「誤解があるようだ、我々に邪な企みなどは存在しない。ティドル殿、我々はただあの異端児に……」
「フェルに言伝てがあるならば私が承りましょう。彼女を引き取ったのは私達ですからね。それならば構わないでしょう?」
リーフ人老師マンガンはティドルの言葉を苦々しく思い、そして静かに身構えた。
「ティドル殿、そこを退いていただきたい。これはアードとリーフ、そして何よりこの楽園を守るために必要なことなのだ。ご理解頂きたい」
双方面識はあるようだが、険悪な雰囲気のみが場を支配している。
「お断りさせていただく、マンガン殿。娘を犠牲にせねば得られぬ楽園など私は望まぬし、何より女王陛下の御裁可は降ったのです。そちらこそ、これ以上この件に執着しては双方のためになりません。どうか退いていただきたい。今ならば、未遂として片付けることが出来ます。フリースト卿も上手く処理してくれましょう」
「……問答は無用のようだ。お前達は手を出すな。この咎も私が引き受ける」
「残念です、出来れば退いていただきたかったのですが」
マンガンは他の三人に指示を出して杖を構える。対するティドルも長い杖を取り出し、双方身構える。マンガンと共に居た三人は距離をとるように後退した。
「最後の警告だ、ティドル殿。魔法省に属する魔道師と言えど、貴殿はアード人。純粋なるマナの力ではリーフ人である私には及ばぬ。
つまり、この諍いは初めから結果が見えている。無意味であり、アードの同胞たる貴殿を傷付けるようなことは、出来れば避けたい」
「ならば答えは簡単ですよ、マンガン殿。今すぐにこの場を立ち去りなさい。娘に害を成そうとする者を通す道理はない!」
ティドルの返答を耳にしたマンガンは、静かにため息を吐いた。それはまるで相手を哀れむような瞳であった。
「そこまで言うならば是非もない。ご安心なされ、治癒魔法を得手とする者を連れているからな」
マンガンは両手を左右に広げ、その体内に蓄積されたマナを解放。アード人より遥かに多いマナは大気を震わせ、そして大地に行き渡る。
「大地よ……穿て!!!」
突如大地が隆起して地面から鋭い土の槍がティドルを貫かんと飛び出し、ティドルは翼を羽ばたかせて飛翔することでその攻撃を躱し。
「大気よ、我に力を授け彼を貫く刃となれ!ウインドランス!!」
強風と共に風の槍が形成されてマンガンを狙う。
「天に向けて槍を放てば自らを貫く。ウインドランス!!」
マンガンは敢えて同じ系統の魔法で対処。ティドルの槍を遥かに上回る規模の風の槍を放つ。双方は瞬く間に相殺され、それでも数に勝るマンガンの魔法がティドルを襲う。
ティドルは翼を羽ばたかせ、加速することでこれらの攻撃を遣り過ごす。僅かな時間ではあるが、双方の魔法による実力には明確な差があることが証明されてしまう。だが、ティドルに諦めると言う選択肢は最初から存在しない。
ティドルが杖を振るうと、上空に無数の輝きが現れる。それらは全て小さな氷の粒子であり。
「降り掛かれ!」
それから全て氷の矢となってマンガン目掛けて降り注ぐ。まさに矢の雨であるが、マンガンは微動だにせず自らに迫る氷の矢を見据えて。
「これぞ原初の力。焔よ、我に掛かる災いを退け」
巨大な炎の壁が出現し、氷の槍を瞬時に蒸発させ。
「然る後、浄化せよ」
そのまま炎の壁は無数の矢に姿を変えてティドルに襲いかかる。
「くっ!水よ!我を……!」
「無駄だ、ティドル殿。爆破」
直ぐ様ティドルは水の壁を出現させるが炎が予想より遥かに高温で瞬く間に気化してしまう。それでは済まず、矢の大半は至近距離で大爆発を引き起こし。
「ぐぅっ!!!?」
