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「ねえ、ハンス、ビアンカ様の様子はどう?」
私は5歳の時からの幼馴染ハンス公子がいる。
彼の父親とアゼンタイン侯爵が知己の仲であるがために私たちを結婚させたいとまで両家は言い合っていた。
彼の姉であるビアンカ様は王太子殿下にご執心だった。
ビアンカ様はアゼンタイン侯爵家に引き取られてばかりで不安に満ち、周囲に攻撃的になってしまい悩んでいた私に寄り添ってくれた方だ。
優しくて穏やかで私は実の姉のように彼女を恐る恐る慕ったが、彼女は全力で私を受けてくれた。
私が婚約者指名をされた瞬間、彼女の私に対する目が一瞬にして敵意に変わった。
彼女だけではない、あの場にいた貴族令嬢は皆レイモンド王太子のおてつきで自分が婚約者に選ばれると思っていた。
だから、10歳で付き合いで婚約者選定のお茶会に出席した私が選ばれるなり驚くほど敵視した目つきに変わった。
「引きこもっているけど、エレノアが気にすることじゃない。王太子の被害者の1人に過ぎないことを認められないだけだから。エレノア、お前は大丈夫だよな」
ハンスのピンク色の髪が心なしか荒れている。
リード侯爵夫妻は当然、レイモンド王太子と娘ビアンカが婚約するものだと思っていた。
ハンスの黄金の瞳に映る私はそんなに不安な顔をしているだろうか。
いつも通りのように見えるが、彼は人の心の機微に敏感なのできっと私は不安なのだ。
「私はレイモンド王太子の被害者にはなっていないわよ。ただ、女を人を弄ぶような彼の行いは王族であるのにふさわしくないと思うだけ⋯⋯」
私が今怒りに満ちた顔をしていたのだろうか、ハンスは私の表情を見ていられなかったのか珍しく私の表情を隠すように私を抱き込んで来た。
今の私は自分を利用しようとする人間への嫌悪感と怒りが私を取り込まれて、ハンスの不器用な優しさによる温もりに抱かれても心が落ち着かない。
「エレノア、婚約を破棄してしまえよ。俺、別にお前のことは何とも思っていないけれど、結婚するならエレノアが気を遣わなくててよいと思っていた。王太子殿下と婚約破棄して非難されても守るからさ」
ハンスの胸に抱きこまれている中、必死で顔を上げて彼の表情を盗み見た。
彼は悪戯っ子のように笑いたが、少し苦しそうだった。
何とも思っていない相手にする表情ではない。
もう、何年も前から彼が私を思ってくれていることを知っていた。
彼の表情管理はまるでなっていない。
その程度の感情の隠し方で彼は自分の本心が私に漏れないとでも思っているのだろうか。
彼は私がどれだけ人の顔色を伺いながら過ごしてきた子か知っているようで知らないのだ。
ハンスがいくら私に対して興味がないと言っても、彼が私を好きで大切にしようとしていることがわかってしまう。
「私の良き理解者のハンス・リードの言うことに従いところだけれど、、身分社会で私の方から王太子との婚約を破棄することはできないわ」
私は自分自身に「王太子の婚約者」という新たな足かせがはめられたことを嘆いた。
ハンスもフィリップ王子と同じく明らかに貴族という生まれとは思えないくらい純粋な人だ。
だから彼がいくら私を思ってくれても、優しくして私を姉以上に気遣ってくれても心を許してはいけない。
心を許した瞬間、彼を求める私が安易に想像できるからだ。
彼を求め、彼に期待し、魅了の力で彼を壊す。
そんなところまで、まるで目の前で起こっていることかのように想像できて苦しくなった。
「レイモンド王太子がお見えになったので、お通ししたけれど、会えそうかしら?」
ハンスが私の様子を伺いに来て帰宅すると、レイモンド王太子が約束もないのにお見えになった。
アゼンタイン侯爵夫人は本当に人の気持ちに寄り添う素敵な女性だ。
8歳も年上の女性関係の激しい王太子の婚約者に指名された私を心配してくれている。
「お母様、ご心配なさらないでください。もちろんお会いしますわ」
私の実の母親は死んでしまい、カルマン公爵家で私の母親ということになっていた女は私を虐待した。
アゼンタイン侯爵夫人は、既に自分と血の繋がった子もできたのに未だ私に優しくしてくれる。
彼女を困らせることだけはしたくなかった。
「お会いしたかったです。エレノア」
レイモンド王太子殿下がバラの花束を渡してくる。
他の女性にも配っている花束なのだろう。
私を利用するために持って来た小道具のような花束に嫌悪感が湧く。
