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泣き疲れて、夕方になっていた。
カーテンの外の空は灰色で、
雨が窓を静かに叩いていた。
なつはぼんやりと机に肘をつきながら、
テーブルの上に置かれた薬瓶を見ていた。
「……夢だったのか」
呟く声は掠れていた。
けれど頭の奥では、
いるまの声がまだ鮮明に響いている。
『なつ、泣くなよ。俺、ここにいるだろ』
耳の奥で反響するその言葉に、
なつの胸がきゅっと痛んだ。
「……会いたい……また、……戻りたい」
指先が震えながら、薬瓶の蓋を開ける。
白い錠剤がころんと転がる。
その形すら、
いるまの笑顔に似て見えた。
「これ飲めば……また、会えるんだよな」
誰に言うでもなく、
自分に言い聞かせるように呟く。
喉が乾いて、水をコップに注ぐ。
手が震えて、少しこぼれた。
薬を一粒、手のひらに乗せる。
前よりも少し大きく感じた。
「……もう少しだけでいいから。
もう一度、だけでいい」
そう言って、
なつは水と一緒に飲み込んだ。
錠剤が喉を通る瞬間、
まるで体の中に冷たい光が
落ちていくようだった。意識が沈む。
世界の輪郭がぼやけて、
壁も天井も音も、全部が遠くなっていく。
そのとき、耳元でかすかに声がした。
『なつ、?』
次の瞬間、
なつは目を開けていた。
そこは――
あの部屋。
夜のまま止まった世界。
そして目の前には、
笑っているいるまがいた。
「どうした?そんな顔して」
なつの頬を、
温かい指先がそっと撫でて
いつものように笑っていた。
「おはよ、何寝ぼけてんだよ」
「……いるま、…、?」
「俺以外に誰がいるんだよ」
いるまは笑って、
またなつの頭をぽんぽんと撫でた。
なつは堪えきれずに胸に顔を埋める。
「……もう」
「ん?どうした?」
「お願いだから、もう……消えないで……
ずっと俺ここにいるから」
震える声で縋りつくなつの腕を、
いるまはやわらかく抱き返した。
「大丈夫。俺もなつから離れんよ」
「うん……」
そのまま、なつは子どものように
抱きついて離れなかった。
服をぎゅっと掴んで、
耳をいるまの胸に押し当てる。
心臓の音が聞こえる。
――トクン、トクン、と、
確かに生きている音。
「ねぇ、いるま」
「ん?」
「ここが現実でもいいや。ずっと、
こうしてたい」
「……現実とか夢とか、関係なくね?」
「え?」
「お前が俺を感じてるなら、
それで十分だよ」
その言葉に、
なつの喉が詰まった。
声が出なくなって、
ただ“うん”と頷くことしかできなかった。
いるまの手が、なつの髪を撫で続ける。
その指先の動きがあまりにも優しくて、
なつの時間が止まってしまえばいいと
さえ思った。
「ご飯食おうぜ 腹減った」
「……うん」
笑いながらキッチンへ向かういるまの
背中を見つめながら。
「なつ、昨日らんに会っただろ?」
ご飯を食べながら、
いるまがふと口にした言葉に、
なつの手が止まる。
「……らんに? なんでそれ知ってるの?」
「いや、ほら、こないださ。らんの家で
ゲームしたって言ってたろ」
「……それ、言ってない」
「え?」
「らんと会ったの、いるまが──その
……いなくなった、あとなんだから」
いるまは、少しだけ首を傾げて笑った。
「そっか……聞いた気がしたんだけどな。
ごめんな」
軽く笑って流すけど、
なつの胸には冷たいものが流れ込む。
夢だからかもしれない。
でも、“あの日以降”の出来事を
知っているのはおかしい。
「……ねぇ、いるま」
「ん?」
「これ、夢だよね」
「………………」
いるまが黙り込んで不思議そうに笑って、
なつの手をとる。
その手はあたたかい。
脈だって感じる。
「俺はお前の隣にいる それで十分だろ」
「……そうだよね、」
「なつが俺を忘れない限り、な」
その言葉に、なつは息を飲んだ。
“忘れない限り”――まるで、
何か条件みたいに。
「なぁ、いるま。俺がもし忘れたら、
どうなるの?」
「……どうなるんだろうな」
いるまは笑って、
その瞳の奥が一瞬だけ、暗く沈んだ。
なつの心臓がひゅっと鳴った。
“知らないはずの記憶”を語る彼と、
“夢なのに触れられる”彼。
どこまでが夢で、
どこからが現実なんだろう。
そして、なつはまた――
起きること、眠ることが怖くて、
同時に恋しくなった。
ーーー
なつが寝てから3日が経ち流石に
心配になり らんが寝ているなつを起こす。
申し訳なさより心配がかち揺らしてみると
「ん、…、あれ?
さっきまでご飯食べて…っ」
寝ぼけながらなつは起き上がると
らんがなつに抱きつく
「心配させんなっ」
「え? …ちょっ 離れて」「…ごめん」
なつが周りを見渡すとみんなはいなくて
いるまはいない
「なんでみんないるの? いるまは?
