テラーノベル
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一つ、暗がりに煌めく火の粉を見た。
刹那、場を支配したのは静寂だ。それが正義のぶつけ合いを示すものであるのか、僕たちに救済を施す一等星であるかは判断できない。それくらい、今の僕は冷静さを欠いている。
轟音が鳴り響く。肺に伝う空気を揺らし、足裏に響く微動に恐怖を覚えずにはいられない。果たして、それは防衛本能からくる恐怖なのだろうか?いや、違う。僕が実験で行う爆発の方がより近く、身近で、それでいて生々しい。それに比べたら、この程度、どうってことはないはずなのに。
何故、僕は浅い呼吸を繰り返しているのだろう。どうしてこんなにも、仮初の日常に固執しているのだろう。あの火を纏う灰燼が、色鮮やかな花火であったならば、君を笑顔にできただろうか。君のためになれたのだろうか。そんな世迷言に縋っては、目の前の、想定していたはずの情景を、ただ唖然と眺めていた。
息をする。くぐもった空気。微量の熱を孕み、呼吸が少し億劫になる程度。以前、彼らと見た、劇場でのラストシーンとは似て非なる緩い温度。そこに、主人公へ掛ける期待の熱は存在しない。あるのは、たった一つの過ちと、数えきれないほどの後悔。
嗚呼、嗚呼!これが舞台で、一介の演出であったならばどれほどよかったのだろう!そうすれば、君と喋る口実にできたのに。綺麗だねって笑いあって、また今度、花火を上げようかって。僕にはもったいないような、ほんの少しの幸せを、噛み締めることができたのに。
これではまた、僕が孤独になりたがっているみたいじゃないか?
ーattentionー
・類司派生(ロゼ王)
(ブラウ・ロゼタキシード×キング・オブ・スマイル)
・改造100%、公式とは完全別軸、無関係。
・メリバ気味
・類が過去に酷いことされてた描写あり。
・まだ付き合ってない
結果的に誰一人として不幸になることはなかったので、当の本人達は超笑顔です。友情出演多め。(基本みんなバレンタインデー、ホワイトデーのビジュ想定) カプは類司のみ。なんでも許せる方向け。
ここは、大陸の端に属する島国であり、代々続く王族を中心とした、所謂君主制の小さな国家だ。その名をワンダーランドと言う。王位の座に就くのは、”天馬”の血を引き継ぐ純血の人間のみ。性別は問わず、前王が選ぶ同族の者だけが、次世代の王となる。
世界で見ても、王政を取る国は珍しい。権力の集中であったり、一人では抱えきることのできない責任であったりと。理由は様々だが、とにかく王政の国はいつしか、クーデターによって崩壊を起こすのが世の条理である。しかし、この国は違う。それは、”天馬”の血筋が大きく関係しているからだ。
「代々カリスマ性と人徳に溢れ、大らかで人当たりが良い天馬の血族。民を愛し、愛されているからこそ、この国をワンダーランドと名付け親しまれている……って、聞いていますか?」
「ロゼ、その話は耳にタコができるほど聞いたんだ…。そろそろ、勉強は疲れた。話題を変えよう…明日のアフタヌーンティーについてはどうだろうか!」
困ったように笑みを浮かべた男は、そうですね、と呟いて、持っていた本を、天井まで続く本棚に戻した。その所作一つ一つが洗礼されていて、後ろ姿だけでも絵になる。オレとはまた違ったカッコよさを持つその男に、すこし妬いてしまいそうだ。
オレは天馬司。今年で19になる。若くして前代の王、父さんから王座を譲り受け、先月戴冠式を終えたばかりだ。成人前に王座に就くのは、少々憚られたが…父さん曰く「若者に国の将来を担ってほしい」とのこと。勿論、父さんや母さんが、未熟者であるオレをサポートしてくれるし、何より、オレには頼もしい付き人がいる。
藤色に白群のメッシュが入った柔らかな髪を左にかきあげ、琥珀を細めて笑う、長身の美しい男。その名を神代類。類稀なる頭脳と容姿を持ち、オレと同い年であるにも関わらず、齢17で官僚になったエリートだ。加えて、一年前からオレの護衛もとい付き人としてオレの身の回りをサポートしてくれている、謎多き男である。
「しかし…”ロゼ”か。バラ色とは。いつ聞いても、お前にピッタリの名だな。」
「ふふっ、褒めても出るのは爆発だけですよ?我が王よ。」
「それは、反逆の罪に問われるんじゃないか…?」
「でも、貴方は優しいから。私が反逆を起こしても、許してくれるのではないですか?」
「随分と信頼されたものだな」
