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パリに来たのはいいものの。
「……会長」
コビーは、完全に白目になっていた。
「何?」
ミユはフランス語の教科書を閉じ、腕を組む。
「この国の人たち、容赦なくフランス語で話しかけてきます……」
「当たり前でしょ」
「無理です……」
ミユは小さくため息をつき、コビーの前に座り直した。
「入学式までに、英語とフランス語は最低限、話せるようにする。異論は?」
「ありません……」
こうして始まった、ミユ式・超スパルタ語学特訓。
発音が違えば即やり直し。
文法を間違えれば即ツッコミ。
逃げようとすれば、容赦なく煽られる。
「そこ、舌の位置違う」
「はい……」
「集中力切れてるでしょ、副会長」
「元副会長です……」
何時間も続いた特訓のあと。
コビーは、ついに力尽きた。
「……もう、だめです……」
そう言って、ミユの方へ倒れ込む。
顔を、胸元に埋める形になってしまい、ミユは一瞬固まった。
「ちょ、コビー……」
「……幸せ……」
ゆるゆるに緩んだ声。
完全に、思考が停止している。
ミユは顔を赤くしながらも、そっとコビーの頭に手を置いた。
「……頑張ったでしょ」
コビーは、小さく頷く。
「会長が、先生だから……」
その言葉に、ミユの胸がぎゅっと締めつけられる。
しばらくして、コビーが顔を上げる。
目が合う。
どちらからともなく、距離が縮まる。
言葉はない。
ただ、確かめるように、そっと唇が触れる。
それは、長い勉強の終わりを告げる合図みたいだった。
ゆっくり、ゆっくり。
互いの存在を確かめ合うように、
時間を忘れるほど静かなひととき。
やがて、ミユが小さく囁く。
「……続きは、また明日」
コビーは、名残惜しそうに微笑った。
「はい。先生」
窓の外、パリの夜景がきらめいている
言葉はまだ完璧じゃない。
けれど――
伝えたい気持ちは、もう十分すぎるほど通じていた。
その夜の先は、
二人だけの未来へと、そっと続いていく。