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限界社畜リーマン青×代行業桃パロ7話目(最終話)
「まろ、今日は最後だから返事してほしい」
最後の「告白代行」の日、ないこはそう言った。
…あぁ、そうか。今までは言われるまま告白を「受ける」だけで良かった。
だけど最終日ということは依頼人だって返事を待っているんだろう。
…答えなんて、分かりきっているとしても。
「…ごめんなさい」
逃げるように目を伏せて、それだけ何とか答えた。
定型文みたいなそれは口にするだけで精一杯だ。
見たこともない、誰だか分からない依頼人に向けての「答え」。
なのになぜか、目の前のないこに向けて言った言葉のような気になって胸が痛んだ。
別にないこが俺に告白をしたわけじゃないのに。
これで、一週間の代行もおしまい。
仕事にストイックなないこは、きっと晴れ晴れとした顔で帰るんだろう。
もしかしたら「また代行依頼あったら呼んでね」くらい言って帰るかもしれない。
そんなことを思いながら、受け取った花束を握る手に力がこもる。
ぐっと胸の痛みに耐えるように顔を上げると、目の前の男は予想していたようなすっきりとした表情なんてしていなかった。
眉を下げ、少しだけ困ったように…いや、無理して唇を持ち上げたようにして笑う。
「…1週間、『代行』に付き合ってくれてありがと」
ないこが口にしたのは、予想外なそんな言葉だけだった。
「またね」と、次を匂わせるような単語も出てこない。
その時、ようやく気づいた気がした。
ないこのこの表情は、鏡に映した自分のようだと。
「最後」と「別れ」を予感して泣きたくなっている自分も、今きっとこんな顔をしている。
そう思うと同時に自分がどこかで選択を間違えたんじゃないかなんて可能性が脳裏をよぎった。
だけどどうすることもできないまま、身を翻して去っていくないこの後ろ姿を見送るしかなかった。
翌日の月曜日は、当然仕事に身が入るわけもなかった。
おかげで業務は滞り気味。言い訳をする資格もあるわけなく、終業時間を過ぎ皆が帰っていったフロアでぽつんとPCに向き合った。
残業には種類がある。
自分の責任と関係なく業務過多で追い込まれるとき。そして誰かの不始末のせいで被害を被るとき。
その2つは致し方ない。
だけど今日のは明らかに自分のせいで、とても褒められた残業理由ではない。
自己嫌悪を覚えつつも、せめてそんな負の気分を払拭しようと一度席を立った。
給湯室の隅に、社員なら誰でも利用可能のコーヒーマシンがある。
それで濃いめのブラックコーヒーでも淹れようと思っていたけれど、あいにくそこには先客がいた。
まさにマシンを使用中らしい女性社員が1人。
俺の気配に気づいてこちらを振り返った。
それから驚いたようにびくりと肩を震わせる。
「おっ、お疲れさまです!」
「…おつかれさまです」
見たことのない子だったけれど、首から提げた社員証のプレートのラインが隣の部署の色だった。
もうこのフロアに人は残っていないと思っていたけれど、彼女も残業に追われているのだろうか。
順番待ちをしようと少し離れたところで立っていたけれど、彼女はコーヒーを淹れ終えるとくるりとこちらを振り返った。
手にしたトレイの上にカップは2つ。
そのままぐんぐんと早足でこちらに歩み寄ってくる。
「あ、あの…! これどうぞ!」
差し出されたコーヒーに、思わず目を丸くする。
ついでに淹れてくれたということだろうか。
そう思ったけれど、少し俯き加減の彼女は俺の思考の先を行くように言葉を継いだ。
「さっき残業されてるの見かけたので…ちょうど持って行こうと思っていて」
「え、俺に?」
「うれしい、ありがとう」と付け足してにこりと笑むと、彼女は何とも言えない不可思議な表情でまた俯き加減になった。
肩より少し下くらいまでの長さの髪は後ろで一つに束ねられていて派手さはなく、控えめな雰囲気の子だった。
眼鏡の奥の瞳が穏やかな印象だったけれど、それでもやっぱり見覚えはないし、残業しているからとコーヒーを差し入れてもらえるような覚えもない。
受け取ったカップからは白い湯気がたちのぼる。
よっぽど周りに気を遣える子なのかもな、と漠然と思ったけれど、それは的外れだったようだ。
「あの…お忙しいところ申し訳ないんですが、少しだけお話してもいいですか?」
