テラーノベル
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フレアが何かに気付きハッとする。
「当然さ!」と両の手を開いたテムズは、それがこの街の在り方だからと熱弁を振るった。
「増えてしまったゴミは焼却しなきゃならない。ゴミはどうやってもゴミさ、だから全て燃やし尽くすんだ。だから頼む、僕らに魔法を教えてくれ!」
縋るようにテムズがペトラの手を掴んだ。 ペトラはパンと簡単にその手を弾き、まるで無感情に言った。
「例え奴らがゴミだったとしても、ゴミにしかわからないこともあんのさ。毎日死物狂いで走り回って、食いもん集めて、金ちょろまかしてさ……。でもな、それでもやっぱ生きてくのって辛ぇんだよ。美しい街でぬくぬく育った奴らには、一生わからないかもしれねぇけど」
行こうと声を掛けたペトラは、静止を振り切って外に出た。 しかしそれを許さないテムズは、最後の手段とばかり声を荒げた。
「なぜわかってくれないんだ?! ……いや、待てよ。そうかわかったぞ。お前たち、本当は奴らの仲間なんだろ。だったらいいさ、こちらにも考えがある。奴らに魔法を伝授されてしまう前に、奴らと一緒に焼き捨ててやる。……もうこんな思いを続けるのは沢山だ!」
温和な態度を豹変させ、テムズは背後に隠していた発煙筒のようなものを掲げて強く握った。
展望デッキの一角から湧き上がった赤色の煙は、街の何処からでもわかるほど高く登っていく。
「五体満足で街を出られると思うな。お前たちは、僕らリール騎士団をも敵に回したんだからな!」
鬼の形相で二人を睨むテムズを前に、「だから奥の手は簡単に見せるもんじゃねぇんだ」と頭を掻いたペトラは、フレアを抱えてデッキから飛び降りた。
「えッ、ペトラちゃん!!?」
「しっかり掴まってなフレア。もうここに用はねぇ、さっさとおさらばするぜ!」
ザザザと器用に屋根を滑ったペトラは、フレアを抱えたまま飛び降りた。
キャアと叫ぶフレアが首元にしがみつき、まるで連れ去られるお姫様だなと笑ったペトラは、靴裏に備え付けられたストッパーを巧みに使いながら一気に地上へ舞い降りた。
「捕まえられるもんなら捕まえてみな。返り討ちにしてやんぜ」
中指を立て舌を出したペトラは、フレアを下ろして「走るぞ」と叫んだ。
悩む間もなく駆け出す二人を目掛け、デッキの上で笛を吹いたテムズは、仲間へ知らせるため煙の束を大袈裟に操った。
空高く登る赤い煙が街の東側へ流れると、異変を察知した騎士団の仲間たちの呼吸も途端に荒ぶった。敵の発生を表す狼煙に気付いた騎士団の兵が続々と街を囲み、逃亡する二人の背中を追いかけた。
「ちっ、ゼピアならまだしも、ここは俺の知ってる街じゃねぇ。どうにかして撒かねぇと、二人ともやられちまう」
「どこにいるかもわからないのに、どうするつもりなの?!」
「どうもこうも、とにかく走るしかねぇだろ!」
闇雲に走る中でも、ペトラは冷静に周囲を見回しては、脳裏に残っていた展望デッキからの眺めとを繋ぎ合わせ、逃亡までの道のりを模索する。しかし中途半端にわかってしまうからこそ、残り僅かのところで逃げ切れない未来が見えてしまい、頬を伝う冷や汗を止められなかった。
キュッとブレーキを掛けたペトラの様子や顔色から、フレアもまた相当に状況が悪いことを読み取ってしまう。互いに突出した能力を持っているからこそ、少し先に待つ袋小路が見えてしまう様はもどかしく、追い込まれていく自分の姿を想像せずにはいられなかった。
ペトラの頭にある景色と、目の前に見えていた街脱出までの道のりが完全に合致したところで、二人の足は完全に止まってしまった。タイミングを謀ったように、つい数分前に見たイタチ型の獣人が、裏路地の一角からゆっくりと二人の前に姿を現した。
「残念ながら、この先は完全に包囲した。もう君たちに逃げ場はないよ」
二人の背後からも多くの騎士団員が押し寄せ、通路を塞いでいく。
左右は高い壁、前後を阻まれ逃げ場のなくなった二人は、いよいよ追い込まれたネズミのように押し固まるしかなかった。
「最後にもう一度聞こう。どうだい、僕たちに魔法を教えてくれる気になったかい。十秒以内に答えてくれたまえ」
魔法というテムズの言葉に周囲の団員たちがざわつき始めた。
敵が魔法を使うとわかれば、自然と団員の緊張感は増し、武器を構える目尻も上がった。
「さぁ決めるんだ。ここで囚われるか、それとも我々に力を与えるか。まぁ選択肢など、一つしかないのだけれど」
手にした武器を構えた面々は、じりじりと距離を詰め、今にも襲いかからんと迫っていた。
ペトラはフレアと背中を合わせたまま、「隙をついてフレアだけでも逃げろ」と呟いた。
「そんなことできるはずないよ!」
「どっちみち二人とも捕まったらお終いだ。どうにかウチの奴らに知らせねぇと、二人とも助からなくなる」
「ほらほら、早く答えておくれよ。僕らも暇ではないんだ。奴らとの抗争は現在進行系で進んでいるからね。一時だって油断を見せるわけにはいかないのだからね!」
モンスター調教用のムチを手に、テムズはテールの部分を地面に当てながら何度も素振りした。
にじり寄る背後の団員たちも、思い切り踏み込めば一足で二人に触れられるところまで近付いた。
