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鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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③栄蔵&奈央子(花嫁控室)
ノックのあと、「はーい」という声を聞いて、わたしは【花嫁控室】のドアを静かに開けた。
すぐそばに、芽生の結婚を機にこちらの施設へ転院してもらった奈央子さんがいる。
外には社の者も来賓もいる。せめてこの部屋でくらいは肩の力を抜きたいので、奈央子さんが入ったあと、私はぴっちりと扉を閉ざした。
「おじいちゃん、おばあちゃん」
鏡越しにわたしたちの姿を確認したんだろう。真白のドレスに身を包んだ芽生が笑顔で振り向いた。
その様に、奈央子さんと二人して息を呑む。綺麗だ。
それに……。
やはり、目元の下がり方も笑ったときのえくぼも、栄一郎にそっくりだ。栄一郎を産んですぐに亡くなった最愛の妻、澪の面影までもが重なって見えて、私は思わず吐息を落とす。
それと同時、
「田畑さん、前にもお話ししましたけどね。私、やっぱり爪の形と口元のラインはどう見ても沙奈だと思うの」
隣にいた奈央子さんが、手にした杖で床をトントンしながらつぶやいた。
「いや、栄一郎だ」
「いいえ、沙奈」
「栄一郎」
「沙奈」
「え、えっと……」
芽生が困って肩をすくめたので、わたしは咳払いで話題を変えた。
いかん、いかん、せっかくの孫の晴れの日に、ケチをつけるところだった。
奈央子さんと顔を見合わせて〝ひとまず休戦〟と示し合わせると、わたしは芽生ににっこり微笑みかけた。
「……ところで、芽生。おじいちゃん、今日は芽生に結婚生活の心得を持ってきたんだよ。十箇条だ」
言いながら、懐から茶封筒を取り出して中身を芽生へ差し出す。昨夜したためたばかりの金言集だ。『第三条:喧嘩はその日のうちに解決せよ』など、我ながら隙がない出来になっていると自負している。
「まあ、奇遇ですね! 私も心得を作ってきたの。五箇条だけど厳選版よ、芽生ちゃん」
奈央子さんは手が不自由だが、最近は左手で結構綺麗な字を描けるようになったと言っていた。それもこれも可愛い孫にこんな風に手紙を認めたいかららしい。
奈央子さんが肩から下げたバッグから、器用に左手のみを駆使して便箋を取り出す。ちらっと見えた紙面には、『だい2じょう:けんかしたときはむりにその日にかいけつしない。よく寝てからはなす』と書かれていた。
ひらがなが多めなのはリハビリ中だからだろう。
わたしに渡された第三条と、奈央子さんからの第二条を見た芽生が、「……あの、これ、矛盾してない?」と小首を傾げた。
「人生は即断が肝心だ」
「いいえ、夫婦は熟考が大切です!」
「朝まで持ち越すと溝が深まるだけじゃないか」
「眠らずに話すと語気が強くなるの」
「栄一郎は即断派だ!」
「沙奈はじっくり派だったの!」
また火がついた。わたしと奈央子さん、同時に一歩前へ出る。芽生が「ふたりとも落ち着いて」と懸命に宥めるが、口は勝手に動いた。
――と、その時コンコン……とノックの音がして、
「芽生、支度できたか?」
相良くんが顔を出した。
「あ……」
芽生に二人して詰め寄っていたわたしたちは、彼と目が合った。
「……打ち合わせの続き、の前に……。二人して何してるんですか」
相良くんはわずかに苦笑して、芽生が手にした二枚の紙片を見比べる。
「あ、あのね、京ちゃん……実は――」
芽生がことの次第を相良くんに話す間、わたしと奈央子さんは彼がどちらの案を採択してくれるのか、そわそわしながら待った。
ややして小さく吐息を落とした相良くんが、
「その〝矛盾〟、俺に引き取らせてください」
と宣言した。
「引き取る?」
「はい。芽生が眠りたい日は熟考派、起きて話したいって日は即断派。運用は俺の責任でやります。――芽生が幸せでいられるよう尽くすのが夫としての俺の役目ですから」
言ってから、自分で気恥ずかしくなったんだろう。相良くんの耳が、見る間に赤くなる。
「い、いや、その……まだ籍入れてねぇから夫じゃないですけど……」
婚姻届は式の後に出しに行くのだと聞いている。フライングで夫気取りな発言をしてしまったのが、相当恥ずかしかったのか、急にグダグダになった相良くんを見て、わたしは奈央子さんと顔を見合わせて笑ってしまう。
「あー、えっと、まぁ、つまりは俺が! ずっと芽生を幸せにしていくんで、心配しないでくださいっちゅーことです!」
「京ちゃん!」
芽生がそんな相良くんの名を呼ぶと、目の前の夫(予定)にギュッと抱きついた。
「こら! ……せっかく綺麗に着付けてもらったドレスが崩れちまうだろ!」
まるで庇護者のようにそんな芽生をたしなめる相良くんが、とうとう首筋まで真っ赤にして照れているのが分かる。
「京ちゃん、大好き!」
極めつけの芽生のセリフに、彼はタジタジ。だが、幸せいっぱいの二人のオーラに、控室の空気がふっと柔らかくなった。
「ほら、田畑さん。最後のところに『照れたら深呼吸』って追記しておきましょうよ」
「あー、いや。『照れは肯定、誇れ!』の方がしっくりきませんか?」
わたしと奈央子さんは顔を見合わせ、同時に小さく笑った。
芽生の指先を見れば、爪の形はやはり沙奈さん。笑みに覗くえくぼは栄一郎なんだろう。
だが、どちらでもいい。いやどちらにも似ているからいい。
「芽生」
「はい」
「わたしの十箇条も、奈央子さんの五箇条も、追記含めてまとめてお前にあげよう。どっちのやり方でも、二人が幸せならそれが正解だ」
「……はい!」
控室のドアが再び開く。外のざわめきが少しだけ入ってきて、また閉じる。
わたしはスッと姿勢を正した。社長としての顔に戻る前の、ほんの数秒間。
今出てきた部屋の中へ残してきた新郎新婦の顔を思い出す。
芽生も、相良くんも幸せそうに笑っていた。
それで充分だ。
END(2025/09/09)
コメント
2件
祖父母が仲良し?な感じがして読んでいてほっこり。 京ちゃんの大岡裁き?もナイスでした(笑)。 照れなければもっとよかったのに(笑)。←でも照れまくりの京ちゃんにもニマニマしました♥
読ませていただきました……! 栄蔵さんと奈央子さんの「十箇条」「五箇条」の対立、ほっこりしつつも、どちらも芽生を思う愛情がぎっしりで温かくなりました。そこに相良くんが「引き取る」と真っ赤になりながら宣言する場面が本当に素敵で、思わずにっこり。後半、葛西さんの後悔を通して「筋を通す」意味を重ねてくる構成も、胸に沁みました。鷹槻さんの人情の描き方、いつもながら繊細で大好きです🤍