「え? 俺と? ちょうど休憩しようと思っとったとこやから大丈夫やけど…」
驚きながらもそう答えると、少しもじもじするように床を見つめていた彼女はやがて顔を上げた。
トレイを持つ手にぐっと力がこもったのが分かる。
雑談でもしたいんかな、と思ったのが間違いだった。
薄いピンク色のグロスを乗せた唇が、その色にふさわしい名を紡いだ。
「…ないこさんに、告白代行を頼んだの私です」
急に切り込んでくるような導入に、俺は思わず目を見開いた。
カップを持つ手が小さく揺れたのが自分でも分かる。
「…え…?」
「1週間、気持ち悪がりもせずお付き合いくださってありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる彼女を見つめ返したはずなのに、焦点が合わない。
半ば茫然とした面持ちで視線を落とすと、申し訳なさそうな瞳がこちらを見上げてきた。
それから、彼女は説明してくれた。
隣の部署にいながら、俺が自分のことを認識すらしてないと分かっていたこと。
だからこそ告白する勇気なんてなかったこと。
それでも自分の想いがこのまま蒸発するようになくなっていくのだけは嫌で、せめて伝えたかったこと。
それら全てを加味した上で、「告白代行」なんてものを思いついたこと。
「こんな形しか取れなくても1週間想いを伝え続けたら、『変な告白してきたやついたな』って、記憶の片隅には残してもらえるかもしれない。最初はそれだけで良かったんです、本当に」
でも、と彼女は少しだけ語気を強めた。
「1週間…私の妙な依頼を馬鹿にすることなく嫌がることもなく、真剣にこなしてくださったないこさんを見ていて気が変わったんです。やっぱり私も、自分でちゃんと直接伝えたいな…って」
淹れたばかりで香り立つはずのコーヒーからは、何の匂いもしなかった。
それくらいきっと自分の神経は全て耳に集中してしまっていたんだと思う。
覚悟を決めたせいか、静かなのに弱々しさのない彼女の声が俺の耳朶を打つ。
「好きです。付き合ってください」
清々しい表情で、彼女はここ数日ないこが口にし続けたセリフを紡いだ。
昨日答えは返している。
返事なんて分かりきっているはずなのに、それでも晴れ晴れとした顔をしていた。
「…ごめんね」
昨日代理のないこに伝えた言葉と同じものを、ぽつりと呟く。
「…好きな子が、おるんよ」
継いだ言葉すら、彼女の予想の範疇だったようだ。
再び顔を上げてにこりと笑んだ目に、それでもうっすらと涙のようなものが浮かんでいる気がした。
「…私、その人知ってる気がします。いふさんに好きな人ができたの、最近じゃないですか?」
ないこが毎日写真で依頼人に業務報告をしていたと言っていたことが、記憶に蘇ってくる。
…あぁきっと、その時の俺の顔を見ていれば彼女には全部伝わってしまっていたんだろうな。
それでもこうして自分の気持ちを伝えようとしてくれたことには、嬉しいというよりもなんだか頭が上がらないような…そんな感覚を覚えた。
「…うん」
小さく頷いた俺は申し訳なさそうな表情でもしていたんだろうか。
彼女の方が「そんな顔しないでください」と苦笑い気味に続けた。
「ありがとうございました。これで前を向いて進めそうな気がします」
本当に、へんてこな依頼だった。
彼女自身も、それを受けた俺も…そして依頼されたないこもそう思っていたに違いない。
だけどそのおかげで、関係した誰もが一生きっと忘れない。
それこそが彼女の希望通りになるんだろう。
「…ところで、ないこの服装指定はなんやったん? 毎日依頼人の指定やって違うジャンルの服装で現れたけど」
「あー…あれは…」
一瞬言葉を飲んだ彼女は、その唇に苦笑を浮かべた。
「代行業者に告白代行依頼したら、出てきたのがあまりにも美形のお兄さんだったんで、つい…」
「告白には関係ないってこと?」
「イケメン見ると着せ替えしたくなりますよね…ついオタク魂が顔を出してしまって…」
「君オタクなん?」
思わず声を上げて笑ってしまうと、彼女もつられるようにして笑んだ。
もうその目尻には涙なんて浮かんでいない。
晴れやかな表情には、何故か俺の方が救われた気がしてしまった。
控えめで穏やかで、優しくて。告白代行なんてぶっ飛んだことを思いつく思考を持っていて、おもしろいところもあって。
もし出会いが違っていたら、彼女を好きになることもあったんだろうか。