「当然のことですよ。」
そんな会話をしていると、外から鐘の音が聞こえる。正午を示す、教会からのお知らせだ。その音を合図に、類はこちらに一礼をすると、部屋のドアノブへと手をかける。
「食事の準備に参ります。本日は、どちらでお召し上がりになりますか?」
「そうだな…。では、テラスで、類と。」
オレがそう告げると、彼は困ったように眉を下げる。従者ではない、本来の類の顔だ。オレにしか見せないその表情に勝ちを確信すると、類がこちらに歩み寄る。そうしてオレの顔を、割れ物を扱うかのように優しく撫でるのだ。
「…こら、その名前で呼んじゃダメだって、言っているだろう?」
「すまない、テラスでロゼと。」
「生憎、貴方様とは立場が違う故。そのご期待には添いかねます。」
「まさかとは思うが、うちの優秀なロゼは、主の些細な頼み一つも聞いてくれないのか…?」
「……上に、確認を取ってみますね。」
どうせ、母さんも許してくれるだろうに。律儀に形式を守る類の姿に、思わず笑みが溢れる。良い知らせを待っている、と言えば、類は慣れた動作でオレの額にキスを落とし、そのまま部屋を出て行った。まったく、様になる男だ。一人になった広い部屋でやることも無く、窓の外を眺める。どこまでも続く青空の下に、人々で賑わう城下町が見えた。
先月戴冠式を終えたと言っても、今はまだ引き継ぎの段階。もう時期、激務に追われる毎日が来るのだろう。その前に、一度は類とゆっくり食事を摂る時間が欲しかった。そうするならば、今日ほど最適な日はない。今日は天気が良くて本当によかった。
類は、昔に比べてよく笑うようになったと思う。出会った頃の類は笑顔は絶やさずとも、どこか無機質で、壁を感じ、なにより人形のようだった。そんな類より、今の類の方がよっぽど好ましく思う。書類上、彼は護衛兼付き人であるものの、距離感は友人と言っていいだろう。
正直なところ、未だオレがこの国を治めるという実感がない。無理もないだろう。これからは、生きているだけで多くの責任が伴いますと言われて、誰がすぐに受け入れられようか?不安がないと言えば嘘になる。それでも、やらなくてはいけない。そういう運命に、産まれたのだから。
コンコン、とドアが叩かれる。要件を述べるよう促すと、食事の準備ができたという知らせを受ける。戸を開くと、待機していた侍女が一礼し、テラスへと案内してくれた。
「おお、暁山と彰人ではないか!」
着いた先では、常備軍の団長を務める暁山と、副団長の彰人が肩を並べて立っていた。おおよそ、代わりの護衛といった感じだろう。そこまでされては、いよいよ己が王であることを嫌でも実感させられる。そんなオレの心情もつゆ知らず、こちらの存在に気付いた暁山は、明るく会話を切りだす。
「お、司先輩じゃーん!やっほ〜」
「おい、もう”司センパイ”じゃなく、”司陛下”だろ。」
「あ、そっか。戴冠式終わったもんね。司陛下!ってなんかカッコよくない?騎士っぽい!」
「ぽい、ではなく、瑞希は本当の騎士だろう?」
「ふっふっふー、ピンチになった時、”助けて!ミズキ団長!”って叫ぶと、ボクがかわいく登場して、敵を薙ぎ倒してあげるからねー?」
暁山の変わりない態度に、どこか安堵する。対照的に、隣で彰人がため息を吐いたような気がした。
暁山は、類が官僚となったのと同時期に常備軍へ入隊したにも関わらず、わずか一年で団長にまで上り詰めた腕利きの騎士である。なので、洞を吹いているわけではなく、本当に実力があってことだ。いくら可愛く登場しても、剣で敵を薙ぎ倒すのは、可愛くない気もするが。
そんな冗談を交えては、眼前に広がる青空を仰ぐ。空気がとても澄んでいて、暖かな日差しが、虚ったオレの心を晴らしてくれた。尤も、そういう気分であっただけで、そこまで思い詰めているわけではない、とだけ言っておこう。ふと、食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐったので、テーブルに乗せられた二人分の食事に目をやる。ガーリックが香るマッシュルームのブルスケッタに、白身魚のムニエル。彩よく盛られた野菜のチャウダースープと、デザートであろう桃のソルベが、陽光できらきらと輝いていた。思わず腹の虫が鳴いてしまいそうだったが…何故だろう。”足りない”気がするのだ。
「なあ、ロゼ…。」
「ん?ああ、毒味なら先程済ませておきましたよ。どうぞ、お好きな時にお召し上がりください。」
