テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
3件
うわっ!!! せいともさん史上最悪最強の性悪わがまま娘としょーもな父親の誕生ですね!!! って颯斗、じゃなくてはーくんもかなりイタイけど😂
倒れ込んでいた二人は、慌てて体を起こす。服についた汚れを払いながら、声の主の方へと顔を向けると、そこには美玲をキッと睨みつける女性の姿があった。
「あんた! 私のはーくんを誘惑しないで!」
「はーくん? ゆ、誘惑?」
「ユリ! お前は何を訳のわからないことを言ってるんだ!」
(ユリ……。やっぱり、ローズガーデンのワガママ娘ね。噂どおりの登場だわ……)
小柄で可愛らしい、フリルのついたワンピースに身を包んでいるものの、その顔立ちには性格の悪さが滲み出ている。平均よりやや高身長でヒールまで履いている美玲は、自然と彼女を見下ろす形になりながら、噂のユリを観察していた。
「もう、はーくんのいじわるぅ……」
「はぁ……」
唇を尖らせて拗ねる姿は、客観的に見れば痛々しい。その一瞬で、二人の関係性が透けて見えた。あれほどあからさまに嫌がられているのに、ユリは全く堪えていない様子で颯斗の腕に自分の腕を絡めてくる。
「おいっ」
「はーくんってば、ツンデレなんだからぁ」
(ツ、ツンデレ……? この子、ある意味すごいわ。空気が読めないのか、常識がないのか……)
あまりにも自己中心的な思考と、無駄に強靭なメンタルに、呆れを通り越して感心すらしてしまう。どうやら慣れているのか、颯斗は抵抗を諦めたようにそのまま歩き出した。
「ねぇ、この前のおばさんは?」
「誰のことだ?」
「この地味なおばさんの前の秘書よ」
(地味なおばさん……。よくもまあ本人を目の前にして言えるものね。確かに私は彼女より年上かもしれないけど、さすがに失礼にもほどがあるわ)
「ああ、辞めた」
「そうなの? ラッキー。あの人、ユリにいじわるだったし、はーくんに色目つかうし、嫌いだったの」
「……」
二人のやり取りを聞きながら、美玲はさりげなく社内を観察する。壁紙は所々剥がれ、汚れも目立つ。廊下の隅には埃が溜まっており、清潔感からは程遠い。
――ガチャ
やがてビル最上階の最奥にある扉の前へ。ユリはノックもせず、いきなり扉を開いた。
「パパァ、はーくんが来たよ〜」
まるで友達の家に遊びに来たかのような振る舞いだ。仕事のアポで訪れた会社でこんな光景を見るのは初めてで、美玲は思わず驚く。
「おお、颯斗くん、いらっしゃい」
でっぷりと太った体を揺らしてイスから立ち上がり、ソファの方へ移動してきた。これがローズガーデンの社長、そしてユリの父親かと美玲は納得する。
「ご無沙汰しております」
「最近、活躍しているそうじゃないか」
「とんでもない、まだまだです」
「ユリが君に会いたいと大騒ぎでね」
その瞬間、颯斗の表情がかすかに曇ったのを美玲は見逃さなかった。けれども、助け舟を出すつもりは毛頭ない――そう思っていたのに、颯斗は何を考えたのか彼女を巻き込む。
「社長、この度私の秘書が代わりまして」
「……初めまして、嵯峨美玲と申します。よろしくお願いいたします」
「また、今までと違ったタイプだな……」
そう言って、社長は不躾な視線を向けてくる。上から下まで舐めるように見られ、美玲は不快感を覚えた。
「パパァ、座ろうよ」
「ああ、そうだな。颯斗くん、どうぞ座ってくれ」
ソファに並んで座る親子。その向かいに颯斗が腰を下ろし、美玲は颯斗の背後に立った。
「本日は今後の御社とのお取引についての話し合いに」
「はぁ? 今日はユリと君の婚約の話じゃないのか?」
「はぁ⁉ 何を仰っているのか理解できませんが」
目の前で展開される会話がまるで噛み合っておらず、美玲は思わず笑いをこらえる。この子と婚約? 颯斗が気の毒すぎて同情すら覚えた。
「はーくんママも大賛成だって言ってたのに」
「はあ?」
「この前ランチした時、そう言ってたよ」
どうやらユリは颯斗の義母と仲が良いらしい。本人不在の場でそんな話をしていると知ると、背筋が寒くなる。
「義母が何を言ったかは知りませんが、本日は取引の件でアポを取っておりますので、そのお話ができないようでしたら日を改めたいと思います」
「はぁ……君は本当に頭が固いな」
(頭が固いって……むしろ、あなたたちが緩すぎるのよ)
心の中で悪態をつきながら、美玲は表情を変えずに立っていた。
「資料は?」
颯斗が手を差し出し、美玲を見やる。
(はぁ……出勤初日の秘書に向かって、会社を出る時に何も確認もせず、いきなり客先で「資料は?」って……。でもパソコンを事前に確認しておいてよかったわ)
小さくため息をつき、そっとソファの側に膝をつき、鞄から資料を取り出してテーブルに置いた。
――コンコン
「はい?」
扉がノックされ、ユリが面倒そうに開ける。コーヒーの乗った盆を手にして戻ってきた。
――ガチャン
次の瞬間、美玲が置いた資料の上に、盆を乱暴に置いた。
「えっ?」
驚いていると、更に信じられないことが起きる。
――バシャ
「きゃあ」
「やだぁ、ごめんなさい。手が滑っちゃって」
しゃがんでいた美玲の頭上に、コーヒーが降りかかった。
「おい! 大丈夫か!」
颯斗が慌てて美玲を覗き込む。
「はーくん、わざとじゃないの。本当にごめんなさい。でもアイスコーヒーだから大丈夫よね?」
(はぁ? 自分でかけておいて何を言うのよ。「アイスだから大丈夫」? そんな問題じゃないでしょうが)
「ユリ! お前の服も汚れているじゃないか!」
客にコーヒーを浴びせておいて、父親が心配しているのは娘の服の汚れ。
「パパァ、私は大丈夫!」
呆れて声も出ない美玲は、無言でポケットからハンカチを取り出し、濡れた髪と服を拭き始める。
「お手洗いに案内するわ!」
「ユリは優しいなぁ」
そう言うとユリは美玲の手を強く握りしめ、そのまま力いっぱい引っ張って社長室から連れ出した。
「い、痛いから離して」
「ふんっ」
二人きりになるや否や、ユリはパッと手を放す。赤くなった美玲の手が痛々しい。
「あんた、邪魔なの。そんなダサい格好をして、気を引くなんてキモい! さっさと消えて」
そう吐き捨てると、ユリはいきなり手を振り上げた。
「えっ?」
殴られる――そう悟った美玲は、ギュッと身を固め、痛みに備えて目をつぶった。