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93
ひな
44
海へ行った翌日。
ホテルの部屋で、私はスマートフォンを眺めていた。
昨日の写真。
海。
夕焼け。
サービスエリアで飲んだコーヒー。
一緒に食べたラーメン。
そして――
繋いだ手。
写真には写っていないのに、指先にはまだ、その温もりが残っている気がした。
「……昨日、本当に楽しかったな」
そう呟いた瞬間、スマートフォンが震えた。
ヨルからだった。
『おはよう』
「……おはようございます」
返信を打つ。
すると、すぐに次のメッセージが届いた。
『昨日、ちゃんと眠れた?』
『はい』
少し迷ってから、
『ヨルさんは?』
と送る。
『俺も寝たよ』
そして、
『でも、昨日のことを思い出してた』
と続いた。
「……え?」
心臓が小さく跳ねる。
『海のこと?』
そう尋ねると、
『うん』
少し間を置いて、
『それだけじゃないけど』
と返ってきた。
「……それだけじゃない?」
何のことだろう。
聞いてみたい。
でも、聞くのは少し恥ずかしい。
結局、
『そうなんですね』
としか返せなかった。
⸻
その日の午後。
またヨルからメッセージが届いた。
『今日、少し時間ある?』
『あります』
『会いたい』
たった三文字。
それだけなのに、胸の奥がいっぱいになった。
『私も会いたいです』
送信してから、
「……また素直に言っちゃった」
顔が熱くなる。
けれど、今度はその言葉を消したいとは思わなかった。
⸻
待ち合わせ場所には、ヨルが先に来ていた。
私に気づくと、優しく笑う。
「こんにちは」
ヨルはスマートフォンを見せる。
『こんにちは』
そして、
『会えて嬉しい』
その文字を見て、私は少し照れながら笑った。
「私もです」
ヨルはしばらく私を見つめていた。
いつもと少し違う。
何かを伝えようとしているような表情だった。
私は首を傾げる。
「どうしました?」
ヨルはスマートフォンを取り出した。
けれど、すぐには文字を打たなかった。
何度か画面を見つめてから、
『今日は、君に話したいことがある』
と見せてくれた。
「……話したいこと?」
ヨルは静かに頷いた。
⸻
二人で、落ち着いた雰囲気のカフェへ入る。
向かい合わせに座ると、ヨルはコーヒーを飲みながら、何度も言葉を選んでいるようだった。
私は少し不安になる。
「……何かありましたか?」
ヨルは首を横に振る。
そして、スマートフォンに文字を打った。
『悪い話じゃないよ』
「よかった……」
思わず胸を撫で下ろす。
ヨルが少し笑った。
『昨日から、ずっと考えてた』
『何をですか?』
『君のこと』
「……!」
思わず目を逸らす。
「……私?」
『うん』
『12年前から俺のことが好きだったって聞いて』
『ずっと、そのことを考えてた』
私は黙って画面を見つめた。
『最初は、偶然会っただけだと思ってた』
『でも、会うたびに楽しくなった』
『メッセージが来ると嬉しくなった』
『君が笑っていると、俺も嬉しくなった』
胸の奥が、少しずつ熱を帯びていく。
ヨルは続けた。
『海に行ったときも』
『手を繋いだときも』
『もっと一緒にいたいと思った』
私は、何も言えなかった。
言葉にしてしまえば、この時間が夢から覚めてしまいそうだった。
⸻
ヨルは一度スマートフォンを置いた。
そして、まっすぐ私の目を見る。
ゆっくりと文字を打つ。
『君には聴覚障害があることを話してもらったよね』
私は頷く。
『俺は、それを聞いて離れたいとは思わなかった』
「……」
『むしろ、君が安心して話せる方法を一緒に探したいと思った』
胸がいっぱいになる。
私は小さな声で、
「……ありがとうございます」
と答えた。
ヨルは首を横に振る。
『ありがとうって言わなくていいよ』
そして、
『俺がそうしたいから』
と続けた。
その言葉が、静かに胸の奥へ沈んでいった。
⸻
しばらく、二人の間に穏やかな沈黙が流れた。
ヨルは私を見つめている。
そして、最後の言葉を打った。
『俺は、君のことをもっと知りたい』
『もっと会いたい』
『これからも一緒にいたい』
そして――
『俺と付き合ってください』
時間が止まったように感じた。
「……え?」
思わず聞き返す。
もちろん、声だけでは聞き取れない。
けれど、目の前のスマートフォンに映る言葉は、はっきりと見えていた。
もう一度読む。
俺と付き合ってください。
12年間。
遠くから好きだった人。
その人が今、私に想いを伝えている。
「……私でいいんですか?」
やっとのことで声にすると、ヨルはすぐに文字を打った。
『君がいい』
「……っ」
顔が熱くなる。
「……ずるいです」
ヨルが笑う。
『何が?』
「そんなことを言われたら……」
言葉が続かない。
目を伏せ、胸の奥に込み上げるものをこらえる。
そして、小さく頷いた。
「……はい」
ヨルがこちらを見る。
私はもう一度、今度は自分の言葉で伝えた。
「私も……ヨルさんが好きです」
『12年前から?』
「……はい」
少し照れながら笑う。
「12年前から、ずっと」
ヨルも嬉しそうに笑った。
そして、
『じゃあ、今日から俺の彼女だね』
と打つ。
「……!」
「そういう言い方、恥ずかしいです……」
ヨルは笑いながら、
『ごめん』
と返した。
けれど、その表情は隠しきれないほど嬉しそうだった。
⸻
その日の帰り。
ヨルからメッセージが届いた。
『もう一つ、約束してたこと覚えてる?』
『二二ですか?』
『正解』
「……!」
