てが一つの答えへ繋がっている。
それでも実感はなかった。
自分が特別な存在だとは思えない。
今も昔も。
ただの少女にしか思えなかった。
だからこそ聞いた。
「断ったらどうなりますか。」
その瞬間。
会議室が静まった。
誰も答えない。
視線だけが交差する。
やがて補佐官が口を開いた。
「計画は続く。」
その声は冷静だった。
感情を感じさせないほどに。
「お前がいなくてもな。」
天音はゆっくりと顔を上げる。
残酷な答えだった。
世界は止まらない。
自分一人が拒絶したところで、計画は進む。
人々は生き続ける。
戦争は終わり。
復興は始まる。
その流れは変わらない。
補佐官は続けた。
「だが。」
一瞬だけ言葉を切る。
「お前がいれば救えるものが増える。」
会議室の空気が変わった。
その言葉だけは、誰も否定しなかった。
高官も。
研究者も。
軍医も。
皆が黙っている。
天音だけが言葉を失っていた。
救えるものが増える。
その一言が重かった。
もし自分がいなくても世界は続く。
だが、自分がいることで助かる誰かがいる。
それは戦場の兵士かもしれない。
遠い街の子供かもしれない。
まだ生まれてもいない誰かかもしれない。
天音は窓の外を見た。
夕暮れが広がっている。
赤く染まる空。
遠くに見える街並み。
あそこにも人がいる。
それぞれの生活がある。
笑う人も。
泣く人も。
未来を願う人も。
その光景を見た時だった。
天音は小さく息を吐いた。
そして苦笑する。
「ずるいですね。」
誰に向けた言葉なのか自分でも分からなかった。
軍か。
補佐官か。
それとも世界そのものか。
補佐官は何も言わない。
ただ黙って聞いている。
天音は続けた。
「そんな話を聞いた後じゃ。」
声は不思議なほど穏やかだった。
怒りもない。
絶望もない。
ただ事実を受け入れた声だった。
「断れないじゃないですか。」
沈黙。
そして。
補佐官が小さく目を閉じた。
それは安堵だったのか。
諦めだったのか。
誰にも分からない。
高官が静かに頷く。
研究者達も言葉を失ったまま天音を見ていた。
天音は再び窓の外を見る。
空には一番星が輝き始めていた。
かつて歌姫と呼ばれた少女。
その過去をまだ思い出せない。
それでも。
進むしかない。
知らない誰かのために。
未来のために。
平和への架け橋となるために。
天音は静かに立ち上がった。
その姿を見ながら補佐官は思う。
――これで良かったのか。
答えは出ない。
けれど一つだけ分かっていた。
今日この日。
天音紫乃は初めて、自らの意思で未来を選んだのだと。
会議室の窓の向こうで。
星が一つ、また一つと夜空へ灯り始めていた
コメント
1件
うわ、第14話…重たいけどすごくいい回だったな。天音が「断れないじゃないですか」って苦笑いしながら言うところ、胸にぐっときたよ。世界を救う計画の担い手だからといって、彼女自身の感情や迷いが消えるわけじゃないもんね。それでも「知らない誰かのために」進むって決めたのが、少女っぽさと覚悟の両方に見えて、グッときた。この選択、これからどう転ぶんだろう…続きが気になる。