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朝露が乾き始めた頃、登りとは比べられない早さで下山したレビンは、魔の森へと足を踏み入れていた。
「山と森に境界線があるはずも無く……ここは魔の森だよね?なんかもっとこう……まぁいいや」
人が立ち入れない『魔の森』という仰々しい名前が付いているのだ。
何か普通の森とは違うのだろうと勝手に期待していたレビンは、その異様に気付いていない。
ミルキィであればすぐに気づいただろう。
魔の森とは、魔素に満ちた場所である。
魔素とは大きな括りで言えば魔力である。
人の体内にある、魔法の原動力である魔力はどこからやって来るのか。
それは大気中にある魔素を取り込み、自身の魔力へと身体の中で変換しているのであった。
どういう原理で取り込んでいるのかは『呼吸から』派と『体表から』派に分かれる難題である。
閑話休題。
魔力探知を使いこなせるモノは、自然と魔素の濃さに敏感になる。
ここ魔の森は他の場所に比べ、何倍も魔素が濃いのである。
ちなみにダンジョンも奥の方は魔素が濃いのだが、レビン達は比較的浅いエリアで活動していたのでそこまでの違いに気付けていない。
それも徐々に濃くなっているので、ミルキィは『あら?少し濃くなってるのかしら?』程度の違和感くらいしか感じていなかっただろう。
ダンジョンは奥へ進むと魔物が強くなる。つまり、魔素の濃さに魔物の強さが少なからず影響していると、人族の研究者は考えていた。
つまり魔の森の魔物は……
「…ごめん。ミルキィ。少し待っててね」
魔力は感じない…いや、まだその技術がないレビンだが、狩人の経験から気配の強さには敏感だった。
ミルキィを木の根元に優しく下ろした後、腰の愛剣を抜き、正面を見据える。
バキッバキ
ズドーン
木を薙ぎ倒しながら何かがレビンに近づいて来た。
『グルルルルッ』
姿を現したのは、全長4メートル弱はありそうな虎の魔物だった。
「落ち着け。いつもと変わらない。後ろには通さないだけ」
ふぅ…
「しっ!!」
初めて対峙する強敵に、自然と身体に力が入る。
それを呼吸と共に抜くと、最速で魔物へと迫った。
「はぁっ!!」
キィィィィイン
裂帛の気合と共に剣を一閃しつつ魔物の横を通り抜けた。
「し、しまった!行き過ぎちゃった!?」
後ろにミルキィが居ることを、身体の力を抜くと共に一瞬忘れてしまったこと。さらに、剣に手応えを感じなかった事が、レビンの胸に不安を去来させた。
しかし、レビンの感覚と現実は少し違う。
ズルッ
ドォーンッ!
虎の魔物はその巨体を力なく地面へと投げ出した。
「あれ…?倒しちゃった?」
強敵だと思った魔物が呆気なく倒れ、自身の強さが想像以上に上がっていた現実を受け入れる。
「実感してる以上に、僕って強くなってるんだなぁ」
虎の魔物は異様だった。
その感覚は間違っておらず、もし人里にこの魔物が現れれば、天災扱いになっただろう。
レビンの感覚は未だ中級冒険者程度だが、その実力は遥か上に位置していた。
そんなレビンだったが、荷物もミルキィも降ろした手前言い訳が通用しない。人里からは離れているが、虎の魔物を一応埋葬することにした。
人里離れている為、殆どの冒険者が必要部位以外は放置する所だが、レビンの親の教育により、しっかりと埋葬した。
『いつでも他人様に見られていると思って行動しなさい』
「はぁ。僕っていつまで経っても変な所で小心者だなぁ……」
レビンは溜息を吐くが、こういう所がミルキィを含め周りから評価されているところだと、当の本人は気付かない。
今回の魔物は瞬殺であったが、これからもそうであるとは限らない。そう気持ちを一段と引き締める。
「これからも気配があれば、ミルキィを安全な場所に降ろして、しっかりと戦おう」
守るものが無防備な今、レビンに油断はなかった。
暫く魔物との戦闘を行いながら進むと、煙らしきモノが見えた辺りまで辿り着いた。
「この辺だったと思うけど……山の上からだから自信ないや…」
狩りで培われた目視での距離感や、山や森を歩いた感覚を総動員したのだが、いかんせん初めての森だ。
「まだ日が出てるからもう少し進んで休める場所を探そう」
自分の考えが間違っていないか声に出して確認したレビンは、薄暗くなりつつある魔の森をゆく。
