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うわあ、この回すごく良かったです……。しゆらが机で寝落ちしてるところ、予紬が上着を掛けるところ、全部が優しくてじんわり来ました。特に「お前のおかげでもある」って自然に出た言葉なのが、もう。二人とも変わったんだなって実感できるし、ミズキとルカの最後のシーンで思わず笑っちゃいました。建国より前に解決すべき問題、確かに(笑)。
少なくとも今は、二人とも同じ方向を見ているように思えた。
丘の上で双眼鏡代わりの魔導具を覗き込みながら満足そうに頷いているミズキをよそに、俺は建設途中の会議所で新しい設計図と格闘していた。
防壁は完成が見え始めている。
見張り台も稼働を始めた。
鍛冶場からは朝から晩まで槌の音が響き、住居区にも少しずつ明かりが増えている。
だが、一つ完成すれば次の課題が現れるのが街づくりというものらしく、最近は住居区の拡張や排水路の整備、それに将来的な人口増加を見据えた区画整理まで考えなければならなくなっていた。
机の上へ広げられた図面には何本もの線が引かれ、その横には俺の計算式や補足がびっしりと書き込まれている。
研究所にいた頃なら苦にもならなかった作業だが、今は一人では追い付かない。
だから自然と隣を見る。
そこにはいつものようにしゆらがいた。
以前の彼女なら、こんな場所で住人達の意見をまとめたり設計図を描いたりすることはなかっただろう。
誰かの指示を待ち、自分の判断に自信を持てず、失敗を恐れていた少女はもういない。
今のしゆらは住人達から相談を受け、自分で考え、自分で答えを出している。
気付けばこの拠点の運営に欠かせない存在になっていた。
「予紬さん、この倉庫なんですけど」
机へ新しい図面が置かれる。
見ると食料庫の増設案だった。
住居区との距離。
搬入口。
緊急時の避難経路。
どれも良く考えられている。
俺は図面を見ながら何度か頷いた。
「前よりかなり良いな」
「本当ですか?」
しゆらの声が少しだけ弾む。
その反応が妙に子供っぽくて思わず笑ってしまった。
「本当だ。ここも改善されてるし、こっちの通路もちゃんと意味がある。住人達の意見を反映したんだろ」
「はい」
嬉しそうだった。
研究所にいた頃は褒められても困ったように笑うだけだったのに、今は素直に喜ぶ。
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#フライギ
にもあえ
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その変化が何となく嬉しい。
しゆらは照れ臭そうに視線を逸らしながらも、机へ身を乗り出して説明を続けていた。
気付けばかなりの時間が経っていたらしい。
夕方になり始めた頃、住人達が帰っていく声が聞こえ始める。
俺もそろそろ切り上げようと思って顔を上げたのだが、そこでようやく異変に気付いた。
しゆらが静かだった。
説明を聞いていたはずなのに返事がない。
不思議に思って隣を見る。
机へ突っ伏していた。
眠っている。
どうやら途中で力尽きたらしい。
白い髪が図面の上へ流れ落ち、規則正しい寝息だけが静かな会議所に響いている。
そういえばここ数日、しゆらもかなり無理をしていた。
住人達との打ち合わせ。
設計図の修正。
各施設の管理。
自分の仕事だけでも十分忙しいはずなのに、俺の計算や確認作業まで手伝っていたのだから当然だろう。
起こそうかとも思ったが、寝顔を見ていると少し気が引けた。
代わりに近くへ置いてあった上着を肩へ掛ける。
夕方の山風は思ったより冷える。
風邪でも引かれたら面倒だった。
そんなことを考えながら資料を片付けていると、会議所の入り口から誰かが覗き込んでいることに気付く。
ミズキだった。
しかも妙に優しい顔をしている。
嫌な予感しかしない。
「何だ」
小声で聞く。
ミズキは眠るしゆらと俺を交互に見たあと、小さく肩を竦めた。
「いやの」
珍しく茶化さない。
それどころか、どこか懐かしそうな目をしている。
「良い顔をするようになったと思うてな」
何を言われているのか分からなかった。
だがミズキはそれ以上説明しない。
代わりに眠っているしゆらへ視線を向ける。
「この子もじゃ」
静かな声だった。
「前よりずっと笑うようになった」
その言葉に思わずしゆらを見る。
確かにそうかもしれない。
研究所にいた頃は怯えた顔ばかりしていた。
夜哭きの森へ来た頃も、自分の居場所を探すような顔をしていた。
今は違う。
住人達に頼られ。
子供達に慕われ。
自分の仕事を持っている。
この場所で生きている。
その事実が少しだけ嬉しかった。
ミズキはそんな俺の表情を見て、何かを察したように笑う。
だが今度は何も言わなかった。
からかう必要すらないと思ったのかもしれない。
会議所へ差し込む夕日が白い髪を淡く照らしている。
その光景を眺めながら、俺は気付かないふりをして再び資料へ視線を落とした。
少なくとも今だけは、この静かな時間も悪くないと思えたからだった。