「いや、そうではなくてだな…。どうして、野菜のチャウダースープがひとつしかないんだ?」
途端、沈黙。饒舌なロゼにしては珍しく、笑顔のまま硬直した。確信犯である。立ち話も飽きてきたので、先に席に座り、そのままロゼにも座るよう促した。おずおずと席に着くその姿は、隠し事がバレてこれから説教を受けるであろう子供のようである。
「言い訳を聞こう。」
「………私としたことが。今更取りに戻るのもなんですし、冷める前に頂きましょう?」
完全に目が泳いでいる。ポーカーフェイスがお得意のロゼらしくなく、それがおかしくて吹き出してしまった。吹き出した俺を、類が訝しげに見つめる。状況を理解できていないようだ。何せ、次に飛んでくる言葉は詰問だと思っていたのだろうから。
「っはは!お前が大の野菜嫌いであることは知っていたが…、いいだろう。今日は特別、野菜抜きを許可する。」
「おや?意外と慈悲深いんですね。てっきり、無理矢理口に突っ込まれるものかと…」
「まぁ、ロゼの業務量を鑑みるに、大抵の食事はシリアルバーかサプリメントだろう。栄養失調で倒れられても困る。次からはちゃんと食べるように。」
今日は特別な日だから、類に嫌な気持ちはさせたくない。そんなこと、口には出さないが。
類が瑞希に視線をやる。俺がやたらと上機嫌な理由が検討もつかないらしい。しかし、瑞希は”こちら側”なので、ウインクするだけで事を済ます。隣に立つ彰人は死んだ魚のような目をしていた。意地でも壁の花でありたいのだろう。
ブルスケッタを頬張る。かり、といい音を立て、にんにくの香りが鼻を抜ける。やはり、食事は誰かと食べる方が美味しく感じる。同じ食卓を囲むことも、一種のコミュニケーションだ。それで、類のことがより知れたなら。
「なぁ、ロゼ。」
「どうなさいました?」
「今夜、用事がなければ…オレの部屋に来てくれないか。」
硬直。次に、その美しい琥珀がよく見えた。彼の頭に渦巻くのは、思案か、疑いか、あるいは。まあ、無理もないだろう。今まで、オレ自ら類に誘いを持ちかけたことはなった。どれだけ絆されようと、いつまで経っても主人と付き人で、それ以上を望むことはなかったのだから。
これは命令ではなく、お願いだ。決定権は類にある。オレは、類のこと”何も知らない”。そう、三日前に痛いほど実感した。だから知りたいのだ。この息を呑むほど美しく、嫣然とした笑みを浮かべる男の核心を。飾られた演者の、台本を。
「渡したいものがある。勿論、オレ個人としてだ。」
「…これは、業務のうちに入るのですか?」
「入らない。類、お前が決めていい。」
「……………。」
自分が言ったことなのに、少し後悔した。食事の手が止まっている。そんな顔をさせたかったわけではない。そう、言うことができればどれだけ楽だっただろうか。結局、オレは憎たらしくも王で、科白以外の言葉を知らない。陽に照らされた桃のソルベが、蕩けて形を失いつつあった。
「彰人」
「げ……なんすか?」
「先日は世話になったな。また、お前の力が必要になる時が来るかもしれない。その時はまた、お願いできるか?」
「はぁ…まあ、いいっすけど。散財も程々にしてくださいよ?」
「はは、忠告感謝する。……む、このムニエル、レモンが効いてて美味いな。食うか?」
なんでここで話題振ったんだよ!とでも言いたげな顔である。すまない、会話の繋ぎに利用してしまって。詫びと言ってはなんだが、彰人にフォークを差し出した。彰人が一歩後ずさる。逆効果であった。
「弟くんが食べないなら、ボクが貰っちゃおうかな〜♪陛下、頂戴?」
「ほら…熱いから気をつけるんだぞ」
横から出てきた暁山の口にフォークを運ぶ。ある程度冷ました気ではいるが、咀嚼するなり段々と眉を顰めて暁山を見るに、まだ足りなかったらしい。
「っふぇ、熱!あふい!」
はふはふと息をする瑞希に、困惑を隠しきれてない彰人。王としてはあまりよろしくない対応かもしれないが、これでいい。人々が笑顔であるならば、厳格な態度をとる必要はない。ふと、類と目が合う。その時、彼はただ微笑むだけだった。
嗚呼、わからないな。何も。
そろそろ、空になった皿も増えてきたところだった。類が片付けにと腰を上げた時、彰人がこちらに耳打ちをした。類を誘った後の会話は、あまり覚えていない。それでも、時間はとめどなく流れる。それが、ありふれた日常であると。
……
夜。昼間より気温が下がり、少し肌寒くなった頃。ドアが軽くノックされる。何度も聞いた、柔らかな音。期待に焦がれる自分を律し、冷静に返事をする。微かに聞こえる、蜂蜜のような優しい声。