ないこに出会ってしまった今、そんな想像も全ては意味を成さないけれど。
「ありがとうございました」
きっと俺が言うべきだった言葉を、彼女はもう一度紡いだ。
そして一度ぺこりと頭を下げて給湯室を後にする。
1人になったその部屋。ようやく思考が動き出すと共に、コーヒーの熱と香りを今更ながらに実感した気がした。
代行業務で出払った社員と退勤していった社員がフロアを後にし、最後に自分が1人ぽつんと残された。
月曜日の夜8時。
夜勤になることもある俺にとっては仕事をするにしても珍しい時間ではないけれど、今頃あの社畜はまた残業に追われているんだろうか。
そんなことを思いながらひとり笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。
かたかたとキーボードを打つ音だけが室内に響く。
デスク脇に置いたコーヒーはいつもはブラックを好むのに、今日選んだのは甘めのカフェオレだった。
これもここ数日内に学んだあの社畜の好みが無意識下に表れたのだと思うと、なんだか自分でもいたたまれない気持ちになってくる。
もう昨日全てが終わったっていうのに、いつまでたっても往生際が悪い。
そんな自分にため息が漏れた時、目の前のPCが通知音を鳴らした。
………通話?
アカウントを確認すると、例の「告白代行」の依頼人だった。
彼女とのやり取りは、昨日報告を終えて全て終わったはずだ。
なんだろうと首を捻りながらも、「はい」とその通話に応じた。
いきなり電話をかけたことを謝りながら、彼女が紡いだのはまろに告白して振られてきたという報告だった。
…随分律儀だな。
依頼を請け負った「代行業者」でしかない自分に、終わった後もわざわざ報告をくれるなんて。
「…そう」
慰めの言葉すら思い浮かばない。
かと言って彼女がまろに振られたことを喜ぶ気になんてもっとなれない。
相槌を打つ以外他なかった俺に、彼女は構わず続けた。
『好きな人がいるそうなんです』
続けられた言葉に、俺は思わず目を見開いた。
…そんな話俺は聞いたことがないし、まろに想い人がいそうな空気なんて感じたこともなかった。
そもそもそれが本当なら、1日目の告白代行の時にそう言って断ってくれれば良かったのに。
俺のその思考が読めたのか、彼女が再び口を開く。
『最近、好きになったそうですよ』
カメラをオンにした通話だから、彼女の表情はよく見える。
眼鏡の向こうの瞳が穏やかに…でも少しだけ切なそうに揺れた気がした。
『…ないこさん、今回の依頼の写真、もう1回よく見てください』
言われた言葉の意味が分からないまま、それでも言う通りにマウスを操作する。
かちりととあるフォルダをクリックすると、業務関連の写真がずらりと並ぶ。
そこにあるのは、彼女に送ったものだけではない。
初兎ちゃんはもっとたくさんの写真を撮ってくれている。
俺はその中から報告に使えそうなものをぱっと選んで送っていただけだ。
中身を全て吟味したことはなかった。
1日目。オフィスの表で跪いて花束を差し出す俺と、驚いた表情のまろ。
2日目。指定された裏口で真顔で花束を受け取るまろの姿。
3日目。いつも真顔か困惑したような苦笑いを浮かべていたまろが、初めて少しはにかむような笑顔を浮かべている。
4日目は、6時間以上待ち続けてずぶ濡れになったあの日か。写真は1枚もない。
5日目。報告に使った2人の写真の他に、フォルダに突っ込まれた写真で気になるものを見つけた。
俺が立ち去った後も、まろがその場に立ち尽くしている写真。
その表情はどこか切なそうにも見える。……なんでお前がそんな顔してるんだよ。
6日目。休日である土曜日の買い物を楽しんだ後、急に奪うようにして花束を持ち去るまろ。
俺に背を向けた後のその表情は、前日の切なさなんてものが比にもならないくらいの、痛みに耐えるような顔。
7日目の昨日、まろのマンションの玄関前。
画角的に少し離れていてはっきりとした表情を見てとることはできないけれど、それでもまろが泣きそうに眉を潜めているような雰囲気は伝わってくる。
「…ごめんなさい」と、答えをもらったときだろう。
きっとこの時、俺もこんな顔をしていたに違いない。
7日分の写真に目を通し終える間、彼女は黙ったまま待ってくれていた。
確認し終えた瞬間、「まさか」という思いがよぎる。まさか……まさか、まろも俺と同じ気持ちだった?
