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ゴトゴトゴト……
乗り合い馬車は、いつものリズムで街道を走る。
慣れ親しんだこの揺れと暖かな陽気が相まって、徐々に眠気が襲ってくるのだが――
「……さて、アイナさんとルークさん。
そろそろお勉強を始めましょう!」
「え? お勉強、ですか?」
不意を衝かれて、エミリアさんの言葉にそのまま返事をしてしまう。
……お勉強って、一体?
「魔法のお勉強ですよ!
馬車の移動中にやるって言ったじゃないですかっ!!」
……あ、そうだった。
アドルフさんからもらった属性石のナイフを使うために、私は水属性の魔法を、ルークは土属性の魔法を勉強する……という話だったよね。
私も当初はやる気があったんだけど、アーティファクト錬金で使えるようになった魔法――
……バニッシュ・フェイトやクローズ・スタンを使ったせいか、何となくそれで満足してしまっていたのかもしれない。
「す、すいません。それではエミリア先生、よろしくお願いします!」
「先生……?
むふー、分かりました♪ ささ、ルークさんも良いですか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
鼻息を荒くするエミリアさんに促されて、私とルークはエミリアさんの方に向き直る。
「それでは始めます!
メルタテオスの本屋で魔法の本を買いましたが、その前に魔法の元……マナを感じるところから始めましょう。
ちなみにお二人は、マナを感じたことはありますか?」
「いえ、まったく」
「同じく、です」
「魔法を学ぼうとしなければ、そういうことには縁がありませんからね。
それではアイナさん。わたしの掌に、アイナさんの掌をかざしてください?」
そう言いながら、エミリアさんは掌を私の方に向けた。
えぇっと、同じ感じでかざせば良いのかな?
早速、エミリアさんの掌に自分の掌を向けてみる。
すると、お互いに掌をかざし合っているような状態になった。
「……はい、いかがですか?」
「え?」
いかがですか……と言われても、何も起きないけど?
でも話の流れからして、ここは何かを感じ取れるところなのかな?
そう言われてみると、そういえば――
「エミリアさん! 何か温かいものが伝わってきます!」
「はい! それはわたしの体温です!」
「えっ」
……言われてみれば、その通りだね……。
確かにこれは、今までに感じたことがあるよ……。
「えっと、今は本当に手をかざし合わせただけなので……特に何も感じないと思います。
上級者になってくると、これだけでも微細なマナを感じることが出来るそうですが」
「へぇ……。ちなみにエミリアさんは?」
「はい、わたしはさっぱりです」
なるほど……。エミリアさんくらい魔法が使えても、それは出来ないんだね。
それじゃ私とルークは、その高みまでは目指さないで大丈夫か。
「さて、アイナさん。もう1回かざして頂けますか?」
「はーい」
エミリアさんの言葉に従って、再び掌をかざし合わせる。
先ほどと同じく、エミリアさんの体温が伝わってくるのだが――
――ピリッ
「うわっ?」
「何か感じましたか?」
「えっと……何かピリッとしたものが。静電気の弱いような感じの――」
静電気……とはまた少し違うんだけど、大体そんな感じ?
何ていうのかな、静電気を温かくしたような……というか、静電気と空気を混ぜた……というか。
ああ、確かにこれは言葉では伝えにくい!
「はい、それがマナです。今、わたしの身体のマナを掌に集めて、分かりやすいようにしたんです。
ささ、それじゃ次はルークさん!」
「はい、お願いします」
そう言いながら、エミリアさんとルークが掌をかざし合った。
さてさて、ルークはどんな反応になるかな?
私は新しい感覚を感じることができて、内心とてもドキドキしているんだけど――
「……はい、どうですか?」
「えっと……。すいません、特に何も……」
……あれ?
「むむ、ルークさんはそこからですね」
「そこから……? 私と何か違うんですか?」
「マナの感じ方は人によって違うんです。
先ほどアイナさんはピリッとしたもの……と仰っていましたが、そう感じない人もいるんです」
「へぇ……? 感じ方は人それぞれ、ということですか」
「はい。これはその人の魔法の適性とか、他のスキルとの相性とかがあるそうです。
ルークさんは今まで肉体を使う方に特化してきましたから、恐らくはその辺りが原因でしょう」
「……つまり、私はマナを感じ取れない……というわけですか?」
エミリアさんの言葉に、ルークが不安そうに尋ねる。
このまま感じ取れないなら、早々に魔法のお勉強が頓挫してしまうからね。
「いえ、大丈夫です!
そこら辺は魔法使いの先人たちが、解決方法をしっかりと遺してくれていますので!」
「へぇ……、そういうのもあるんですね」
「エミリアさん、ぜひ教えてください!」
安心するような、懇願するような声でエミリアさんにお願いするルークだったが――
「……ルークさん? エミリア……何ですって?」
「……っ!!
え、エミリア先生! 私にその方法を教えてください!!」
「よろしい! 教えて差し上げましょう!」
察しの良いルークと、ノリノリのエミリアさん。
何だかこの二人も、端から見てるとなかなか面白いコンビかもしれない。
それにしても、先人たちが遺した解決方法とは一体……?
「それではルークさん。右手と左手を擦り合わせてください」
「え? こうですか?」
そう言いながら、ルークは自身の手をごしごしと擦り合わせ始めた。
「もっと速く!」
「はい!」
ルークはさらに速く手を擦り合わせる。
しばらく経つと、ようやくエミリアさんが言葉を続けた。
「そろそろ良いでしょうか。それでは掌をこちらに向けてください!」
エミリアさんがそう言いながらルークに掌をかざすと、ルークも掌をかざして向かい合わせた。
「さぁ、どうですか?」
「む……。
エミリア先生、何だか温かいものが伝わってきます!」
「はい、それはわたしの体温です!」
――|既視感《デジャブ》っ!!
「それでは……これは、分かりますか?」
「…………」
「…………」
「……えっと、何がですか?」
エミリアさんのドヤ顔に対して、ルークのきょとんとした顔。
今までの流れからして、多分ここでマナを感じ取って欲しかったのだろう……。
「……ルークさんは補習ですっ!」
「えぇっ!?」
ルークから驚きの声が上がる。
確かにここを乗り越えないと、先には進めないからね……。
っていうのは良いとして――
「エミリア先生、私はどうすれば?」
「アイナさんは、今日の授業はおしまいです!」
「えぇっ!?」
授業が始まってから、時間にするとまだ10分くらい。
そのタイミングでルークは補習、私は終業となってしまった。
……でも、ここが基礎のところだから、仕方が無いのかな。
その後、ルークはエミリアさんの指導のもと、ひたすら手をごしごしと擦り合わせていた。
端から見てるといまいち効果は無さそうなんだけど……本当に、これで上手くいくのかなぁ?