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「あー、あち。これもう溶けるアル。酢昆布も溶けて真っ赤な水になるネ」
万事屋のソファー。神楽がだらしなく手足を投げ出し、定春を枕にしながら文句を垂れていた。
窓の外からは、脳を突き刺すような蝉時雨。冷房のない万事屋の空気は、湿り気を帯びて重く停滞している。
「溶けてなくなっちまえばいいんじゃねーの。お前のその生意気な口もさ」
銀時は扇風機の首振りを独占しながら、週刊少年ジャンプを顔に乗せて寝転がっていた。
「銀ちゃん、自分だけ涼しいのずるいヨ。そこどくネ」
「嫌だね。これは早いもん勝ちなんだよ。大人には大人の休息が必要なの」
神楽がむくりと起き上がり、銀時の上にのしかかるようにして扇風機の風を奪いにいく。
「どけアル、天然パーマ!」
「おわっ、重てぇ! お前、昨日どんだけ米食ったんだよ!」
揉み合いになり、銀時の顔に乗っていたジャンプが畳に落ちた。
至近距離で、神楽の青い瞳が銀時を射抜く。
神楽の肌から、少女特有の甘い匂いと、日差しの匂いが混じった熱気が伝わってきた。
銀時はふと、言葉を失った。
さっきまで鼻を垂らして「酢昆布アル」と騒いでいたはずの少女の顔が、西日に透けて、驚くほど整って見えたからだ。
「……神楽」
「何ヨ」
銀時がゆっくりと手を伸ばし、神楽の頬にかかった朱色の髪を耳にかける。
その指先がわずかに震えていることに、本人は気づいていない。
「……お前、いつの間にか背、伸びたな」
「当たり前アル。銀ちゃんみたいに縮む一方の老人とは違うネ」
神楽は憎まれ口を叩くが、銀時の手のひらが頬に触れた瞬間、ぴたりと動きを止めた。
いつもなら「気持ち悪いヨ」と蹴り飛ばすはずなのに、なぜか身体が動かない。
銀時の瞳に映る自分が、少しだけ大人びて見えた。
いつも自分勝手で、だらしなくて、死んだ魚の目をしている男。
けれど、その掌だけはいつだって、自分の居場所を証明するように温かい。
「銀ちゃん」
「んー?」
「……暑いけど、離さないなら、そのまま寝てやってもいいネ」
神楽はそう言うと、銀時の胸元に顔を埋めた。
心臓の音が、少しだけ早く、強く、神楽の耳に届く。
「……ったく、ガキは。汗くさくなるだろうが」
銀時は毒づきながらも、その細い肩を抱き寄せた。
首振りを続ける扇風機の音だけが、静かな部屋に響いている。
恋と呼ぶにはまだ幼く、家族と呼ぶにはあまりに熱い。
銀色の髪と朱色の髪が重なり合う、万事屋の夏の一日。
銀時の胸の鼓動が、神楽の耳にトクトクと伝わる。
それが単なる夏の暑さのせいなのか、それとも別の理由なのか。答えが出る前に、ドタドタと騒がしい足音が階段を駆け上がってきた。
「ただいま戻りましたー! いやぁ、外は地獄ですよ。お通ちゃんの限定CD、なんとか手に入れ……って、」
勢いよく扉を開けた新八が、リビングの光景を見て石化した。
ソファの上で、重なり合うようにして寝転がっている銀時と神楽。
銀時の手は神楽の肩に回され、神楽は銀時の胸に顔を埋めたまま、一瞬だけ目を見開いて新八を見上げている。
「…………え、何。僕、お邪魔でしたか? 帰った方がいいですか? むしろ死んだ方がいいですか?」
「あ、新八ィ」
銀時が、神楽の肩から弾かれたように手を離した。
神楽もバネ仕掛けの人形のように飛び起き、その勢いで銀時の顎に頭突きを食らわせる。
「ぶほっ!?」
「新八、遅いアル! 待ちくたびれて、銀ちゃんを肉布団にして寝てたネ!」
神楽は耳まで赤くなっているのを隠すように、わざとらしく大きく伸びをした。
銀時も痛む顎を押さえながら、汗を流して立ち上がる。
「そ、そうだよ! このクソガキが重てーからよ、俺ぁ金縛りにあってただけなんだよ。あー、顎外れた。労災だわ、これ」
「どの口が言うアルか! 銀ちゃんが自分から触ってきたネ、セクハラで訴えるヨ!」
「誰が触るか! お前みたいな酢昆布臭いジャガイモ!」
「……そうですか。二人とも、顔真っ赤ですけどね」
新八はジト目で二人を見つめ、ハァと深い溜息をついた。
さっきまでの、あの密やかで甘い熱気は、もうどこにもない。
いつもの、騒がしくて、どうしようもなく不器用な「万事屋」の空気が戻ってきただけだ。
「……ま、いっか。銀さん、神楽ちゃん、お土産にパフェと酢昆布買ってきましたよ。冷蔵庫入れときますからね」
「パフェ!? さすが新八、話がわかるじゃねーか!」
「酢昆布ネ! 早くよこすヨ、メガネ!」
二人は競うようにキッチンへ駆け出していく。
その後ろ姿を見送りながら、新八は「やれやれ」と首を振った。
結局、いつも通り。
けれど、銀時が神楽を追い越す瞬間に見せた、ほんの一瞬の照れ隠しのような苦笑いを、新八だけは見逃さなかった。