どうしようもなく惹かれてしまっているのに、この先を望んだって仕方ないと。
そんな風に諦めてしまうしかなかったように。
『…ないこさん』
俺の思考がそこに行きついたことが分かったのか、ずっと黙していた彼女が改めて呼びかけてきた。
ゆるりと顔を上げると、彼女はカメラ越しにまっすぐこちらに目線を向けていた。
『最後の代行、お願いしてもいいですか』
はっきりとした声は、静かなのに十分明るかった。
ごくりと息を飲んだ俺の喉の奥がつんと痛くなる。
『私は無理だったけど…』
一度言葉を切った彼女は、画面の向こうで微笑んでいた。
それは彼女が指定した花のように、柔らかで優しい笑み。
『私の代わりに、幸せになってもらえませんか』
この数日で泣きたくなったのは何度目だろう。
だけどそれを自分に許したら彼女に失礼な気がする。
「ごめんね」なんてもっと口にできない。
だから眉間に皺を寄せてぐっと堪えると、俺は「…ありがとう」とだけ小さく声を絞り出した。
『今日は、まだまだ残業になるみたいでしたよ』
誰が、とは彼女は言わなかった。
そんな彼女にもう一度礼を言って通話を切ると、俺は弾丸のように部屋を飛び出した。
デスクの上には何杯目かと呆れ返りそうなくらいの数のコーヒーカップ。
いつもは砂糖ミルク多めで甘めにカスタムするのに、今日はブラックばかりを飲み干した。
…ここ数日見てきたないこの影響かもしれない。
思わず首を竦めながら、空になったカップの束をぽいと専用ゴミ箱に投げ入れる。
なんとか仕事に目処をつけ、退勤準備をした。
その頃にはもう少しで日付が変わりそうになっていて、明日も当然仕事があるのだと思うとげんなりと肩を落としてしまっても無理はないだろう。
ビルを出ようとしたところで、ふと我に返った。
自分が今出ようとしているのは裏口だったからだ。
こんな時間は元より、普段から人の気配なんてない通用口。
先週1週間ここばかりを使っていたから、体がそれに慣れてしまっていたのかもしれない。
もうそこにないこが待っていることもないのに、当たり前のように足を向けている辺り自分は重症だ。
ICカードをかざして開いた自動ドア。
そこを抜けると、生ぬるい空気が肌を掠めていった。
それすらさして気にすることもなく帰路につこうとした時、視界の片隅をピンク色がよぎった気がした。
最初は見間違いかと思った。でもそれは幻覚でもなんでもない。
「な…いこ……?」
見開いた目は零れ落ちそうなほどだっただろう。
それでも何とかその両の目で捕らえたピンク。
夜の闇の中でも鮮やかで、一目でそれと分かる。見間違いようがない。
「まろ」
黒いジャケットの中に、ネイビーのシャツ。
首元にはシルバーの細いネックレスが煌めいている。
今までのどの服よりも似合っていると思ってしまったのは、今日のこの服は誰からの指定でもない、ないこ自身が選んでいるものだからなのかもしれない。
歩道と車道の間にあるボラードと呼ばれる車止め。ないこはそこに腰かけていた。
俺の姿を見つけると、立ち上がりゆっくりと長い脚でこちらに歩み寄ってくる。
その間、俺が微動だにできなかったのは、まだ目の前の光景が現実のものと解釈しきれていなかったせいだ。
立ち尽くしたままの俺の前まで、ないこがやって来た。
まっすぐにこちらを見上げたかと思うと、少し苦笑い気味に唇を歪めて次の瞬間には一度目を伏せる。
「最初はさ、健気な子だと思ってたよ」
何の話か分からないことを急にぽつりと呟きだした。
それでも口を挟んだり問い返したりする気にはなれず、黙したままないこの続く言葉を待つ。
