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「沙雪、私やっぱりちゃんと話したくて……」


雪香の言葉に、私は小さく頷いた。


「私も……雪香には一つだけ謝らないといけないことが有る」

「え?」


雪香は驚いたように私を見つめた。


「前に雪香を嘘つきって言ったでしょ?」


雪香が蓮と共に私のアパートに来た時、三神さんの部屋からいつものクラッシック音楽が流れて来た。それを聞いた雪香は、以前にも聞いた事が有ると言ったけれど、私は信じないで嘘だと決めつけた。


雪香もその時のことを覚えているようで、困惑した様子ながらも頷いた。


「あれは……私が間違っていた。嘘じゃ無かったんだね……」


あの音楽は三神さんが越して来る前、早妃さんがいつも聞いていた曲だった。


三神さんとの出会いを思い出したのと同時に気が付いた。三神さんはわざとあの音楽を大音量でかけていたのだと。


きっと私が気付くかどうか、試していたんだと思う。


でも早妃さんを思い出しもしない私に苛立っていたに違いない。


「沙雪……」


雪香は少し驚いたように私を見ている。まさか私が謝るなんて思ってなかったのだろう。


「言っておくけど、雪香を許した訳じゃ無いから、ただ話は聞く……座って」


愛想の無い声で言うと、雪香は一瞬傷付いたような顔をしながらもすぐにそれを隠し、ベッド脇の椅子に腰掛けた。


「雪香は何を話したいの?」


私から話を切り出すと、雪香は迷う事なく答えた。


「全部」

「……全部って」


私が聞きたいのは、三神さんに関する話だけで正直言って全て聞くなんて億劫に感じる。

この前までの私なら絶対に拒否していたけれど……。


「なるべく手短に話して」


釘を刺しながらも雪香の話を聞くと決めた。


「もう知ってると思うけど、私はずっと義父の監視下に有って自由が無かったの、義父はとても厳しい人で私にとって辛い毎日だった……そんな生活の中で蓮と会うのだけが楽しみだったの……ずっと蓮が好きだった」


知っていたことなのに、実際雪香の口から聞くと動揺した。


「蓮は私を大切にしてくれたけれど、その気持ちは家族に向けるもので私を女としては見てくれなかった。蓮は常に恋人が居てそれを見るのはとても辛かった。でも離れられなかったの」


その時の気持ちを思い出しているのか、雪香は辛そうに表情を歪ませた。


「いつも不満を抱えながら生活していた……そんな時に沙雪と再会したの。私すごくショックを受けた」

「……どうして?」

「沙雪はたった一人で、お父さんの葬儀を取り仕切ってたでしょ? しっかりしててテキパキ動いて……すごいと思った、私達十年前は何もかも同じだったのに、どうしてこんなに差がついてしまったのかって思った」

「取り仕切ってたって言っても、ひっそりとした家族葬だったし……」


感心される程のこととは思えない。やるしかないから動いてた訳だし。


それに葬儀の時は、私の方こそ十年振りに会った雪香を見て劣等感を持ってしまっていたのに。


「それでもすごいよ。沙雪は何でも自分で考えて決められるんだから……きっと沙雪なら義父の言いなりにならないんだろうと思った。そんな風になりたかった。双子なんだから私にも出来るはずだって……」

「私みたいに?」

「沙雪と会った日から、私は少しずつ自己主張をしていったの。そうしていると不思議なことに義父は私にそれ程厳しい態度をとらなくなった。だから外で遊ぶようになったの。蓮を諦める為にもいろんな人と出会ってみたいという気持ちも有った」

「……そう」


雪香は不思議だと言ったけれど、私には義父の行動が理解出来た。


雪香は暴力も含まれていた厳しい躾を受け、幼い頃から義父を恐れていたんだろう。

でも、義父の躾は行き過ぎていながらも筋は通っていたと、蓮が言っていた。


義父は雪香を、ただ虐めていた訳じゃ無い。

急に厳しさが無くなったと言うのは、雪香が大人になったと認めたからじゃないのだろうか。


「いろんな人と遊ぶのは楽しかった、今迄知らない世界だったし……沢山の人と出会った。自由になれた気がしたの」


雪香の気持ちもなんとなく分かる気がした。


でも雪香は間違ってる。自由になるには、その分自分で責任も取らなくてはならないのに。


「私の名前を使っていなかったら、納得出来る行動だったかもね」


雪香は気まずそうに目を伏せた。


「自分の好きにするって決めたのに、その行動を義父に……それから蓮にも知られたくなかった。失望されたくなかった。それで初め咄嗟に出した沙雪の名前をずっと使ってしまっていた」

