テラーノベル
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吉田仁人のことが好きだと自覚してから約一ヶ月、勇斗にとって文字通り世界が一変したようだった。まるで常にステージに立っているかのように気分が浮ついている。 日常生活のなかで何をするにも仁人のことを考えてしまう。あいつ今なにしてるかな。この時間ならもう寝てるかな。声聴きてぇけどいきなり電話しても迷惑だよなぁ……。そうした状況下で片想いしている相手の職業がアイドルというのはある意味助かる部分が大きかった。検索すればいくらでも画像や切り抜き映像がヒットする。自分でも把握していなかったような写真など新鮮な気持ちで見てはひとりでワーワー騒ぎながらネットの海を彷徨うのが日課になっている。
睡眠の質がいいのか、以前にも増して体調が良い。仕事面に関してもやる気に満ちあふれ、どの現場でも絶好調と言ってよかった。特に仁人と同じ現場での気合の入れようは凄い自覚がある。だって少しでも好きな相手に格好いいところを見てもらいたい。そんな不純な理由でもしっかりと成果は表れ、仁人本人からも言及されるほどだった。
「佐野さん最近調子良さそうじゃないの。なんか肌もツヤツヤしてるし」
「あんがと!仁人はきらきらしてるね。まじで眩しいわ」
「えっ俺発光してんの?おい屋内でサングラスかけるなよ」
「かけないと仁ちゃん眩しすぎて見えないのよ〜」
手で庇を作るようにして目をしょぼしょぼさせると仁人が弾けるように笑った。かわいい。
さっきは冗談交じりに言ったが紛れもなく本心だった。好きだと自覚して以来、どうにも仁人がきらめいて見える。どんな表情でもその顔の造形の良さに惚れ惚れとするが、とりわけ満面の笑みを向けられたら心臓がもたない。カメラ越しでもやばいのに、すぐそばで自分に笑いかける仁人を見るとどうにかなってしまいそうだった。この調子では鼓動のし過ぎで早々に寿命を全うしてしまいそうだ。
そうした具合に片想いを謳歌していた勇斗だが、かといってこの恋を成就させたいわけではなかった。強がりでもなく本気でそう思っている。長年グループの仲間だった相手が同じように自分に想いを寄せてくれているなんて、そんなに都合の良いことがあるはずがない。
勇斗が仁人に望むのは、何のしがらみもなく好きなものに取り組んでほしいことだけだ。そして願わくば夢が叶ったその先も、彼の隣で同じ景色を見ていたい。
──そう思っていたはずなのに。
初めはただ仁人のことを考えるだけで楽しかった。誰よりも近しい場所で見ていられるこの立場を嬉しく思っていたのに、段々と苦しい気持ちが生まれてきたのはどうしてだろう。十年以上側にいて誰よりも信頼されている自負があるのに、更にそれ以上を望んでしまう。
結局は今の関係ではもう満足できないのだ。佐野勇斗はメンバー以上の、吉田仁人の特別な唯一の存在になりたい。
◇◇◇
「勇ちゃん、ちょっといい?」
「……おー、どした?」
柔太朗から声を掛けられたとき、自分でも驚くほど覇気のない返事になった。明らかに悩み事がありますといった声音に苦々しい気持ちになる。取り繕うこともできないほど今のメンタルは沈んでいるようだ。数週間前は毎日のように浮かれていたのに今との落差が凄まじい。
「……最近勇ちゃん元気ないね?」
「い、いやそんなことないって。めっちゃ元気だし!」
「ふうん」
柔太朗は適当な相槌を打つと勇斗の隣へと腰掛けた。今日は五人での収録だったが楽屋に残っているのは勇斗と柔太朗だけだ。これ以降の予定はないため早く帰って休んだほうが良いと頭では分かっているのになかなか腰を上げる気にならない。
「よっしーも心配してたよ。勇斗どうしたんだろって」
「へ、へぇ~そうなんや……ふーん……」
こんなことで気分が浮つくのが悔しい。バレていたのだと情けない気持ちと、気にしてもらえて嬉しい気持ちが均衡している。
そわそわと落ち着かない気分になっていると、隣で柔太朗がひっそりと笑う気配がした。
「勇ちゃんはよっしーのこと好きなんだよね?」
「……まぁ、うん、そうだな……」
「じゃああんまりよっしーにくっつかないほうが良い?よっしーが誰かにくっついてるところあんま見たくないよね?」
柔太朗へと顔を向けるといつもの柔らかな表情だが冗談を言っている様子でもなかった。
以前舜太に仁人のことが好きだと打ち明けた直後、太智と柔太朗にも伝えてしまったと舜太から謝罪されたことがあった。あの時は妙にハイになっていたせいで真っ先に舜太に伝えたが、元から太智と柔太朗にも言うつもりではあった。メディアの前では演技力でどうとでも誤魔化せるが、気心の知れたメンバーの前ではボロが出るかもしれない。自分への好意にひどく鈍感な仁人本人にはバレることはないだろうが、妙な振る舞いをしている際には遠慮なく指摘してくれとお願いしている。