そのこちらの姿勢が伝わったのか、ないこはもう一度困ったように笑って顔を上げた。
再びピンク色の瞳と視線が絡み合う。
「『告白を代行してほしい』なんて言われてさ、持っていくように指定されたのは『青い花束』。好きな相手の…まろからイメージされる色を持って行って告白してほしいなんて、健気な依頼人じゃん?」
言いながら、ないこは後ろ手に隠していたものを前に出してきた。
それはここ一週間もらい続けたものと同じくらい大きな花束だった。
思わず面食らって瞬きを繰り返す。
その目でないこの顔と花束を交互に見比べた。
今までもらった花と違うのは、それが今目の前のないこと同じピンク色だったことだ。
「俺だったら好きな相手には、告白する時はこっちの色を押し付けるよ」
そう言って、ないこはずいと俺の手元に花束を差し出してくる。
『好きな相手』『告白する時は』『押し付ける』……?
ないこの紡いだ言葉の羅列を理解するのに、脳がフル稼働を開始する。
だけどそれよりもないこが言葉を継ぐ方が早かった。
今度はさっきまでの苦笑いでもないし、昨日最後に見たどこか切なそうな顔でもない。
今はただ、何かを吹っ切ったように朗らかに笑いながら。
「ねぇまろ」
改めて呼びかけた後に、続けられる言葉。
「俺のこと好きだよね?」
『好きです、付き合ってください』なんて、ここ数日用意され繰り返された謙虚な言葉とは真逆とも言えるようなセリフ。
花束の持ち手をこちらに無理やり握らせながらの言葉は、なんて傍若無人で…それなのになんて甘いんだろう。
およそ「愛の告白」なんてものとはほど遠いように聞こえるそれは、それでもとてもないこらしいと思わされた。
自信に溢れ返った目で、さも当然のように君は口にする。
用意されたものでも代行依頼されたものでもなく、それがないこ自身の「言葉」だと思うと、目の奥がつんとした。
「…うん、好き」
持たされた花束をないこの後ろに回し、そのままぐいとその体を抱き寄せる。
頬を寄せた髪や首筋から、やっぱり今日も手にした花束のような心地よい香りがした。
そんな俺の背に、ないこが手を回し返す。
さっきまでの強気な言葉とは裏腹に、その手にはしがみつくかのように強く力が込められた。
それに気づいて、泣きたくなっていたはずが思わず吹き出すようにして笑ってしまう。
「…ないこも、相当俺のこと好きやんな」
普段の自分なら言わないようなそんな強気な言葉を返せるのも、きっとないこのせいだ。
俺の腕の中で少し笑って「…どう思う?」なんて問い返してくるくせに、また腕には更に力を込めて俺の肩口に顔を埋めてくる。
それがかわいくて仕方なくて、俺は後頭部に回した手でピンク色の髪をそっと優しく撫でた。
互い以外に人の気配のない夜道を照らすのは、煌々と輝く月明りのみ。
足元の地面に浮かぶ自分たちの影が、まるで溶け合うみたいに重なり合った。
ーENDー
コメント
19件
初コメ失礼します! 一気読みさせていただきました!! 青桃の両片思いのもどかしさとか依頼人さんの失恋したけど吹っ切れている感じとかとても好きです!! 青桃にも依頼人さんにも幸せでいて欲しい…
好きすぎる😻😻😻 依頼人さんがいい子すぎて尊敬の眼差し🥹 「好きだよね?」って聞いてるの可愛すぎた💗 今回の連載も天才でした⭐️ありがとうございました😭
最終話ありがとうございました🥹毎日毎日楽しみに投稿を待っていて今日で最終話 ... 長かったけど全登場人物が幸せに終われるENDで思わず泣いてしまいそうでした🥲 青桃さんも依頼人さんも幸せになって欲しい😻