ティドルは咄嗟にシールドを張るがその衝撃を殺しきれる筈もなく、地面に叩き付けられた。
「ティドル殿、マナの差はそのまま魔法戦の趨勢を決める。貴殿の魔法は良く練り上げられていて見事と言う他無いが、これ以上は無意味だ。素直に……むっ!?」
驚くのも無理はない。爆炎の中から明らかに満身創痍となったティドルが飛び出して、翼を力一杯に羽ばたかせて急接近してきたのだ。
「まだ抗うか!ならば、多少の怪我は覚悟して貰うぞ!穿て!焼き払え!」
大地から無数の槍が飛び出し、更に炎の矢が降り注ぐ。これらはティドルの身体を更に傷付けるが彼の勢いは止まらぬ。
「引き裂けぇ!!!」
マンガンは止めとして風の刃を飛ばし、それはティドルの頬を切り裂くが。
「うぉおおおおおっっっっ!!」
ティドルは構わずに突進、マンガンが張ったシールドに杖を突き立てて、全力のマナを込める。一点集中の一撃はシールドを貫き。
「ぬぅ!?」
「私は魔法省の魔道師だが、アード人であることに変わりはない!あなた方ほど偏屈的でもないのだ!」
右手の平をマンガンの胸に押し付けた。ティドルの右腕には腕輪のような装具が装着されている。
「それはまさか!待て!ティドル殿!それをこんな形で使えば、貴殿の腕とてタダでは!」
「娘の命を救うためならば、腕一本くらいあなたにくれてやる!インパクト!!」
それは衝撃波発生装置。本来ならばロボットアームに取り付けられて土木工事や様々な実験に利用される器具であり、間違っても生身で使って良いものではない。
ティドルの言葉に反応した装置はその機能を充分に発揮させ、強烈な衝撃波を直接マンガンに叩き込む。
「ごぶぁっっ!???」
マンガンは口から夥しい量の血を吐き、ティドルもまた反動を受けた右腕が皮一枚で繋がるほどボロボロとなった。
そして同時に、彼方に多数のアード人がこちらへ向かって飛んでくる姿が見えた。
「ごふっ!!……見事だ、ティドル殿……!」
「はぁ!はぁ!マンガン殿!大人しくされよ!その身体では満足に動けまい!」
ポイントケストルは、その性質上外部から浮き島へ直接転移することは出来ない。ティドルは見事に時間を稼いだのである。
「確かに……だが、我が不始末に一族を巻き込むつもりもない!皆、覚悟を決めよ!」
マンガンは小瓶を取り出すと中に満たされた紫色の液体を飲み干した。
「それは!」
「さらばだ!……かっ……ぁ……!」
するとマンガンの身体が炎に包まれ、瞬時に灰となって消えてしまう。
「一族に栄光あれ!」
「楽園に繁栄を!」
更に同行していた三人のうち二人の男性も同じ液体を飲んでマンガンと同じ末路を辿る。
「っ!!」
「やめなさい!」
最後に残された若いリーフ人の女性も中身を飲もうとするが、衝撃から復活したティドルが残された力を使い風で瓶を吹き飛ばす。
「邪魔をしないで!」
「早まってはいけない!落ち着きなさい、フィオレ!なぜ同行していたのかは知らないが、君が死んでは!お姉さんが死んでは、フィーレが哀しむ!」
「っ!あっ!」
「手荒にはしないでください!」
妹の名を出されて硬直した瞬間、駆けつけたアード人達がフィオレを拘束。
「あなた!」
「ああ、君まで来たのか、ティアンナ」
駆け付けた妻であるティアンナに抱擁されながら、安心感と疲労で遠ざかる意識に活をいれて言葉を紡ぐ。
「……ティナ達には言わないで良い。あの娘達は知らなくて良いことだ。ちょっと眠るから……後始末を任せるよ……フィオレのことも……」
「分かった……わかったから、もう休みなさい。柄にもないことをして……惚れ直したわ、ティドル」
妻の優しい抱擁を受けながら、ティドルは意識を手放したのだった。