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竜人《リザードマン》には、いくつか種族というか種類がある。
大きく分けると戦闘タイプと魔法タイプの二つだが、ごく稀にそのどちらのタイプにも属さない竜人《リザードマン》が誕生することがある。
それがハイブリッドタイプ……。魔法剣士などがこれに当たる。
そして、そのハイブリッドタイプの最大の利点は、攻撃と防御を一人で行えるというものだ……。
「おい、そこの竜人《リザードマン》。そのお姫様をどうするつもりだ?」
四枚の黒い翼を背中から生やし、先端がドリルになっているシッポを尾骨から生やし、全身に黒い鎧を纏《まと》った黄緑色の瞳の少年。
その少年がゆっくりと地面に着地し、お昼寝中のお姫様を守るかのように自分の前に立ち塞がったのを見た彼は、こう言った。
「俺の名は『ドライ』。『ドライ・チェイサー』だ。お前は?」
「ん? 俺か? 俺はナオト。『本田《ほんだ》 直人《なおと》』だ」
「……ナオトだと? ケンカ戦国チャンピオンシップで『はぐれモンスターチルドレン討伐隊司令』である『オメガ・レジェンド』と互角に戦った『鎖の悪魔』か!」
「うーん、まあ、そうだけど、それがどうかしたのか?」
『鎖の悪魔』って俺の異名かな?
「いや、試しに訊《き》いてみただけだ。気にするな」
「そうか……なら、いいけど」
そうか、こいつが『鎖の悪魔』と呼ばれている『ナオト』か。
今の俺に、こいつを倒せるほどの力量はあるのかと訊《き》かれれば、はっきりこう答えられる。
少なくとも、今は勝つことができないと……。
だが、俺は国に雇われた暗殺者だ。暗殺者は文字通り人を殺す者だ。
だから、この少年もいずれ殺さなければならない時が必ず来る。
ならば、今ここで始末しておくべきではないのか?
ドライがそんなことを考えていると、ナオトは彼に提案してきた。
「なあ、ドライ。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれないか?」
「……まあ、聞くだけなら」
「そうか、そうか。それはよかった。じゃあ、頼む。このお姫様を俺が護衛するから、お前は国に帰って、このお姫様は死んだと報告してくれないか?」
「その前に俺の腰にぶら下がっている二本の剣がそのお姫様を斬り捨てるかもしれないぞ?」
「まあまあ、最後まで聞けよ。俺はお前を殺しにきたわけじゃないだから」
「……そうか、なら早く話せ。他の連中が来る前に」
「へえ、このお姫様はよっぽど恨みを買っているんだな。コホン、えーっとだな。お前が国に帰る前にお姫様の首とそっくりな物を作ってもらってから国に届けるとする。そしたら、このお姫様が狙われることはなくなるし、お前はお金をがっぽりもらえるから、その後は身を隠すなり、遊んで暮らすなり、好き放題できる。そんでもって、俺がこのお姫様を無事に故郷まで送り届けることができたら、どうなると思う?」
「つまり、俺は誰も殺さずに金を手に入れることができて、お前は誰も殺さずにお姫様を守り抜いた英雄になれるってことか?」
「ああ、その通りだ。お前、結構、頭いいな」
「ハイブリッドタイプの竜人《リザードマン》だからな、当然だ」
「ハイブリッドタイプ? うーん、まあ、いいか。それで、どうする? ここで俺と戦うか、戦わずに金をがっぽり手に入れるか……。今ここで決めてくれ」
ここで戦って死ぬか……。それとも生き延びて金を手に入れるか……。
うーむ、どちらも捨てがたいな。
この少年の強さがどれほどのものか知っておきたいが、金を安全に手に入れることができるのは、もっといい。
さてさて、どうしたものかな?