「ニ、一、……さぁ時間だ、答えを聞かせてもらおう」
スッと手を挙げたテムズは、ムチを高く掲げ、場の全員に攻撃のきっかけの合図を出した。
腕が振り下ろされたが最後、全員が一斉に襲いかかるのは言うまでもない。
「くそっ、こんな数の相手じゃ俺の魔法なんか足止めにも……」
破れかぶれに地面に手をつくペトラを止めたフレアは、テムズと同じようにスッと右手を挙げた。 何のマネだとテムズが眉をひそめる中、フレアはグッと奥歯を噛み締めてから、すぅと息を吸い込み言った。
「わかりました。言うとおりにします」
ニヤリと笑ったテムズに対し、ペトラが「やめろ」とフレアの肩を掴んだ。
しかしフレアは目で制し、「ですが条件があります」と付け加えた。
「条件。条件とはなんでしょうか?」
「教えた魔法を、決して人に向けないこと。約束してください、絶対に誰も傷つけないと、私たちに誓ってください」
フフッと笑いをこらえたテムズは、心にもない様を表情に出したまま承諾した。
「なに言ってんだフレア。そんなの奴らが守るわけねぇだろ!」
「わかってるよ。でも今はどうにか時間を稼がないと」
掲げた腕を下ろしたテムズは、「二人を捕獲しろ!」と声を荒げた。
言わんこっちゃないとフレアの肩を抑え込みながらペトラがグッと身を屈めた。直後、頭上を団員たちの武器が通過し、空をきった刃先が二人の頭上で光を反射し怪しく輝いた。
先に手を出したのはお前たちだからなとフレアを抱えて地面に手を付いたペトラは、魔法を唱えるため詠唱を始めた。
―― しかしその時だった
『 グァっ! 』
どこから男の悲鳴が轟いた。
第二撃のため二人に武器を向けていた団員の視線も、思わず声の方向へ引っ張られ、全員の顔が声の元へと傾いた。
「なんだ?!」
テムズの疑問とともに、団員たちとはまるで異質の、低くおどろおどろしい声が一斉に沸き上がった。
「騎士団の雑魚どもが一ヶ所に集まってんじゃねぇの。ちゃんすちゃ~んす!」
聞こえてきたのは、統制の取れていない若者たちの声だった。
建物の上から騎士団員と二人の姿を見下ろす多数の若者たちは、べろりと舌舐めずりをした。
「なッ?! バカな、裏街の……!!?」
「お嬢ちゃんたち囲んで楽しそ~なことしてんじゃん。俺たちも混ぜてくれよぉ」
ずらりと並んでいたのは、リール騎士団と敵対する裏街の住人だった。
騒動を嗅ぎつけた裏街の住人は、これ幸いと騎士団の倍以上の数で周囲を取り囲み、一気に叩いてしまおうと今まさに盛り上がっていた。
「おい見ろよ、テムズのガキもちゃ~んといるぜ。いっつも怯えて逃げ回るだけの坊っちゃんが、今日に限って堂々とお出ましだぁ!」
煽りによってヒートアップしていく場の雰囲気に、騎士団員の士気が一気に低下した。
武器を構えていた者たちも、さらに全方位を囲んだ数の圧力に怯え、二人に向けていた武器を自分を守るためだけに握り直していた。
「なんだよこの数。こんなの聞いてないよ」
加速度的に増えていく人の圧にやられ、初めて団員たちの視線が二人から逸れた。
一瞬の隙を見逃さなかったペトラは、フレアの耳元で何かを呟くと、その場にいる全員を欺くように、空をさし示しながら大きな声で「あれはなんだ?!」と叫んだ。
再び全員の視線が一斉に引っ張られ、何もない空へと流れた瞬間を見計らい、フレアを抱えて詠唱を終えたペトラは、冷気を唱えた。
放った氷の勢いでテムズに向かって飛んだ二人が体当たりで攻撃した。
「あうっ」と倒れたテムズの指先からムチを奪ったペトラは、それを器用に操り、テール部分に氷をまとわせ、思い切り伸ばして壁の上部に押し当てくっつけた。
それから少し引っ張った反動と助走をつけたスピードを利用し地面を蹴ったペトラは、住民たちが待ち構える建物の上まで一気に飛び上がった。
『 ひゃっほーい! 』
歓喜の声一発。
アメコミのヒーローのように空中を舞った二人は、ムチを伸ばしてはテールを壁に貼り付け、ジャングルの王者のように振り子運動で街の合間を抜けていく。
騎士団だけでなく、取り囲む住人たちすら一瞬で置き去りにした二人は、建物の屋根を次々に飛び越えた。ペトラの首にしがみついたフレアは、スピードと胸のざわつく浮遊感に酔いながら「わぁ!」と声を漏らし、しがみつく腕にギュッと力を込めた。
「アイツ僕のムチをッ?! なんだよアレ、あんなのズルいじゃないか!」
二人を見上げるリールの街の面々を眼下に見下ろし、ペトラは手にしたムチを握り直し、「魔法ってやっぱおもしれぇ」と溢れて止まらない笑みを噛み殺し呟いた。
「お、追え、みんなアイツらを追うんだ、絶対に逃がすな!」
宙を漂う二人の姿を見て駆け出したテムズを、壁のように重なった肉の壁が弾き返した。
騎士団の仲間ともども、もはや逃げ場すらない人の壁に囲まれたテムズたちは、悲壮感にまみれた顔で、「なんで僕らだけがこんな目にッ?!」と声を上げた。
断末魔の叫び声が聞こえてきて、ペトラは声の方を一瞥し口を結んだ。
気にしたフレアが「大丈夫?」と聞いたが、ペトラは答えぬままリールの街を脱出した。
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