思わず笑みがこぼれる。
『会わせてくれるんですか?』
『うん』
『いつ?』
『実は、近いうちに会えるよ』
胸が高鳴った。
12年前。
私が初めてEXOを知ったきっかけ。
最初に心を惹かれた二二。
その二二に――
本当に会える。
⸻
数日後。
ヨルから連絡が来た。
『今日、少し時間ある?』
『あります』
『じゃあ、二二に会いに行こう』
「……!」
急いで準備をする。
鏡の前で、何度も自分の姿を確認した。
「どうしよう……」
二二に会う。
しかも、ヨルの恋人として。
そう思うだけで、胸が落ち着かなくなる。
⸻
待ち合わせ場所には、ヨルが迎えに来てくれた。
「緊張してる?」
私は頷く。
「はい……」
ヨルはスマートフォンに、
『大丈夫』
と打って見せる。
『俺がいるから』
その言葉に、張りつめていた心が少しほどけた。
そして二人で歩き出す。
ヨルがそっと手を差し出す。
私はその手を握った。
指を絡める。
恋人繋ぎ。
もう、前ほど恥ずかしくはない。
それでも――
やっぱり嬉しかった。
⸻
扉が開く。
そこには、見覚えのある人がいた。
私は思わず足を止める。
「……二二」
12年前。
SNSを通して知った人。
そこからEXOを好きになったきっかけ。
画面の中で、何度も見つめていた人。
二二がこちらを見る。
そして、柔らかく笑った。
『初めまして』
私は少し緊張しながら、
「初めまして……」
と挨拶する。
ヨルが二二に何かを伝える。
二二は少し驚いたような顔をして、
『12年間?』
と尋ねた。
私は頷く。
「はい」
『そんなに長く?』
「はい……」
少し照れながら、
「最初は、二二を知ったことがきっかけだったんです」
と伝える。
二二が笑った。
『じゃあ、俺がきっかけなんだ』
「そうです」
するとヨルが、少しからかうようにスマートフォンを見せる。
『でも、そのあと俺を好きになったんだって』
「……ヨルさん!」
思わずヨルを見る。
「言わなくてもいいのに……」
二二が楽しそうに笑う。
ヨルも笑っている。
私は恥ずかしくて、俯いてしまった。
⸻
二二とヨルと過ごす三人の時間は、想像していたよりもずっと穏やかだった。
昔のEXOの話。
『Wolf』の話。
『Overdose』の話。
『EXO’s Showtime』の話。
12年前、私がEXOを好きになった頃の話。
二二が、
『12年前の自分が聞いたら、きっと驚くだろうな』
と笑う。
私も笑った。
「私もです」
ふと隣を見る。
ヨルがこちらを見ていた。
その眼差しがあまりにも優しくて、私はまた少し照れた。
二二と出会えたこと。
そして、その隣にヨルがいること。
12年前の私には、きっと想像もできなかった時間だった。
⸻
帰り道。
夜の街を、二人で歩く。
今日一日の出来事が、まだ夢の中のことのように思えた。
二二に会った。
そして――
ヨルの彼女になった。
「……なんだか、すごい一日でした」
ヨルがスマートフォンを見せる。
『楽しかった?』
「はい」
『よかった』
少し歩いてから、私はヨルの手を握った。
今度は、私から。
指を絡める。
ヨルが少し驚いた顔をして、
『今日は俺からじゃないんだ』
と打つ。
「……たまには」
ヨルが笑う。
『嬉しい』
その短い言葉が、夜の静けさの中で、いつまでも胸に残った。
二人で、ゆっくり夜道を歩く。
⸻
しばらくして、ヨルが足を止めた。
スマートフォンを見せる。
『これから、もっといろんなところに行こう』
『海も』
『夜景も』
『一緒にご飯も食べよう』
そして、
『俺のステージも、また見に来て』
私は笑った。
「はい」
ヨルは続けて文字を打つ。
『俺はステージから君を探す』
その言葉に、胸が温かくなる。
「……見つけられますか?」
『頑張って探す』
「ふふっ」
私は笑った。
ステージの上にいるヨル。
客席から見つめる私。
それぞれの場所から、同じ時間を分かち合う。
それもまた、私たちらしい約束のように思えた。
ヨルは私の手を握る。
恋人繋ぎ。
12年間、遠くから見つめていた人。
その人が今、私の隣にいる。
そして私は、その人の恋人になった。
まだ、何もかもが始まったばかりだった。
これから先、両親への挨拶もある。
メンバーとの思い出も増えていく。
二人で過ごすデートも、
嬉しい日も、
少しすれ違う日もあるかもしれない。
それでも――
今日からは、一人じゃない。
「ヨルさん」
『ん?』
「……これからも、よろしくお願いします」
ヨルは少し照れたように笑って、
『こちらこそ』
と文字を見せた。
そして最後に――
『大好きだよ』
「……!」
また顔が熱くなる。
「……私もです」
夜の街に、二人の影が並んで伸びていた。
12年間の片想いは、
今日、恋人という新しい形に変わった。
けれど、それは終わりではない。
二二と出会えたこと。
ヨルと恋人になれたこと。
そのすべてが、長い時間を越えて、今ここに繋がっている。
そしてこの先には――
両親への挨拶。
二人で作る未来。
いつか訪れる、結婚の日。
まだ見えない未来を思い描きながら、私はヨルの手を握り返した。
その温もりだけは、確かに今ここにあった。
第6話 終
コメント
1件
うわあ、ついに告白、そして二二との対面…! 12年間の片想いが実って、本当によかったね。手を繋ぐ描写が毎回優しくて、特にヨルさんが「ステージから君を探す」って言うところで胸がいっぱいになりました。言葉がなくても想いが通じ合う二人の空気感がすごく素敵だった。きゅうりさん、この温かい雰囲気、大好きです。