ドライがそんなことを考えていると、お姫様が目を覚ました。
「う……うーん……。あら? ここはいったい……というか、あなたたちはいったい誰ですか?」
金髪ロングと水色の瞳が特徴的なお姫様『エリカ・スプリング』は背伸びをした後、俺たちの存在に気づいた。
彼女は俺たちを交互に見ながら警戒していたため、俺は自己紹介をすることにした。
「お初にお目にかかります。私は『本田《ほんだ》 直人《なおと》』と申します。以後、お見知りおきを」
俺がお姫様に向かって、お辞儀をするとドライも自己紹介をした。
「私はハイブリッドタイプの竜人《リザードマン》『ドライ・チェイサー』と申します。以後、お見知りおきを」
ドライも俺と同じようにお辞儀をした。
お姫様は、スッと立ち上がると。
「顔をあげなさい。そして、状況を報告しなさい」
先ほどの人物とは別人のようにピシャリとそう言った。
俺たちは同時に顔を上げると、それぞれが知っている情報を彼女に話した。
「私は旅の者ですが、ここにあなた様がおやすみになられていたので風邪をひかないようにと、参上した次第です」
「私は、とある国にあなた様を守るようにと命じられた者ですので、これよりあなた様を護衛させていただきます」
「なるほどね……よく分かったわ。ところで、あなたたちは私《わたくし》のこと、どう思う?」
彼女がなぜ、急にそんなことを訊《き》いてきたのかは見当もつかなかったが、俺たちは答えた。
「そうですね……。あなた様から溢れ出る美しさと気高さは他人を圧倒し、魅了する力があると私は思います。きっと将来は国民の希望となっていることでしょう」
「……あなた様からは内に秘められている大きな力を感じます。あなた様はきっとよい方向に国を導いてくれると私は思います」
俺たちの言葉を聞いたお姫様は、つかつかと俺たちの方へ歩いてくると、笑顔でこう言った。
「まあ、私《わたくし》の美しさと強さは無意識のうちに体の外へ溢れ出てしまいますから、私《わたくし》が訊《き》くまでもありませんね」
俺たちは顔を見合わせると、ほっと胸をなでおろした。
「それで? お姫様はどうしてこんなところにおやすみになられていたのですか?」
「ナオトよ、そなたにそのことを知る権利はない。しかし、跪《ひざまず》いて、私の足にキスをするのなら、話は別よ。さあ、どうする?」
俺はドライに視線を送り、この場から離れるよう伝えた。
ドライが瞬時にその場から離れたのを見送った俺は先端がドリルになっているシッポでお姫様をグルグル巻きにして、縛り上げた。
「ぶ、無礼者! 私にこんなことをして、ただで済むと思って……」
「あなた様は自分が置かれている状況が理解できてないみたいですから言いますけど、俺たちは殺《や》ろうと思えば、いつでもあなた様を殺せたのですよ? けど、あえて手を出さなかった。なぜだか分かりますか?」
「そ、そんなことはどうでもいいから、早く私を解放しなさい! さもないと……」
俺はお姫様の右目にシッポの先端を移動させると、こう言った。
「さもないと、なんですか? まさか、俺を殺す……なんてことを言うつもりじゃないですよね?」
「あ、あなたはどうかしていますわ! まるで悪魔のような……って、も、もしかして、あなたは……」
「ああ、そうさ。俺は『鎖の悪魔』改め『漆黒の堕天使』。世界をぶっ壊す存在だ!」
その時、彼女は震え始めた。
人は本当に恐ろしいものに遭遇した時、目の前の存在が自分にとって、最悪のものに見える。
だから、今の彼女には彼が人の皮を被った悪魔にしか見えていなかった。
「さてと、お姫様がおとなしくなったことだし、このまま連れて行くか」
ナオトがそんなことを言って、その場から立ち去ろうとしたため、ドライは彼の前に立ち塞がった。
「ま、待て! 俺はまだ何も決めていないぞ!」
「え? いや、お前はもう決める必要はないだろ?」
「な、なんだと?」
「考えてみろよ。今ここでこのお姫様を殺そうと殺すまいと、お互いなんのメリットもないだろう?」
「な、何を言っているのか、さっぱりだ。もう少し俺に伝わるように言ってくれ」
「うーん、まあ、わかりやすく言うとな。このお姫様が俺たちと会話をした時点で、俺たちはお姫様に認識されちまった。だから、さっき言った作戦をやろうにもやれないってことだ」
「つまり……どういうことだ?」
「あー、そうだな。要するに、お前がこのお姫様を殺そうとすれば俺は守るし、殺さなくても俺がこのお姫様を国まで送り届けるってことだ」
「な、なんでそうなるんだ? 俺は暗殺者だぞ? 人を殺すのが仕事なんだぞ?」
「ちょっと勘違いをしてるみたいだから言うが、俺はお前とお姫様のために言ってるんだぞ?」
「それは……どういう……意味だ?」
「えーっと、だな。お前が偽のお姫様の首を持って国に帰ったとしても、お前という存在がお姫様に認識されちまった時点でお前はもう俺と戦うか、おとなしくシッポを巻くか、俺と一緒にこのお姫様を国に送り届けるかのどれかを選ばなくちゃいけなくなったってことだ。
「では、もし俺が先ほどお前が言った最後の案に乗るとしたら、お前は俺とそのお姫様の安否を保証してくれるというわけか?」
「ああ、そうだ。しかもお前は、暗殺者じゃなくて、お姫様を国に送り届けた英雄として、お姫様を殺すよりもすごい額の金を手に入れられるかもしれないってことだ」
「な、なるほど。そういうことか。お前は平和主義者なのだな」
「俺はこういうやり方しかできないだけだ。ほら、そろそろ行くぞ」
「あ、ああ……」
それをミノリ(吸血鬼)の『|全知全能の水晶《パーフェクトクリスタル》』で見ていたみんなは、ナオトが帰ってくる前に部屋をきれいにすることにした。