「来てくれたか」
戸を開けると、いつもより少しラフな服装をした類が立っていた。風呂上がりだろうか。珍しく髪を下ろしている。見慣れない姿のせいでもあるが、より色男に見えて仕方がない。彼は嫋やかな動作で一礼をすると、オレにその先を求める。部屋に招き入れると、彼が真っ先に見たのは書斎だ。昼間よりも増えた山積みの書類に、顔を顰めている。
「王よ、進捗は如何ですか?」
「………類。」
ベッドに腰をかける。どっと、1日の疲労が押し寄せてくるみたいだった。類と視線を絡める。そうして、目を細める。察しの良い類のことだ。きっと、伝わっただろう。
「………なあに、司くん。」
「三日前に、瑞希から聞いたんだ。今日が…お前の誕生日だと。」
「…あー、そうだったね。言われてみれば、今日だった気がするよ。」
「類、こっちに来てくれ」
類がこちらに歩み寄る。やっと触れられる距離で、彼の手を引いた。そうして、隠していた小さな箱を手渡す。
「…これは?」
類が、ゆっくり箱を開けると、中にはガーネットのブローチが入っていた。逡巡し、彼は恐る恐るそれを手に取る。紅く、鮮やかな色彩が、彼の顔に反射し、きらきらと輝いていた。
「オレからのプレゼントだ。その…何を渡せばいいのか、全くわからなくてな。彰人に助言を貰ったんだが…どうだろうか。」
「…これを、僕に?」
「あぁ。」
類が微笑む。昼間とは違う、愛おしいものを見るような温度で。彼はブローチをひと撫ですると、そのままオレの額にキスを落とす。それが敬愛であるとわかっているが、こんな色男にそれをされては、勘違いをしてしまいそうになる。
手を引く。より近い距離で、呼吸さえ聞こえる。いつもとは違う、ほんのり温かい類の温度を感じながら、目を閉じ、後悔を溢す。
「本当は…ちゃんと、準備したかったんだが。忙しく、抜け出す時間もなくてな。何より、類の誕生日を把握するのが遅かった。その…すまん。」
「そう気に病まないで。僕こそ、君の誕生日には大したことはできなかったじゃないか。それに…。」
類が、ブローチを照明にかかげる。ガーネットの紅が、彼の瞳を上書きして、その色から、目が離せない。
「こんな素敵なもの、僕にはもったいないくらいだよ。ありがとう、司くん。」
そう言って、頭を撫でられる。子供を褒めるみたいな、優しい手つきで。目を閉じれば、類の存在がはっきりと感じられる。この穏やかな時間が、ずっと続けばいいと思うのは、悪いことだろうか。
「来年は、お前の薔薇の名に因んでロゼワインを開けよう。丁度、成人の年だからな。」
「フフ、気が早いねぇ。まずは、司くんの成人を国で盛大に祝うのが先だろう?」
「どうせ、その手配をするのはオレ達だというのに…。誕生日くらい、休みたいものだな。」
類に寄りかかる。ここ最近、外交だの国事行為だので、頭がパンクしそうだった。オレが全体重をかけても、彼はしっかりと受け止めてくれる。どんな時でも、類は後ろでオレのことを支えてくれていた。
髪を梳かれる感覚。小さく、息を吸う音が聞こえて、秘密ごとをもらすように、類はオレに問いかける。
「ねぇ、司くん。時間がある時に、また前みたいに抜け出して、ショーを観に行かないかい?」
「ショーを?」
類が、遠くを見つめる。視線を辿っても、行き着く先はない。きっと、遠くの舞台に想いを馳せている。冷徹だったあの頃でも、類は時折同じような顔をしていた。
「ああ。誰もが幸せになれるハッピーエンドで、カーテンコールが終わった後、君と感想を語り合うんだ。その後、醒めない熱のままに、僕の実験に君が付き合ってくれる。そんな一日があっても良いと、思わないかい。」
「…そうだな。」
類が隣に座る。そのまま、心地のいい声で、寝物語を聴かせてくれる。疲労が次第に押し寄せてきて、微睡む視界に抗えないまま、彼の体温に身を委ねる。
「おやすみ、司くん。」
目を閉じる。落ちゆく意識の中で、昼間聞いた、彰人の言葉が、オレの中で反響していた。
“神代先輩が裏切り者だと疑ってるくせに、どうして情をかけるんですか。それが危険なことだって、あんたもわかってますよね?”
何も、わからないな。
コメント
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類くん誕生日おめでとう🎉🎊 修正してたら遅刻しました。本日より、僭越ながら活動を再開させていただきます。何卒