フィノールの街の施療院に着くと、私たちは急いで病室に通された。
ルークの状態を見て、あまりにも危険だと判断されたからだ。
ルークはベッドに寝かされると、何人かの聖職者のような、医者のような……とりあえず『先生』と呼べば良いのだろうか。そんな人たちに次々と診られていった。
しばらくすると、一番偉そうな先生が私に話し掛けてきた。
「……これは酷い呪いですね。
ここまで酷いものは見たことがありません……」
「あの、完全に解けなくても……命だけでも助けてもらえれば……!
む、難しいでしょうか……?」
「……まずは、できるだけ軽くすることを目指しましょう。
それと、今ちょうど施療の老師が滞在されているんです。老師にも相談してみることにしますね」
そういえば、街門の兵士が『高名な僧侶様』がいるって言っていたっけ……。
「お願いします! 是非、お願いします!!」
「分かりました、私たちも全力を尽くします。
それで、そちらの方――」
「……え? わたしですか?」
不意に、先生はエミリアさんに声を掛けた。
エミリアさんはこの病室に通されてからもなお、ルークに魔法を唱え続けてくれていたのだ。
しかしその表情も陰り、今は気力だけで唱え続けているような状態だった。
「あなたも、随分とお疲れのようです。
何時間も魔法を使っていたのでしょう? これからは私たちに任せて、少し休んでください」
「で、でも――」
「いえ、ここは先生の言う通りにしないと。
ほら、もうふらふらじゃないですか……」
私が言った端から、エミリアさんは身体をふらつかせた。
精神力も魔力も、とうに限界だったろうに。
「……そういうあなたもですよ?」
先生は、私にそう言った。
「え? 私は魔法なんて使ってませんでしたけど――」
「いやいや、あなたの顔色もとても悪いです。
体力的に、相当辛いのではないですか?」
そんなことは無い――
……と思った瞬間、突然身体が重くなったように感じられた。ついでに、強い眠気が一気に襲ってきた。
そういえば昨晩、一睡もできていなかったんだっけ……。
「部屋を用意しますので、二人とも休んでください。
仲間が心配な気持ちも分かりますが、彼のことは私たちがしっかりと診ますので」
エミリアさんはともかく、私は――
そう思いながらエミリアさんを見ると、彼女もまた私を見ていた。
……おそらく、同じことを考えているのだろう。
ここは堂々巡りになるかもしれないし、それならお言葉に甘えて、二人で一緒に休ませてもらうことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――雑に暗い闇の中、赤色だけがやたらと鮮明に映える世界。
ああ、またか。また、あの夢か。
私は今、きっと眠っているのだろう。
夢の中で、それが夢だと分かる……明晰夢。
周りは静まり返り、色だけがやたらと鮮やかに見える。
色……とは言っても、そこには黒色と赤色しか無いのだけれど。
この夢は一体、何回見れば済むのだろうか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――うっ、うわああああぁあああっ!!!?」
私は目を覚ますと同時に、大きな声を上げてしまった。
「……おっと、すまんの」
目を開けた瞬間、突然視界に飛び込んできた老人の顔。
私は思わず、それに驚いてしまったのだ。
「……え?
えーっと……あれ?」
私はベッドから上半身を起こして、荒れた呼吸を整える。
外を見れば、今は朝のようだ。
――え? 朝?
「ほっほっほ。よく眠れたかの?
昨日の昼すぎから、ずっと眠っておったんじゃよ」
「え……そんなに……?
あ、それよりも! ルー……あ、いえ、私の仲間は!?」
「もう一人のお嬢ちゃんならまだ寝ておるよ。二人とも、ずいぶん疲れておったんじゃのう。
青年の方は、多少の呪いはまだ残っておるが、それなりに動けるようにはなったぞい」
「本当ですか!?
……ところで、あなたは?」
「儂はメインデルトという者じゃ。
偶然この街にいたんじゃが、お嬢ちゃんたちの担当をさせてもらっていたのよ」
「偶然?
……もしかして、あなたが『高名な僧侶様』っていう……?」
「ほっほっほ。まぁ、そうも呼ばれるわいな。
三人とも結構な状態だったのでな、全員まとめて診てやったというわけじゃ」
「そうだったんですか……。ありがとうございます……!」
確かに私たちはこのひと月、逃亡生活を続けて、かなりの疲労が溜まっていた。
ベッドで眠るなんて最初に寄った村以来だったし、今回は本当に身体を休められた気がする。
「それで、えぇっと……。
お嬢ちゃんの名前はメイベルちゃん……だったかの?」
メイベルというのは、テレーゼさんからもらった冒険者カードに刻まれていた名前だ。
ちなみにエミリアさんはナタリー、ルークはブレントという名前が割り当てられていた。
「はい、そうです。私の名前は――」
「……アイナちゃん、じゃろ? 指名手配中の」
「――っ!?」
私はメインデルトさんの言葉に驚き、思わずベッドから降りて身構えてしまった。
眠っている間にバレた……? 一体、何で……?
「……ああ、うん。驚かせて悪かったな。
だが安心しておくれ。儂はそれを、誰かに言うつもりは無い。ただ、念のために確認したかっただけなんじゃ」
「え……?
でも何で、私の名前を……?」
「仲間の青年が言っていたんじゃよ」
「え゛」
「呪いをある程度取り払ってな、それで彼は目を覚ましたんじゃが……。
開口一番、お嬢ちゃんたちの心配をしていてな。そこでぽろっと……な」
ああ……。
テレーゼさんの『荷物』から冒険者カードを見つけたときには、ルークはもう呪いで倒れていたもんね……。
目を覚ましたら街の中だった……なんて状態だったら、何がどうなっているのか混乱しただろうし……。
「……でも、何で私たちのことを黙っていてくれるんですか?
懸賞金も、たくさん懸かってますよ……?」
「ほっほっほ。困ってる人間を診るのが儂の仕事じゃからな。
儂は少しくらいなら心の色が見える。お嬢ちゃんたちは、悪人というわけでもなかろう?」
「心の色……? そ、それって凄いですね……」
「何の何の。
……それで、目覚めはどうじゃったかな?」
「え? そうですね、驚いちゃいました。すいません……」
「いやいや、そうじゃなくて。
あの青年から聞いたが、毎晩悪夢を見ていたんじゃろ?」
「そんなことまで……?
えっと、やっぱり夢は見ましたけど――……あれ?」
そういえば、確かに悪夢は見たものの……目覚めは案外普通だった。
突然のメインデルトさんの顔に大きな声を上げてしまったけど、それは悪夢とは関係が無いわけだし。
「最終的にはお嬢ちゃんの心次第なんじゃが、儂もできることはさせてもらったぞい。
根本的な解決にはなっておらんが、これからは多少、目覚めは良くなるはずじゃ」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。……まだまだきっと、辛いこともたくさんあるじゃろう。
儂にできるのはそれくらいだが、頑張るんじゃよ」
「は、はい……! ありがとうございます……!」
思い掛けない激励の言葉に、私はまたもや涙を流してしまった。
最近はちょっと、泣きすぎて目が痛いというか、何というか。
……もう少し強い人間でありたい。
私はこっそり、そんなことを思ってしまうのだった。
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