「雪香の中で良くないと思ってる行動は私のせいにしたかったんだ」


酷く勝手な話だけれど、それが雪香の本音で嘘はないのだろう。


「ごめんなさい……それでそんな時に徹と出会ったの。徹は私に好意を持って熱心に連絡して来てくれた。私は初めは軽い気持ちで徹にも沙雪の名前を名乗ったの」

「ミドリのお兄さん?」


確認すると、雪香は静かに頷いた。


「私は段々後悔し始めた。ただ楽しければ、寂しさを紛らわせればいいと思ってた徹との付き合いが、私の中で大きなものに変わっていったから。嘘を言ったのを後悔し始めた」

「その頃から彼が好きだったの? 蓮よりも?」

「蓮より好きと言える程の気持ちは無かったけど、徹も必要だったから悩んでた……そんな時ミドリが私を訪ねて来たの」

「ミドリに、彼との付き合いを止めるように言われたんでしょ?」


以前、ミドリから聞いた話を思い出しながら言うと雪香は頷いた。


「私、すごく動揺した。それまで徹が既婚者だって知らなかったから」


なんとなくその時の様子が想像出来た。


ミドリは秋穂さんの気持ちを思うあまり、雪香を強く責めたんだろう。


「怖くなって、ろくに話も出来ないままミドリから逃げたの」

「雪香が動揺するのは当然だよ、彼に妻子が居ると知らなかったんだから……でもどうしてその後も付き合いを止めなかったの?」


突然ミドリから責められた雪香を気の毒だとは思うけど、知ってからも付き合いを止めなかったのは許されない。


「ミドリと会った後、徹と沢山話し合ったの。お互い嘘をついていたのを謝った。でも嘘がなくなったら気持ちが近付いた気がした。何一つ隠さずに話せるのは徹しかいなかった。十年一緒にいた蓮より近い存在になったの……いけないと分かっていても離れられなかった」


雪香はとても切なそうに呟く。確かに悲恋だったのだろう。でも私は同情出来ない。


「そんなに彼が好きならどうして直樹に近付いたの?」


初恋は叶わず、ようやく好きになれた相手には家族がいて、悲しかったはずだ。

その痛みを分かっているのに、なぜ人を傷つけるような真似が出来たの?


「雪香は直樹が私の婚約者だって初めから知っていたんじゃないの?」


確証は無かった。けれど勘がそう告げている。雪香は観念したように頷いた。


「沙雪の恋人だとは分かってた。ふたりでいるところを偶然見かけたことがあったから」


確信していたのに、いざ雪香が肯定すると、気持ちが騒めいた。


「知っていながら直樹に近付いた理由はなに?」


雪香は躊躇いつつも、語り始めた。


「徹とは話し合って別れたの。でも気持ちは治まらなくて自棄になって一人で夜で歩いていた。そこで直樹を見かけたの」


少しだけ動揺した。直樹は仕事が忙しくて会えない日が多かったけど、出歩いているなんて知らなかったから。


「直樹は雪香と知り合う前から遊び歩いていたってことなの?」


雪香は気まずそうに頷く。


「彼は見ていて不快になるくらい女性にだらしなくて、そんな人が沙雪の恋人だなんて信じられなかった……直樹は私にも平気で声をかけて来たの」

「それは……雪香が私の双子の妹だって分からなかったからでしょ」


私たちは顔の造作は似ているかもしれないけど、醸し出す雰囲気はまるで違う。直樹が分からなくても無理はない。そもそも彼は私を真剣に好きだった訳じゃないのだから。


「そうみたい。私、すごく驚いた。本当に恋人なのかって。それで興味を持って話をしていたら……」


雪香は口ごもる。


「気を遣わないでいいから、はっきり言って」

「……今度結婚するって言い出したの。沙雪のこと」

「どうせ、悪く言ってたんでしょ? ここまで来たら隠さないで」

「うん……真面目でつまらない相手だけど、お金がかからなそうだし従順だから結婚するにはいいって。結婚後も上手く遊ぶつもりだって」


私は深い溜息を吐いた。直樹の不誠実さには気付いていたから今更傷つきはしないけど、自分の見る目の無さが嫌になる。それでも気を取り直しては雪香に問いかけた。


「肝心の雪香が直樹とつきあった理由は?」

「はじめは沙雪と別れて貰おうとして近づいたの。直樹なんかと結婚したら沙雪が不幸になるだろうから、引き離そうとした。でも予想より直樹が本気になってしまって、プロポーズされた」


予想もしていなかった雪香の言い分に、私は大きく目を見開いた。

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