ショッピングモールを何時間も歩き回ったあと、 みこととすちは少し人通りの少ない休憩スペースにたどり着いた。
「……ちょっと休もっか」
みことがそう言って、近くの椅子を指差す。
すちは頷き、ふたり並んで腰を下ろした。
柔らかいソファの感触に、思わずみことは「はぁ〜……」と息を漏らす。
天井から差し込む午後の光が、 床に長く影を落としていて、 その光の中でふたりの影が少し重なっていた。
「飲み物買ってくるね。みことはここで待ってて」
「え、俺も行くよ」
「いいよ。すぐ戻るから」
すちはそう言って立ち上がり、軽くみことの髪を撫でてから歩き出した。
その手の温もりが消えたあと、
みことはぼんやりと手元のスマホを開く。
画面には、数日前にひまなつから送られてきた写真。
そこには、無防備に笑うすちの横顔が映っていた。
日差しの中で目を細めて笑う彼の姿は、
みことにとって、どんなものよりも大切な宝物だった。
(……ほんと、すちって優しい顔してる)
小さく笑いながら、みことはスマホを胸に当てた。
「……好きだなぁ」
少しして時計を見ると、すちが出てからもう30分近くが経っていた。
さすがに遅いかなと思い始めたころ…
「ごめん、みこと。遅くなった」
その声とともに、すちがコーヒーのカップを両手に持って現れた。
「並んでたの?」
「うん、そんな感じ」
「そっか。ありがとう」
みことは受け取ったカップを両手で包み、ふうと息を吹きかけてから一口。
ほどよい苦みと熱さが喉を通り、ほっと肩の力が抜ける。
「今日、いっぱい歩いたね」
「うん。でも、すちと一緒だから疲れなかった」
「……俺も」
目を合わせて笑い合いながら、 他愛もない話を続けた。
服のこと、映画のこと、 それから、どこか行ってみたい場所の話。
何気ない会話のすべてが、
みことにとっては穏やかな幸福そのものだった。
帰宅後。
夕方の光が部屋を淡く染め、オレンジの影を揺らしている。
ソファに並んで座ったふたりは、
いつの間にかまどろむように寄り添っていた。
「……眠い?」
「ううん。ちょっと、ぼーっとしてるだけ」
すちはみことの髪を指で梳きながら、静かに息を整える。
彼の視線がみことの耳元に留まる。
小さなピアスが、光を受けてきらりと揺れている。
その輝きに、すちはそっと指先を伸ばした。
「……っ、どうしたの?」
みことが小さく肩を跳ねさせて、目をぱちぱちと瞬かせる。
「ごめん。ちょっと気になって。 みことのピアス、誰が開けたの?」
唐突な質問に、みことは瞬間的に言葉を詰まらせた。
視線を泳がせながら、もごもごと答える。
「……開けたのは、病院で……」
「そうなんだ。じゃあ──なんで開けたの?」
みことの瞳が揺れる。
何かを言いかけて、けれど、唇が止まる。
部屋に沈黙が落ち、時計の針の音がやけに響いた。
すちは身を寄せ、みことの耳元に口を近づける。
「理由は?」
囁く声は低く、優しいのに、逃げ場を与えないほど近い。
みことは息を呑み、
頬を染めながら、ゆっくりと目を伏せた。
「……すちが……あけてたから……」
その言葉は、かすかに震えていたけれど、
確かな想いの熱を帯びていた。
すちは一瞬驚いたように目を瞬かせ、
それから、やわらかく微笑んだ。
「……そっか。そうだったんだ」
彼は指先でみことの耳たぶをそっと撫で、
小さなピアスの上に唇を寄せた。
「……っ……」
みことの体が小さく震える。
耳元に残る微かなぬくもりに、
胸の奥がじんわりと熱くなった。
「ありがとう。 そんな理由、聞いたら……もっと大事にしたくなる」
みことは照れたように視線を逸らしながら、小さく呟いた。
「……そんなの、ずるい……」
すちはそっと立ち上がり、リビングのソファ脇に置いてあった紙袋に手を伸ばした。
「これ、みことに」
言いながら、袋の中から小さな、真っ白な箱を取り出す。箱は手のひらにすっぽり収まるくらいのサイズで、表面には控えめなリボンの跡が残っている。
みことは驚いた顔で目を見開く。
「え…なに…?」
戸惑い混じりに尋ねると、すちは少し照れくさそうに笑った。
「飲み物買いに行ってる時に見つけてさ。よく似合いそうだと思って。受け取ってくれない?」
