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#日常組
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第5話 殿下からの贈り物
セレスティアが皇宮を訪れた日から、数日が経っていた。
あの日以来、ルカは自分の心に生まれた奇妙な感情について、ずっと考えていた。
リンデン殿下に元婚約者がいた。
それ自体は、何も不思議なことではない。
皇太子である殿下が、家柄の釣り合う相手と婚約していたとしても当然だろう。
それなのに。
あの女性が殿下の隣に立っていた光景を思い出すたび、胸の奥が落ち着かなくなる。
「……僕、どうしちゃったんだろう」
執務室へ向かう廊下で、ルカは小さく呟いた。
考えても、答えは出ない。
自分は殿下の側近だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう言い聞かせ、ルカはいつものように執務室の扉をノックした。
「殿下、ルカです。失礼いたします」
「入れ」
扉を開けると、リンデンは机に向かって書類を読んでいた。
「おはようございます、殿下」
「ああ。……ルカ、少しこちらへ来い」
「はい?」
呼ばれるままに近づくと、リンデンは机の引き出しから小さな箱を取り出した。
深い紺色の箱だった。
「これを受け取れ」
「……私に、ですか?」
「ほかに誰がいる」
いつもの淡々とした返答。
けれど、差し出された箱を前に、ルカは戸惑った。
「ですが、殿下……これは?」
「開けてみろ」
おそるおそる箱を開く。
その中には、繊細な金細工が施された銀色の指輪が収められていた。
中央には、小さな淡い青色の宝石が輝いている。
派手すぎず、しかし上品で、光を受けるたびに美しい色を浮かべる指輪だった。
「……きれい」
思わず、声が漏れた。
ルカはしばらく指輪を見つめていた。
こんなに美しいものを、自分が持っていていいのだろうか。
「殿下、これは……」
「お前への贈り物だ」
「わ、私への……?」
「ああ」
「で、ですが、なぜ……?」
リンデンは少しだけ眉を動かした。
「以前、欲しいものはないかと尋ねただろう」
ルカは、はっと顔を上げた。
確かに、初めてこの城に来たとき、殿下にそう尋ねられた。
けれど、自分には欲しいものなど思いつかなかった。
何かを望むことにも、誰かに与えられることにも、慣れていなかったから。
「お前は何も言わなかった。だから、私が選んだ」
「……そんな、わざわざ私のために……」
「気に入らなかったか?」
「ち、違います!」
ルカは慌てて首を横に振った。
「そんなことはありません! とても、きれいで……本当に、嬉しいです」
言いながら、胸がいっぱいになった。
自分のために選んでくれた。
自分が何も望めなかったから、代わりに考えてくれた。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
「……ありがとうございます、殿下」
ルカは指輪の箱を両手で包み、深く頭を下げた。
「大切にします。一生、大切に……」
「そこまで大げさに考えなくてもいい」
「で、でも……!」
「お前が喜べば、それでいい」
その言葉に、ルカは顔を上げた。
初めてこの城に来た日にも、同じことを言われた気がする。
あの日から、殿下は何度も自分を気遣ってくれた。
朝食を用意してくれた。
仕事を褒めてくれた。
似合う制服を贈ってくれた。
そして今度は、自分だけの指輪まで。
どうして、ここまでしてくれるのだろう。
自分は、何も返せていないのに。
「……殿下は、どうしてそんなにお優しいのですか?」
気づけば、そんな質問をしていた。
リンデンは一瞬だけ黙った。
そして、ルカの顔をまっすぐに見つめた。
「私が優しいかどうかは知らん」
「……え?」
「ただ、お前にはそうしたいと思う。それだけだ」
ルカの頬が、じわりと赤くなった。
それ以上、何も言えなかった。
リンデンはそんなルカを見て、静かに口を開いた。
「つけてみろ」
「……はい」
ルカは指輪をそっと箱から取り出した。
細い指に通してみると、驚くほどぴったりだった。
まるで、最初から自分のために作られたかのように。
「……あ、入りました」
「当然だ。お前の指に合うように用意させた」
「……っ!」
ルカは思わず指輪を見つめた。
サイズまで、自分に合わせてくれた。
そんな細かなことまで考えてくれていたのだ。
「殿下……」
「何だ」
「……本当に、ありがとうございます」