こうして柔太朗がわざわざ伝えてくるということは相当様子がおかしくなっているのかもしれない。ここ最近の自分を思い返してみても無意識すぎてよく分からなかった。
「……そんなにヤバい顔してる?俺……」
「いつも通りだけどたまーに無の表情でよっしーを見てるときあるよ。多分みんな気づいてないけど」
「まじかぁ……」
はぁ、と深く息を吐いて手のひらで顔を覆う。
「……俺のためにとか考えなくていいから。急にみんなが近づかなくなったら仁人が寂しがるだろ、あいつウサギみたいに寂しんぼだし……」
「ならいいんだけど」
「ほんとに俺気にしてないからさ、みんなでワイワイするの好きだし。…………でも正直お前らでギリだわ。ほかのヤツが仁人に触ってるの見たらおかしくなる。俺の精神が」
「ガチじゃん……」
指の間から覗く瞳の剣呑な光に気付いた柔太朗が軽く身を引いた。もしもいま嫉妬に狂う男の役でオファーが来たなら特に役作りもしないで演じられそうだ。それほどまでに心の余裕がなくなっている。
「……ラジオもさぁ、あいつが楽しそうにしてるの聴けて嬉しいんだけどさ、ゲストと盛り上がってるのとか聴いてると情緒がぐちゃぐちゃになるっていうか……ラジオは仁人の大切な場所だから大事にしたいのに、俺なんなんだろうな……」
「……よっしーのこと本当に好きなんだねぇ」
しみじみと言われ、カッと顔が熱くなる。優しく見つめる柔太朗の視線が居た堪れなく、誤魔化すように頭をかき混ぜた。
「──そうだよ好きだよ!爆裂愛してるよ!こんなに仁人のこと好きだとは思ってなかったんだって!だって十年以上一緒にいて今更こんなんなるなんて思わんやろ普通!」
勇斗は一息でそう叫ぶと今度はへにゃりと眉を下げ、ほとほと困ったような表情をした。
「じゅうたろ……俺もっとスマートに恋愛できると思ってたのにさぁ……思春期かってくらい情緒不安定過ぎるんだけど……」
「勇ちゃん相当キテるね……よっしーに告白とかしないの?」
「告白!?いやいやいや無理だって……絶対振られるし……」
「そうかなぁ?」
柔太朗はそう言うが、長年一緒にいたからこそ仁人が自分を恋愛対象としては見ていないと理解している。ファンサービスとしてそれっぽい言動をすることはあるが、仁人にとっての勇斗は決して恋愛をする相手ではないのだ。
だがこの感情をそう簡単に手放すこともできない。悶々とする勇斗をよそに、柔太朗は「振られてもまた告白すればいいじゃん」などと調子の良いことを言ってきた。
「一度だめだったから諦めるなんて勇ちゃんらしくないよ」
「……そうかな」
「うん。確かに急にメンバーから告白されたらよっしーもびっくりしちゃうだろうけど、少しずつアピールして意識してもらうとか……おれで協力できる事ならするし」
もちろんよっしーの気持ちも大事だけれどと言う柔太朗には相当心配をかけたのだろう。最年長として年下に心配をかけて申し訳ない気持ちがあったが、その気遣いが嬉しかった。
それに柔太朗の言うことも尤もだった。告白するつもりがなかったのは確かだが、仁人の特別になるために何か行動した訳でもない。この恋を諦めるにしろ仁人と改めて向き合うべきかもしれないと、少なからず客観的に考えられるようになった勇斗は思った。
「じゃ、じゃあデートとか誘っても良いと思う?」
「良いんじゃない?」
「どこがいいかな、雰囲気の良い夜景が見えるレストランとか?いや俺店全然知らんな……俳優の先輩に教えてもらおうかな……それか俺んちでゆっくりするのも良いか?……仁人が俺の家に?え、無理じゃない俺の心臓保たなくない?」
「……あとでいくつかURL送るね」
完全個室の店が良いだろうとの柔太朗の意見に素直に頷く。どうやって仁人をスマートに食事に誘うか問題はあるが、随分と身体が軽くなった気がする。「柔、ありがとな」と礼を言うと柔太朗は優しく微笑んだ。
「どういたしまして。──おれも舜太も太ちゃんも、勇ちゃんとよっしーの関係が変わってもずっと大事なメンバーだってこと忘れないでね」
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コメント
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あおりとさん、第2話読ませていただきました!勇斗の嫉妬や葛藤がすごくリアルで、胸がぎゅっとなりました。特に柔太朗との会話シーン、「爆裂愛してるよ!」って叫ぶところ、思わず笑っちゃったけど切なかったです。仁人を大事に思う気持ちと、もっと特別になりたい欲求のバランスが絶妙で、続きが気になります!