「あー、思いつかない…」
期限は週末だって言うのにパッとしたメロディーは頭に響かない。大事な時に限って働かないこと頭はどうにかならないだろうか。大きな液晶の前に座って適当なギターのコードを引いてみるが余計にむしゃくしゃしてしまうだけだった。声も出してはみるが昨日のレコーディングの事もあり掠れてしまう。
「…もうダメだぁ」
アコースティックギターを器具に立て掛けて身体を伸ばす。ちょっと昔の昼夜逆転していた頃よりは人間らしい生活が出来ているはずだが時計に視線を移せば午前3時半を指しており溜息を何度も吐くことしか出来なかった。
こんな時こそ息抜きだ、なんて部屋着で外に出てみればもう春だと言うのに風が冷たく身体が一気に冷やされる。
(ほんと、ついてないなぁ…)
こんな事なら彼に貰った上着でも1枚羽織ってこれば良かったと今更ながらに思う。コンビニもすぐ目の前で引き返す方が面倒だ。スマホをズボンのポケットに入れ、風邪をひかないといいななんて薄ら思いながら店内に足を踏み入れた。
「…で、風邪をひいたと」
「本当にすみませ…」
もうすぐライブあるんだからさぁと頬を膨らませながらも言う彼だがなんだかんだ言って看病というものをしてくれており微笑ましく感じる。彼が先程持ってきてくれた出来たてのお粥を見て、料理出来たんですねなんて口に出してしまいそうになったがどうせ彼が変に騒ぎ立てるだけだと察し口を塞いだ。
「はい、食べれる?」
「大丈夫です。ただの風邪なので…ありがとうございます」
「ほんとさぁ、気を付けてね…?」
申し訳なさを込めてそっと微笑んだが彼はそっぽ向いてしまい素直に「はい」と言うべきだったと思い知らされた。メンバーの中で1番扱いにくいのは彼なのかもしれない。風呂から上がって髪を乾かす前に僕の元へ来てくれたのかいつもはふわふわな髪がぺしゃんこになっている。また今度回らないお寿司屋さんにでも行って奢ってあげよう、と思ったが同時に制作が終わっていない事に気づきまだ二口程しか食べれていないお粥と彼を残して作業部屋へと向かった。
彼のおかげか息抜きをしたおかげか思った以上にメロディーが広がりざっとBメロまでは完璧に完成した。これから全部出来る過程でちょっとした手直しはあると思うがまあまあ良い出来栄えだ。この調子で行けば余裕をもって週末までに間に合わせられるだろう。背中をのばしイヤホン外しマイクにかけるとリビングからガシャガシャと音がしていることに気が付き頭に愛犬の姿が過ぎった。
「っみるくん!?」
勢いよく開けてしまったドアの先にはびっくりした、と言いたげに固まっている愛犬と、
「…ころちゃん?」
「ぁ、終わった?」
「…いや、Bメロまで完成したので。少し休もうかなって。」
お疲れ様と言いながら洗い物をしてくれている彼を見て自然と肩が下がる。
(まだ、居たんだ…)
嬉しいような、安心するような感覚で全身を覆われ風邪をひいているはずなのにだるさなどは一切感じなかった。洗い物が終わったのか水の音が止まりソファへと近ずいてくる音だけが頭に響いた。
「体調、どう?切り着いたならベットで寝な?」
正直な所、もう少し彼と居たい。最近リハーサルも時間が合わずディスコードで繋いでオンラインゲームをするばかりだった為会えていなかった。名残惜しいような気もするが彼が体調を気遣ってくれているのだから休まなくてはと少しだけ頷いた。
「…一緒に寝よっか」
「…ぇ?」
「久しぶりだなー、るぅとくんと一緒に寝るの」
頭が追いついていない僕を置いていき1人で事柄を進める彼に腕を取られ僕に拒否権を与える間もなく寝室へと連行された。
「わぁー、いーなぁダブル。僕もダブルに変えようかな…」
制作などもある為出来るため睡眠はいい物が良いと聞いたことがあったためダブルベッドの僕だが寝るのはいつも1人な為毎晩虚しくなるだけだったがこういう時にはいいのかもしれない。彼が奥の方に転がっているので僕は手前側に浅く座る。彼が僕のベットに堪能出来たら横になればいい、なんて思っていたが気づいた時には目の前に腕が回ってきており後ろに引き倒された。真後ろには彼の顔があり呼吸音が聞こえる、これが俗に言うバックハグというやつなのだろうか。
「細いね、もっと食べた方がいいよ」
「これ以上食べたら吐いちゃいますよ…」
ロマンチックの欠けらも無いがこれはこれで僕達らしくていいのかもしれない。「るぅとくん」なんて甘い声で呼ばれクルっと後ろに振り返れば唇が強引に重なり合い、おまけに口内にまで侵入してくる。甘ったるい母音が口から漏れ続ける中後頭部を抑えられ嫌でも離れられそうに無い。ペロッと唇を舐められ満足したのか彼が唇から離れると荒い呼吸を整える。
「…かぜ、うつっても…しりませんからね…」
「それでるぅとくんが治るなら尚更移って欲しいよ」
おやすみなさい、と互いに夢のかなに溺れる。永遠に彼の隣は僕でありますように…。
end
その後、彼に風邪が移ったのは言うまでもない…
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