みことは手を伸ばして箱を受け取る。紙の手触りがまだほんのり温かく、角を持つ指先が少し震えている。ゆっくりとフタを開けると、内側には薄いベロアの台座に、小さなシルバーのピアスが二つ並んでいた。シンプルで、でも光を受けると柔らかく輝くデザイン――みことの嗜好にぴったりの、控えめな華やかさを持っている。
「わぁ……」
思わず漏れる声に、すちは安心したように頷いた。
みことがピアスを手に取り、くるりと裏返すと、そこには小さな刻印が見えた。細い線で彫られた2つのイニシャル。
――“S”と“M”。すちとみことの頭文字だと一目でわかる、でも押し付けがましくない繊細な彫り方だった。
みことの瞳が一瞬大きく潤む。箱を抱えるようにしてすちを見上げると、すちは少しだけ身を乗り出して、柔らかく囁いた。
「お揃いにしたかった。毎日つけてくれる?」
その言葉に、みことの胸にぽっと暖かいものが広がる。言葉は上手く出せず、代わりに彼は箱をぎゅっと抱え込み、すちの胸に飛びついた。すちは一瞬驚いたように目を大きくしたが、すぐに両腕でみことを包み込み、固く抱きしめ返す。
「喜んでもらえたみたいで良かった…」
安心したように笑うすちの声に、みことは嗚咽に近い小さな笑いを混ぜながら、顔をすちの胸に埋め、頬を伝う熱い滴が布越しに伝わった。
「ごめん、ちょっと……嬉しくて」
落ち着いたところで、すちはそっとみことの顔を引き寄せ、額に軽くキスをした。
みことは目を細め、ピアスをそっと受け取る。
「つけてみる」
細やかな動作で片耳にそっと留めると、シルバーが光を拾って小さくきらめいた。
すちももう一つを自分の耳に付け、二人は鏡代わりに窓のガラスを覗き込んだ。揃った小さな光が、ふたりの側で静かに反射する。みことがそっとすちの手を握ると、すちは深く息を吐いて優しく微笑んだ。
「愛してるよ」
その言葉は、静かな部屋にふたりだけの響きとなって溶けていった。みことはすちの胸に顔を寄せながら、小さな声で答えた。
「…っ、俺も、すちのこと愛してる」
二人はそのまましばらく抱き合い、穏やかな余韻と共に夜を迎えた。
朝の柔らかな光が差し込む中、みこととすちは並んで歩いていた。
シャツの襟元からちらりと覗くシルバーの輝きは、二人だけが知るお揃いの証。
みことは歩きながら、耳たぶに触れてはふっと微笑んでいた。
隣でその様子を見ていたすちは、自然と頬が緩み、優しくみことの頭を撫でた。
「放課後、迎えに行くから。先に帰らないで待っててね」
すちはそう言って、いつもの落ち着いた声で告げる。
みことは一瞬、目を丸くしたあと、嬉しそうに小さく頷いた。
「うん、待ってる」
声は少し上ずっていて、耳のピアスが朝の光を受けてきらりと光った。
校門前で分かれる時、すちは名残惜しそうにみことの髪をそっと撫でた。
その手の温もりが離れていく瞬間、みことの胸の奥にぽっと小さな熱が灯る。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
いつもより少し照れくさそうに交わされたその言葉に、二人だけの温かな空気が流れていた。
すちの背中が角を曲がって見えなくなるまで、みことは小さく手を振っていた。
そのあと、深呼吸をして気持ちを整えると、手で軽く髪を整えながら教室へと向かう。
教室に入ると、友達がすぐに気づいたようで、「あれ?ピアス変えた?」と声をかけてくる。
みことは一瞬照れたように頬を赤らめながら、指でピアスを触れる。
「うん、ちょっとね」
その笑顔は、嬉しさと誇らしさが混ざったものだった。
クラスメイトたちは「似合ってる」「なんか大人っぽい」と口々に褒める。
みことはそのたびに「ありがと」と笑い、耳たぶに触れながら、心の中でそっと呟く。
――これ、すちにもらったんだ。
その思いだけで胸がじんわりと温かくなる。
みことはその日、いつもより少し明るい気持ちで一日を過ごした。
コメント
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そうなんだよねぇッッッッ!聖人組ピアスあいてるもんね!まじですっちーイケメン彼氏で尊いですわ
毎回素敵な投稿ありがとうございます😭このおかげで生きていけます!最高です♪続き楽しみにしてます!!