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すちからメッセージを受け取ったらんは、こさめの様子を見に行っていた。
教室の入り口から中を覗いたらんの目に飛び込んできたのは、こさめの肩に手を置き、妙に距離の近い新任教師の姿だった。
こさめは作り笑いを浮かべているものの、目が少し泳いでいる。
「こさめ」
低めの声で呼ぶと、こさめははっとしてこちらを向き、瞬間的に顔に明るさが宿った。
「らん兄!」
小走りに駆け寄って、迷わずその胸に飛び込む。
らんはしっかりと抱きとめ、こさめの髪を軽く撫でながら後ろに立つ教師に一瞬だけ視線を送る。
口元だけの笑みを浮かべているその表情は、礼儀を装いながらもどこか薄ら寒く、背筋に嫌なざわめきを残す。
「すみません、話があるので」
らんは短く言い、軽く会釈をしてそのまま踵を返す。教師はにこやかに見送っていたが、その視線がいつまでも背中に張り付いている気がした。
階段を下りきると、こさめはようやく安心したのか、胸に顔を押し付ける。
「……やばかった。あの先生、なんか近くて、断っても全然引いてくれなくてさ……」
声は震えていたが、らんにしがみつく腕は強い。
らんは深く息を吐き、こさめの背を優しく撫でた。
らんは制服のポケットを探ると、小さな袋を取り出した。中から出てきたのは、鮫の形をした少し大きめのキーホルダー。
こさめが首を傾げる。
「…キーホルダー?」
「そうだよ。でもこれはただの飾りじゃない」
らんはカチリと横に付いた小さなボタンを示した。
「いいか、これを思いっきり押せ。何かあったら、すぐだ。俺のと繋がってるから、居場所がわかる。声も聞ける」
こさめはきょとんと目を瞬かせ、しばらくしてから「あ、なるほど…?」と首を傾げる。
仕組みはあまり理解していないようだが、らんの真剣な眼差しに「わかった!」と元気に笑って答えた。
その笑顔にほんの少し安堵しつつ、らんはこさめの肩に手を置き、教室の前まで送り届ける。
「放課後、迎えに行く。だから安心して待ってろ」
「うん、ありがとう、らん兄!」
こさめは嬉しそうに手を振り、教室に戻っていった。
らんは扉が閉まるのを見届けると、振り返りながら小さく息を吐いた。胸の奥には、まだ消えない不穏な影がじわりと残っていた。
こさめを教室に戻したらんは、踊り場から階段をゆっくり降りながら、新任教師の様子を見つめた。教師は教室前で少し立ち止まり、生徒たちに笑顔を向けているが、その笑顔にはどこか不自然さがあった。
らんの目は鋭く光る。
「…やっぱり、何か企んでやがる」
背筋がぞくりとする感覚とともに、直感的に危険を感じる。
教師の動きを確認しつつ、らんはこっそり携帯を取り出す。校内の監視カメラや先生の行動を記録できるアプリを立ち上げ、教師の行動パターンを分析する。
「動きが読めれば、こさめを守れる」
ふと、教師が視線をこちらに向ける。らんはさっと踊り場の陰に隠れ、息を潜める。教師はそのまま違う方向へ歩き出したが、らんは目を離さない。
「こさめは…とにかく無事だ。次はこいつの出方次第だな」
らんは低く呟き、連動キーホルダーの重みを感じる。
らんは階段を降りきり、教室の前で一息つく。まだ油断はできない。だが、家族を守るため、行動を開始する覚悟はできていた。
放課後。昇降口で靴を履き替えながら、こさめは入り口の方をきょろきょろと見回していた。
「らん兄、来るかなぁ……」
心の中でそう呟いた瞬間、階段を降りてくる背の高い影が見える。
「おーい、こさめ」
低く落ち着いた声に、こさめの顔がぱっと明るくなる。
「らん兄っ!」
駆け寄ったこさめは勢いよく飛びつき、らんの胸に抱きついた。
「来てくれてありがとー!」
「約束したろ。迎えに来るって」
らんは軽く笑い、こさめの頭を撫でる。そのまま手を繋ぎ、クラスメイトたちの方へ視線を向けると、見送るように数人が手を振っていた。こさめも負けじと大きく手を振り返し、にこにこと笑う。
「また明日ー!」
元気な声が廊下に響く。
らんはそんなこさめの姿に自然と口元を緩める。
「帰るか」
「うん!」
二人は肩を並べ、夕焼け色に染まる道を歩き出した。こさめは楽しげに話しかけ、らんは時折相槌を打ちながらも、周囲に気を配る。昼間の新任教師の笑みが脳裏に焼き付いており、油断はできない。
それでも今は、隣にいるこさめの笑顔を守れることに、ほんの少し安心していた。
玄関を開けた瞬間、らんとこさめは思わず顔を見合わせた。
「……静かだな」
「うん。みんなどこ行ったんだろ?」
靴を脱ぎ、そっと廊下を歩く。普段ならにぎやかな声がどこかしらから聞こえてくるのに、今日は家全体がやけに静まり返っていた。
最初に二人が足を止めたのは、ひまなつの部屋。
らんがドアを少しだけ開け、こさめが背伸びして覗き込む。
そこには、ベッドの上で抱き合うように眠るひまなつといるまの姿があった。
ひまなつの腕がしっかりといるまを包み込み、いるまも安心しきったように胸元に顔を埋めている。
「……なんか、仲良しだね」
こさめが小声で呟くと、らんは「そだな」とだけ答え、静かにドアを閉めた。
次に向かったのは、すちの部屋。
同じようにドアを少し開けると、そこにはベッドの前で座ったまま眠るすちの姿があった。 みことはすちの膝を枕にして安らかな寝息を立てている。
すちは片手でみことの手を握り、もう片方の手を膝に置いたままベットに寄りかかり、疲れを滲ませた顔で眠り込んでいた。
「……すちも、みことのこと守ってたんだな」
らんが低く呟く。
こさめは胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、らんの服の裾をちょんと引っ張った。
「ねぇ、二人とも起こさない方がいいよね」
「ああ。……静かにしてやろう」
らんはそっとドアを閉め、こさめの肩に手を置いた。二人は足音を忍ばせながらリビングへ向かった。
二人はリビングに戻るとソファに腰を下ろした。
しばらく沈黙が続いた後、こさめがぽつりと口を開いた。
「ねぇ、らん兄……今日の新しい先生さ」
「ん?」
「……なんか、どっかで見たことある気がするんだよね。うーん……どこだったかなぁ」
こさめは膝を抱えて首を傾げる。記憶の奥を探ろうとするけれど、ぼんやりとした既視感が霞のように引っかかっているだけで、はっきりと思い出せない。
らんはそんなこさめを横目でちらりと見やり、何も言わずに立ち上がった。
冷蔵庫を開け、あり合わせの食材を取り出す。フライパンに油をひいて、手際よく切った野菜を放り込む音が台所に響いた。
「……らん兄、聞いてる?」
「聞いてるよ」
「でも、なんか真剣に料理してない?」
「お前が悩んでる顔見てっとな。晩飯くらい作っといた方が落ち着くだろ」
らんは背中越しにそう言い、フライパンを振る。じゅわっと立ち昇る香ばしい匂いが、リビングの空気を少しだけ柔らかくした。
こさめはその匂いに釣られるように、膝を抱えたまま小さく笑った。
「……やっぱ、らん兄ってすごいな」
「なんでだよ」
「だって、困ったときに黙って側にいてくれて、普通にご飯作ってくれるんだもん。安心する!」
らんは答えず、ただ肩をすくめて料理を続けた。