俺さっきまで」
「……、なつ 悲しいだろうけど全部夢だ
お前3日も寝てたんだぞ」
「は?3日?」
(いや…え?少し話してご飯食べてだけで
ここでは、3日も経ってんのかよ)
「お前睡眠薬一気に何錠か飲んだだろ」
「あー…?そうだっけ」
「1日1錠だから…、」
「ごめん…今度から気おつける」
「……ほんとに、3日も?」
なつは自分の手を見つめながら、
LANたちの顔をゆっくり見渡した。
部屋は少し散らかっていて、
テーブルの上には薬のシートが
半分空になっていた。
「お前が倒れたって、こさめが見つけて……救急車呼んだんだぞ」
LANの声は震えていた。
「心臓止まりかけてたって」
みことが小さく付け加える。
「……あは、そっか。
俺、そんなことに……」
笑おうとして、声が掠れた。
すちが黙って毛布を肩にかける。
「ちゃんと飯、食って寝よ。
もう、変な薬の飲み方しないで」
「うん……」
言葉では答えながら、
なつの目は虚空を見ていた。
――3日。
ほんの数時間、
いるまと一緒に過ごしただけだったのに。
夢の中の温もりが、
まだ指先に残っている気がする。
あの“脈”の音も、
頭を撫でてくれた手の重みも、
全部本物みたいだった。
LANが心配そうに覗き込む。
「なつ、
また変なこと考えてないだろうな」
「考えてないから……」
なつは小さく笑って、
LANの手をそっと外す。
「大丈夫。俺、もうしない」
(また、あの夢に戻れればいいだけ)
声にならない心の声を飲み込んで、
なつは目を伏せた。
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夜。
窓の外は冷たい雨が降っていた。
LANたちは帰り、
部屋の中にはなつだけ。
テーブルの上には飲みかけの水と、
薬のシート。
眠るのが怖い。
でも、眠らなければ――
“あの人”に会えない。
なつは小さく息を吐き、
震える手で錠剤を口に運んだ。
「……いるま、」
まぶたが重くなる。
世界がゆっくりと沈んでいく。
そして――
「なつ。」
その声で、なつは目を開けた。
目の前にはいるま。
あの、優しい笑顔のまま。
「また来たのか。
俺のこと、そんなに好き?」
「うん……好き。もう、ここでいいよ」
なつが泣きながら抱きつくと、
いるまはその背をゆっくり撫でた。
「泣くな。俺、ここにいるだろ」
「でも、また消えるかもしれない
じゃん……」
「消えないから
お前がここにいる限りな」
その声が、前より低く響いた。
甘さの奥に、
何か強いものが混じっている。
「だから――もう、他の奴らのことなんか
考えるな」
「……え」
「LANとか、すちとか。
現実なんてもういらねぇだろ」
なつの呼吸が止まる。
胸に押しつけたいるまの心音が、
どくどくと強く響く。
「俺だけ見てればいい。
なつが眠ってる間は、
誰にも邪魔させない」
その声に、なつの瞳から涙がこぼれた。
怖いのに、嬉しい。
逃げたいのに、温かい。
「……いるま、好き。ほんとに、好き」
「俺も。だから、もう目覚めるな。
ここにいろよ――ずっと、な?」
なつの視界が滲んで、
そのまま夢の世界が白く光に包まれた。
いるまは微笑みながら、
なつの頬を指先でなぞった。
その指があたたかくて、
なつは安心したように目を閉じる。
「現実は、冷たいだろ?」
「……うん」
「目ぇ覚ましても、 みんな優しいフリ
してるだけで、 お前の痛みなんか
誰もわかっちゃくれない」
「……うん、そうだね」
「でも俺は違う」
いるまの声が、低く深く胸に
染み込んでくる。
「なつの泣き声も、心の中の音も、
ぜんぶわかる。
俺はお前のこと、誰よりも見てるから」
「……ほんとに?」
「ん、。だからもう、無理して
起きなくていい」「………、ッ」
「この世界なら、誰もお前を責めない。
俺はお前のこと、ずっと抱いていられる」
なつのまつげが震える。
涙が頬を伝うと、
いるまはそれを親指で拭った。
「なぁ、なつ。
俺の声、聞いてるだけで楽になるだろ?」
「……うん」
「俺に抱かれてると、
苦しくなくなるだろ?」「……うん」
「それが“現実”だ。こっちが本当なんだよ」
そう囁きながら、
いるまはなつの髪に唇を寄せる。
「眠っていいよ。眠ってる間は、
俺が全部守る。
起きたくなっても、無理するな。
お前が願えば、またここに戻れるから」
「……いるま、」
「なに?」
「もう……帰りたくない」「知ってる」
その答えに、
いるまの笑顔が少しだけ歪んだ。
でもなつは気づかない。
ただ、夢のぬくもりの中で、
「大丈夫」「ここが俺たちの家だよ」
という甘い声だけを信じて、
深く、深く沈んでいった。
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コメント
1件
まっじでほんっとにド癖です。。。。。。。