結局しゆらが目を覚ましたのは、会議所の窓から差し込む夕日がすっかり赤く色付いた頃だった。
小さく身じろぎしたあと、肩へ掛けられていた上着に気付き、しばらく状況を整理するように瞬きを繰り返している。
寝起き特有のぼんやりした顔は珍しかった。
普段のしゆらはどちらかと言えば周囲へ気を配る側で、こうして隙を見せること自体ほとんどない。
「起きたか」
声を掛けると、しゆらは慌てたように身体を起こした。
その勢いで机の上の図面が何枚か落ちそうになる。
反射的に手を伸ばして押さえると、今度はしゆらが申し訳なさそうに肩を縮めた。
「すみません……」
「謝ることじゃない」
「でも、寝てしまって」
「寝不足だったんだろ」
図星だったらしい。
視線が泳ぐ。
ここ数日、明らかに働き過ぎていたのは知っている。
住居区の拡張計画だけでも大仕事なのに、防壁や排水路の修正案まで抱えていたのだから当然だった。
「最近無理し過ぎだ」
そう言いながら図面をまとめる。
紙の束は思ったより厚い。
しゆら一人が抱えるには少し多過ぎる気がした。
「予紬さんもです」
予想外の反撃だった。
顔を上げる。
しゆらは少しだけ頬を膨らませていた。
「私だけじゃありません」
「俺は別に」
「別にじゃないです」
珍しく食い気味だった。
どうやら本気で言っているらしい。
「予紬さん、この三日ほとんど寝てませんよね」
「寝てる」
「二時間は寝たうちに入りません」
妙なところを見られている。
そういえば最近、作業中にしゆらと一緒にいる時間が増えていた。
自然と互いの生活も目に入るようになる。
その結果なのだろう。
以前なら気付かれなかったことまで見抜かれていた。
「人のこと言えないじゃないですか」
しゆらは少し呆れたように言う。
その表情がどこか大人びて見えて、思わず苦笑した。
「そうかもしれないな」
「そうです」
即答だった。
少し前のしゆらならこんな風に言い返さなかっただろう。
言いたいことを飲み込み、自分が我慢すればいいと思っていた。
今は違う。
必要だと思ったことはちゃんと言葉にする。
それはきっと良い変化なのだと思う。
会議所の外では建設作業を終えた住人達が帰路につき始めていた。
子供達の笑い声が聞こえる。
鍛冶場の火も一つ、また一つと消えていく。
拠点全体が夜へ向けて静かになっていく時間だった。
「帰るか」
資料を抱えながら立ち上がる。
しゆらも頷いた。
二人で会議所を出る。
山の向こうへ沈みかけた夕日が石壁を赤く染めていた。
建設途中だった防壁も、こうして見ると随分立派になった気がする。
何もなかった土地だ。
避難してきた時は岩と木しかなかった。
それが今では家があり、人がいて、灯りがある。
誰かが帰る場所になっている。
「凄いですね」
しゆらも同じことを思ったらしい。
防壁を見上げながら小さく呟く。
「何がだ」
「全部です」
少し考えるような間があった。
「夜哭きの森を出た時は、正直どうなるか分かりませんでした」
その声は静かだった。
だが不安ではない。
過去を振り返る声だった。
「研究所から逃げた時もそうでしたし、夜哭きの森へ来た時も、北方森林群の人達と合流した時も、ずっと先なんて見えなくて」
歩く速度が少しだけ遅くなる。
俺も自然と合わせていた。
「でも今は少しだけ分かる気がするんです」
しゆらは前を向いていた。
建設途中の街を見るように。
そこに暮らす人達を見るように。
「ここで生きていくんだなって」
その言葉を聞いて、何となく胸の奥が温かくなる。
研究所ではそんなことを考えたこともなかった。
生きる場所ではなく、生かされる場所だったからだ。
夜哭きの森は確かに居場所だった。
だが同時に、いつか壊されるかもしれないという不安も抱えていた。
今は違う。
まだ未完成だ。
防壁も足りない。
兵もいない。
国と呼ぶには程遠い。
それでも皆が前を向いている。
未来を作ろうとしている。
「そうだな」
気付けばそう答えていた。
しゆらがこちらを見る。
夕日の光が紫色の瞳へ映り込んでいた。
綺麗だと思った。
本当に何気なく。
自然に。
「お前のおかげでもある」
言葉にしたあと、自分でも少し驚いた。
だが訂正する気はなかった。
本心だったからだ。
しゆらは一瞬だけ目を見開き、そのまま立ち止まってしまう。
何か言おうとしている。
だが言葉が出てこないらしい。
代わりに耳が少しずつ赤くなっていった。
「予紬さんは」
ようやく出てきた声は小さかった。
「たまにそういうこと言いますよね」
「そうか?」
「そうです」
困ったように笑う。
嬉しそうにも見えた。
その表情を見ていると、何故だかこちらまで少し気恥ずかしくなる。
だから誤魔化すように歩き出した。
しゆらも慌てて後を追う。
二人の少し後ろでは、木陰から様子を見ていたミズキが静かに口元を押さえていた。
隣には何故かルカがいる。
「どうしました?」
「いやの」
ミズキは遠ざかる二人の背中を眺めながら小さく笑う。
「こっちはこっちで厄介そうじゃと思ってな」
その声には呆れと楽しさが半分ずつ混じっていた。
どうやら建国より前に解決すべき問題は、まだいくつか残っているらしかった。