ハンスが何でもない日に私に照れながら渡して来た紫陽花の花束と比べてしまう。
「エレノア、お前紫陽花姫って呼ばれているらしいぞ。やったじゃないか!」
ハンスが私に花束を持って来たのは私を励ますためだった。
私は自分が侯爵家に紛れ込んだ孤児院の野良猫と呼ばれていることを知って傷ついていると思ったんだろう。
本当の私は孤児院の野良猫ではない、世界を旅する野良猫だ。
「お約束をするということをしないのですか? 王太子殿下。それに赤いバラは苦手なのです。私と結婚なさりたい割りに何も私のことをご存知ないのね」
バラが苦手なのではなく、赤い花が苦手だった。
カルマン公爵家は図鑑にも載ってないような謎の赤い花がいつも咲き誇っていた。
今でも、赤い花を見ると実の父親から虐待された日々を思い出して吐き気がした。
「これから知っていけばよいのではないですか? 私たちに時間はいくらでもあるのですから」
王太子殿下は小道具のバラを、近くのメイドに手渡すと手を振って人払いをした。
「人の御宅に伺って勝手に人払いをする方を初めてみました。王太子殿下は何から何まで規格外ですのね。もしかして、うちのメイドとも男女の関係にありますか?」
王太子殿下は貴族令嬢だけでなく、メイドにも手を出していることは有名な話だ。
男性にも貞淑さをもとめているサム国の貴族が拒否反応を示すのは当然だ。
「まさか、王太子である私を雑食動物扱いしないでください。エレノアの為に人払いをしたのですよ。エレノア、あなたは人を操る力を持っていますね。カルマン公爵家出身の女に帝国の皇帝が好きにされて来たのは、魅惑的な女に翻弄されたからではないということだ。特別な超能力のような力を持っていて、その力で操っていたということです。そうですよね、エレノア・カルマン公女」
レイモンド王太子の言葉に背筋が凍った。
魅了の力を使って、使われたことを認識できるのは相当彼の知能が高い証拠だ。
女性関係で目立って、政務には興味がなく彼を優秀な人間だと思っている人間はほとんどいない。
しかし、彼はおそらく天才と言われるレベルの脳を持っているが故に脳に何かされたことを認識できている。
「私の正体にそんなにこだわりたいのですか? 孤児院の野良猫、帝国の公女、サム国の侯爵令嬢のうちで一番利用できそうなのが帝国の公女だという判断なのかしら?」
帝国はアラン皇帝陛下に代わり、一気に世界侵略を進めている。
サム国が帝国から侵略されることを阻止するために私というカードを利用したいのだろうか。
だとしたら、彼にも王太子としての自覚があるということだ。
ただの女好きよりはずっとましだ。
「エレノア、勘違いしないでください。私はただあなたを愛してしまっただけで、利用しようなどと思っておりません。あなたの正体を暴きたかったのは、あなたに近づきたかったからですよ。そもそも、帝国など恐るに足らないでしょう。今の皇帝は絶世の美女の婚約者に翻弄され、良いように操られているだけの男です」
レイモンド王太子殿下が立ち上がり私を抱き寄せながら耳元で囁いてくる。
彼は知能は高いかもしれないが、やはり全く現状が見えていない。
アラン皇帝陛下は人に操られるレベルではない恐ろしい人だ。
「建国祭で帝国にお邪魔しただけで、帝国を知った気になっているのですか?絶世の美女エレナ・アーデンに翻弄される少年皇帝に見えまして? 全ての男があなたのように女のことで頭がいっぱいなわけではないのですよ」
私が6年お世話になったサム国に恩返しができるとしたら、レイモンド・サムを国王にしないことだろう。
彼が国王になってしまったら、サム国はおそらく暗黒期を迎える。
いくら優秀でも女の尻を追いかけるばかりで世界情勢がまるで理解できていない。
「エレナ・アーデンと似た女を私は知っているのですよ。老齢のアツ国の国王に嫁いだ私の姉上です。女性は愛すべき存在であると同時に本当に恐ろしいものです。エレノアあなたの恐ろしさも私は受け入れる覚悟でいますよ」
私は彼の言葉に怒りが込み上げて来た。
「お姉様がアツ国に嫁がれなければ、今、サム国とアツ国は戦争になっていましたよ。王族として国を守られたお身内に対して、とても無礼な方ですね。あなたとはお話しになりたくないわ。もう、お帰りください!」
自分の祖父になってもおかしくない年齢の方にどんな気持ちで彼女は嫁いだのだろう。
少なくともこの浅はかな王太子が侮辱して良い相手ではない。
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