沼は不気味に静まり返っていた。
周囲を背の高い草だけでなく、大きな木々に囲まれた沼は全体的に薄暗く、水の出入りが全く無いのかと疑ってしまうほどに揺らぎ無い水面(みなも)は鏡の様であった。
事実水に含まれる酸素の量が少ないのだろう、息苦しさを感じたナッキたちは揃って大きく水を吸い込むのであった。
ガサガサ
「お待たせしました、それでは長老の元にご案内いたします」
ザリガニのランプは草の中を進んできたようで、大きな爪で草を掻き分けて姿を現しながら声を掛けて来た。
その姿を見てナッキは思う。
――――やっぱり十本足だったんだな、器用に動かしている所を見るとカエルの前足みたいに使っているんじゃないかな? 勿論武器にもなるんだろうけど…… ん? 沼の底の方に鮮やかな赤色をした生き物が…… ああ、アカネが言っていた小さいヤツかぁ、確かにランプさんに似ているようだな、何か言っている様だけど、どれどれ
ナッキたちギンブナの視力は決して良いとは言えない。
転じて嗅覚と聴覚は他の魚類に比べた時、群を抜いて敏感であった。
ナッキは目の後ろの内耳(ないじ)に神経を集中させた。
「大きいの来た、大きいの来た、大きいの……」
「黒いぞ、黒いぞ、黒いぞ、……」
「お客さんお客さんお客さんお客さんお客さんお客さん……」
「ウェルカム トゥ アワー ホーム、ウエルカム……」
「歡迎、歡迎、歡迎、歡迎、……」
………………
どうやらそれぞれ一つの単語だけを繰り返し連呼しているようである。
ナッキは後ろを泳いでいた二匹にその事を伝える。
「ねえねえ、底の方にランプさんを小さくして色を赤に変えた生き物が居るんだけどさ、声を聞いてご覧よ、面白いよぉ! メダカの真逆、かな?」
「へーどれどれ…… おおっ? なんかギャーギャー叫んでるみたいだな、なあナッキ、これって面白いか?」
「……ナッキの王様よぉ、残念ながらおいらの耳じゃ何にも聞こえないわぁ、後で話して聞かせてくれよ」
「? あ、う、うん…… 判ったよ、後で話すね……」
ウグイのティガは兎も角、自分と同じギンブナのヒットまで聞き取れなかった事に小さくない疑問を抱えたナッキであったが、丁度その時ザリガニのランプが告げたのである。
「ランプで御座います! ご命令通り、森の外の池から、王様のナッキ様をお連れしました! 長老様! お姿をお見せ下さいませっ!」
見るとランプが話し掛けているのはナッキの体ほどもある黒々とした大岩であった。
言い終えた後も岩に向かって頭(こうべ)を垂れたままジッとしているランプを見つめているとその背景になっている大岩に動きが見えた。
いや、厳密に言えば岩自体は動いては居ない、岩の下部から四本の足が生えてきたのである。
足とは言っても魚の鰭(ひれ)のような形状をした巨大な物だ。
驚いて見ていると手前側の二つの足の間から、丸みを帯び岩と同じく黒い物が伸びて来るではないか。
ギザギザの口の様なものも見えるし、丸みの左右にはこちらも真っ黒な目らしい物がある所を見ると恐らく顔なのだろう。
顔を出しただけでなく、それをぐんぐん伸ばした姿は、同じ四本足のカエルとは似ても似つかぬ物であった。
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