「うん。ここなら入り口さえ守れば大丈夫かな」
レビンの前には大岩にポッカリと口が開いたような洞窟がある。
ここに住んでいたであろう前任者には、すでにご退場願った。
物理的に。
「熊の魔物だったけど……ダンジョンにいた同じタイプの魔物より明らかに強かった……やっぱりここは魔の森で間違いないな」
ずっと魔の森を歩いて来たのだが、ここにきて漸く確信が得られたらしい。
疑うのは時として大切なことだが……これほど強い魔物が出る森がその辺にありふれていては、人族の今日までの繁栄は無かっただろう。
「うん。臭いと思ってたけど、意外に綺麗で匂いもないね。
後は日が沈む前に休めるように準備しないとね」
その日も就寝前のルーティンを熟し、レビンは眠りにつく。
もちろん幼馴染への挨拶も込みだ。
「ふぁあ。よく寝た!というか寝過ぎちゃった……」
デザート王領を出てからは、いつも日の出前に動き出していたが、今日はすでに太陽がしっかり昇っていた。
「今日は荷物はここに置いて、ミルキィだけを背負って探索しよう。
闇雲に歩き回っても手掛かりを見落とすかもしれないし、僕自身が疲れてミスを犯したら大変だし…」
よく眠れた事により疲れが取れ、思考にゆとりが出来たレビンは、ここからは少しずつ進む事に決めた。
先ずは、魔の森の生態を調べるところから始めるようだ。
この辺りは流石元狩人と言える。
いくら手持ちがあるとは言え、水も食料も有限だ。
まずはここで生き抜くこと、そして目的を果たすこと。
順番を履き違えないようにしっかりと確認したレビンは、太陽の光があまり入ってこない森の中を、大切なモノを背負い確かな足取りで歩む。
「うーん。食べられる…ううん。どちらかと言うと美味しい野草はあるし、川もあって魚も獲れそう。なのに人が居ないってことは、街どころか開拓村も作れないほどに強い魔物が多いんだね……」
魔の森の魔物でさえ強いとは感じられないレビンは、自分の判断ではなく、文明の有無で相対的に魔物の強さを推測った。
魔物は確かに多いが、ダンジョン程ではない。
昨日倒したからなのか、洞窟周りでは見かけることすらなかった。
もちろん少し離れるとすぐに出会したが。
「ふぅ。本日はここまでにしよう」
まだ明るい時間にも関わらず、レビンは今日の探索を終えた。
理由があるようだ。
洞窟に戻ったレビンはミルキィを横にすると独り言ちる。
「今日の感じだと……魔物に遅れをとることはないね。どちらかというと、問題は寝床と食料かな。
水は川を探せばいいし、近くになくても水を蓄えた茎なんかも沢山あったし。
困るのは場所を移動した時の寝床だよなぁ……」
この程度の敵であれば、戦闘は問題ない。
それなら同じところから探し回るより、拠点も移動した方が広範囲を探せる。
しかし、レビンの悩みはこんな洞窟にまた巡り合えるのかということに尽きる。
こればかりは動かなければわからない。最悪木の上で寝る事になるが、『それでもいいかな』と少し楽天的に受け入れていた。
食料は安全ラインを下げればどうにかなりそうではある。
もちろんこれが身の危険の安全ラインであれば下げる気はなかったのだが、食料ならいざとなれば昆虫食などもレビンは平気だ。
(ミルキィに昆虫を食べたなんて言ったら嫌われるだけじゃ済まないかもしれないけど……)
レビンはもし昆虫食をしても、ミルキィには話さないと固く決意した。
兎にも角にも明日移動する事に決めたレビンは、昼を過ぎた辺りではあるが、明日からの移動や移動先で休めるかどうかわからなくなるので、今日は洞窟に帰りゆっくりすることにしたようだ。
「ふう。久しぶりの暖かいスープだ。ミルキィみたいに上手く作れないけど、僕も中々のもんじゃない?そう思わない?ミルキィ」
未だ眠り続けるミルキィへと語り掛けた言葉は、もちろん応えが返ってくることはなく、ただ虚しく洞窟に響いた後、消える…筈だった。
「ミルキィ…?」
洞窟の入り口から離れた位置にミルキィは横たわる。そのミルキィよりも入り口に近いレビンは、もちろんミルキィを見ながら話しかけていた。声がしたのは洞窟の入り口。
気配もなく、突然背中から声が掛けられたことにより、レビンは身を固くしたのであった。
レベル
レビン:22→31(130)
ミルキィ:???