今度は、さっきよりも少しだけ自然に笑えた。
リンデンはその笑顔を見つめ、わずかに目を細めた。
「似合っている」
「……!」
たった一言。
それだけで、ルカの胸は温かくなった。
この指輪を見るたびに、今日のことを思い出すだろう。
殿下が自分のために選んでくれたこと。
自分の喜ぶ顔を見たいと言ってくれたこと。
そして、初めて自分のために、何かを望んでもいいのだと思えたこと。
ルカは指輪をそっと撫でた。
――この指輪だけは、絶対になくしたくない。
そう、心から思った。
*
数日後。
皇宮の庭園では、貴族たちが集まる小さな茶会が開かれていた。
リンデンは公務の一環として顔を出していたが、ルカも側近としてそのそばに控えていた。
「殿下、本日はお越しいただきありがとうございます」
「招待に応じただけだ。気にするな」
貴族たちとの挨拶を済ませ、リンデンは淡々と会話を続けている。
その少し後ろで、ルカは必要に応じて書類を渡したり、次の予定を確認したりしていた。
ふと、風が吹いた。
ルカの袖口がわずかに揺れ、指にはめた指輪が陽光を受けてきらりと輝く。
その瞬間だった。
「あら……?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、そこにはセレスティアが立っていた。
彼女はリンデンへ優雅に微笑みかけようとしていたが、ふとルカの手元に目を留めた。
そして、その笑顔がぴたりと止まった。
「……その指輪」
ルカは自分の手を見た。
「え? あ、こちらですか?」
「ええ。とても美しい指輪ね」
セレスティアは微笑んだ。
けれど、その瞳は笑っていなかった。
「どなたからいただいたのかしら?」
「……っ」
ルカは一瞬、答えに迷った。
こんなことを話してもいいのだろうか。
けれど、隠す理由もない。
「リンデン殿下から、いただきました」
そう答えた瞬間。
セレスティアの指先が、扇をぎゅっと握りしめた。
「……殿下から?」
「はい。私にはもったいないくらい、素敵な贈り物で……」
「まあ」
セレスティアは、ゆっくりと微笑み直した。
「それは、それは。ずいぶんとお気に召されているのね」
「い、いえ、私はただ……」
「いいのよ。側近を大切になさるのは、殿下のご自由ですもの」
柔らかな声。
しかし、その言葉の奥にある何かに、ルカは小さな不安を覚えた。
セレスティアは一歩近づき、ルカの指輪を眺めた。
「大切になさいね。殿下からいただいたものなのでしょう?」
「……はい」
「ええ。決して、なくさないように」
彼女はそう言うと、何事もなかったかのようにリンデンへ向き直った。
「殿下、私からも少しお話ししたいことがございますの」
「後にしろ。今は公務中だ」
「……そうですわね」
セレスティアは優雅に頭を下げた。
その横顔からは、もう感情を読み取ることはできなかった。
けれど、彼女が立ち去る直前。
ルカは、ほんの一瞬だけこちらへ向けられた視線を見逃さなかった。
冷たく、鋭い視線だった。
まるで、自分を値踏みするかのような。
ルカは無意識に、指輪を握りしめた。
どうしてだろう。
先ほどまで、あんなに嬉しかった指輪なのに。
今はなぜか、少しだけ不安だった。
――この指輪を持っていることで、何かが変わってしまうのだろうか。
答えは、まだ分からない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
セレスティアは、ルカのことを以前とは違う目で見ていた。
そして、その視線の意味を、ルカが知ることになるのは。
もう少し、先のことだった。
コメント
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何か元気になりました⭐︎ I'mhappy!.(あいむ ハッピー) 明日の学校も楽しめそうです!多分きっと恐らく
みぅだよ🤍🥀 第5話、読み終えたよ……。指輪を贈るシーン、すごく綺麗だった。殿下がルカのサイズまで調べて用意したっていうのが、もうね……静かな執着みたいなのを感じて胸がぎゅっとなった。ルカが『自分にはもったいない』って思うところ、すごくわかるし、同時に切ない。 でも後半、セレスティアが出てきてから空気が変わったね。あの冷たい視線……「決して、なくさないように」って言葉、めっちゃ怖い。ただの元婚約者じゃない何かが、これから動き出す予感がする。指輪がただのプレゼントじゃなくて、争いの種になりそうで心臓がざわついたよ……。 続き、しっかり受け取るからね。ありがとう、cielさん🌙