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④葛西了道
相良と田畑んトコの孫娘の結婚披露宴を明日に控えた夜、俺は田畑栄蔵を屋敷へ呼び寄せた。
「……二人の門出に俺みたいなのがしゃしゃり出て水を差すわけにゃいかねぇ。すまねぇがお前からこれを渡してやってくれねぇか」
言って、俺は用意していた桐箱を田畑の方へスッと差し出す。中には、金細工師に特注させた純金の盃が二つ、一対で収められていた。
縁には松竹梅と鶴亀の意匠を彫らせた。大会社の重役としても見栄えが立つ品だが――俺にとっては裏の契りを思わせる象徴でもある。
「盃、ですか」
蓋を開けた田畑が、わずかに目を細める。
「筋を通した契りってぇのは、裏でも表でも変わらねぇだろ。……あの二人にゃ相応しい」
そう言って、俺は盃を託した。例え気に入らなかったとしても金としての価値もある。悪くねぇ祝いの品だろ? と思った。
その折だ。
玄関先で慌ただしい気配がした。
部屋住みの若い衆が応対していたのは、千崎の女房の雪絵だ。
こちらを不安げに見つめる娘と手を繋ぎ、どこか全てを諦めた顔をして立っていた。
田畑が怪訝そうにこちらへ視線を投げてきたが、俺は軽く首を振った。
「気にすんな。祝いの品、頼んだぞ?」
それ以上は語らなかったが、そこは心得たもの。田畑も何も言わずに帰ってくれた。
「すみません、来客中だったのですね」
深々と頭を下げた雪絵のまとう影は深かった。
――今日が目の前の女の誕生日であることを、俺は知っていた。
そういうのを知らねぇ間柄じゃない相手の娘だからこそ、千崎に雪絵を娶るように勧めたのだ。
千崎と所帯を持たせりゃー、俺を守って死なせちまった男の娘も幸せになれると思ってたんだがな。
どうやら俺の見込み違いだったらしい。
***
相良と田畑の孫娘の披露宴当日、俺は千崎を呼び出した。
畳敷の広間へ座らせて、真正面から奴を見据える。
「……昨夜お前の女房が、ここへ来た。生気の微塵も感じられねぇ目をして俺に頭ぁ下げてきたよ。――『百香を連れて出ていきたい。お願いです、千崎と別れることを許可してください』ってな」
千崎の顔が引きつる。
「……雪絵が、そんなことを……」
「娘も反対しなかった。……心当たりがあるんじゃねぇのか?」
押し黙る千崎に、俺ははぁーと大きく吐息を落とした。そうして低めた声で問いかける。
「……昨日は何の日か、覚えてねぇのか?」
千崎がわずかに目を伏せる。
「――お前の女房の、誕生日だ」
ハッとした顔をする千崎に、胸の奥に苛立ちがこみ上げる。
(マジで忘れてやがったのか)
「百香ちゃんとケーキ買って家でお前が帰るのを待ってたんだとよ。もう何年も祝ってやってねぇんだってな? 忘れられてるの、承知で娘と一緒にもしかしたら今年は……なんて思ってた女房の気持ちがお前にわかるか?」
今までと違うことがあるとすれば、今年は千崎のヤローが『雄相会』会長になって初めての雪絵の誕生日ということぐらいだ。
千崎にとっては今までとなんら変わらない気持ちで過ごしてきた日々だったのかも知れねぇが、雪絵の方は違ったということだろう。
「そんな日に愛人の家に入り浸ってたとなりゃあなぁ。俺でも腹に据えかねる」
俺の言葉に、千崎が息を呑んだ。
俺は構わず続ける。
「……お前に〝百合香を愛人にしろ〟なんて言ったのは俺だ。雪絵を嫁に勧めたのも俺だ。テメーになら大事な預かりもんを託せると思ったからな。だが結局、雪絵も……もう一人の女も、不幸にしてんじゃねぇのか? 俺は雪絵を蔑ろにさせるためにお前から恋人を奪ったわけじゃねぇんだがな。結局俺のせいでお前自身ですら不幸にしちまったってことだよな?」
ふと生気の無い顔をして、娘を連れていた雪絵の姿が脳裏を過ぎる。
雪絵自身が望んだこととはいえ、あの子を不幸にしちまったのも結局は俺か。
そう思うと、柄にもなく俺は雪絵に対して申し訳のない気持ちでいっぱいになった。目に入れても痛くないほど大事な自分の娘――琴音を、ふと思い出したからだ。
今は堅気の男と結婚して海外で幸せに暮らしているが、もし琴音が雪絵と同じ立場に置かれていたらと思うと、胸がひりついた。
「千崎。今度こそ筋を通せ。雪絵と百香に誠実に向き合ったうえでなら……テメェがずっと囲ってる女を迎え入れる余地を残してやる」
「……!」
「相良とあいつの女を見ただろ? 筋を通せば、幸せは転がり込んでくるもんだ」
千崎は深く俯き、拳を握り締めていた。
しばしの沈黙のあと、低く「……わかりました」と答える。
その声に、決意の色がわずかに混じっていた。
***
遠く離れた披露宴会場では、今ごろ相良と田畑の孫娘が笑顔に包まれていることだろう。
ならば千崎――テメェも今度こそ筋を通して、幸せを掴んでみせろ。
俺が犯した過ちを、どうか変えてみせてくれ。
END(2025/09/09)
※この後に、芽生と京介の愛車選びのエピソードをupして、完結予定です。
コメント
2件
このやりとり、『それぞれの〜』であったやつだぁー! そういえば雪絵さんが出ていったの、めいちゃんたちの結婚式の前日だったんだよね。 タイミングが悪すぎて😢
いやあ、重いけどいい話でしたね。披露宴を明日に控えた夜というタイミングで、葛西が千崎の奥さん・雪絵の誕生日を覚えていたのがグッときました。自分が仕組んだ結婚が、結果的に雪絵を不幸にしている——その自責の念が「琴音を思い出した」一文に凝縮されていて。千崎への叱責も、単なる怒りじゃなくて「俺の過ちをお前が変えてみせろ」という祈りに近い。この世代の「筋を通す」という価値観の描き方、すごく誠実でした。完結前にまた読めるのを楽しみにしてます。
水羽凛
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