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朝。カーテンの隙間から光が差し込む。
なつはベッドの上で目を開けた。
目覚めたはずなのに、
体が重くて動かない。
全身が鉛みたいに沈んでる。
(また、あッ 現実か……)
目をこすっても、
いるまの声は聞こえない。
あの温もりもない。
空気が乾いていて、
息を吸っても、冷たい。
机の上にはLANが置いていったメモ。
《ご飯食べたら薬飲め また夕方来る》
(……らん、、優しいよな)
でも、心は何も動かない。
“優しさ”って、こんなに寒かったっけ。
ふと、
テーブルの上の水面に映った自分の顔を
見た。
頬がこけて、目の下には深いクマ。
だけど、
夢の中でいるまに抱かれてた時の
笑顔よりも、何倍も“生きてない”
顔だった。
「……戻りたい」
ぽつりと声が漏れる。
「いるまのところに、戻りたい」
その瞬間、頭の中に
“あの声”が微かに響いた。
『戻っておいで、なつ。 また、
俺の腕の中で寝よ?』
まるで脳の奥を撫でるような声。
現実が一気に遠のいていく。
鼓動が速くなる。
体が勝手にベッドへ沈み込む。
「……いるま……いるま……」
LANがノックする音が聞こえても、
もう反応できなかった。
現実が“夢の邪魔”をしてくるように
思えた。
『なあま、なつ。外は寒いだろ?
俺のところは、あったかいよ。』
「……行く」
唇が勝手に動いた。
まぶたが落ちる。
暗闇の向こうに、光がひとつ、見えた。
そして――
またいるまが待っていた。
いるまの差し伸べる手を掴もうと思ったら
「ピンポーン。」
玄関のチャイムが鳴った。
なつはゆっくりと起き上がる。
夢から戻ったばかりで、
頭の奥がまだぼんやりしている。
(いるまとの時間邪魔しやがって
誰だよッ)
ドアを開けると、
そこにはこさめが立っていた。
「やっほ、らんくんに聞いた。
具合どう?」
「……うん、平気。もう大丈夫」
なつは笑おうとするけど、
声がかすれていた。
「嘘つけき。顔、真っ白じゃん」
こさめは靴を脱いで、
勝手に部屋に上がる。
テーブルの上の水のコップを見て、
眉をしかめた。
「また寝てた?」
「……うん。ちょっと、ね」
こさめはため息をつく。
「最近ずっと寝てばっかじゃない?
前よりはいいけどご飯ちゃんと食べてね」
「……」
「らんくんがマジで心配してたよ。
“起きない日がある”って」
「そんな大げさな……」
なつは笑ってみせたけど、
目の奥はどこか焦点が合っていない。
「なんかさ、起きてても“ここ”に
……、いない 感じする」
「……」
「なつくん?」
少し沈黙があって、
なつがぽつりと呟いた。
「…夢のほうが、生きてる感じするんだよ」
こさめが目を見開いた。
「なに、それ」
「こっちは灰色で、寒くて、
みんな優しいのに何もあったかくない。
でも向こうは、ちゃんと温かいんだよな。
息してる音も聞こえる。
ちゃんと触れるんだよ」
その言葉の“触れる”の部分で、
こさめの背筋がぞくりとした。
「……“向こう”って、どこ?」
なつは答えない。
ただ、ぼそっと笑って言った。
「今度こさめも連れてってあげようか?」
一瞬、
部屋の空気が凍った。
こさめは、
“それ”を冗談として笑えなかった。
「向こうの世界で、誰に会ってるの?」
こさめの問いかけに、
なつは少し俯いて、
迷うように唇を震わせた。
「……いるま、」
「え?」
「……あっちでは、いるましかいなくて。
怖くなった時は、いつもみたいに
助けてくれるんだよ」
その言葉に、
こさめの喉がひくりと動いた。
「どんなふうに、助けてくれるの?」
なつは目を伏せたまま、
まるで夢の続きを語るように微笑んだ。
「抱きしめてくれてさ、 “お前はずっと
ここにいればなんも怖くない”って。
“他のやつら邪魔だね”って、
そう言ってくれるんだよ…」
……。
その瞬間、
こさめの手が震えた。
「……それって、そんなの……
いるまくんじゃないよ」
「……は?」
「いるまくんは、
俺たちのこと“邪魔”なんて言わない。
なつくん、それ……いるまくんじゃない。
誰か、違う“何か”だよ」
なつの表情が一瞬にして歪む。
瞳が濁って、
怒りとも悲しみともつかない熱が滲む。
「うるせぇよ……」
こさめが息をのむ。
なつの拳が膝を握りしめ、震えている。
「いるまは、いるまだよ
俺のことわかってくれるのは、
あいつだけなんだよ
お前が何言おうが関係ねぇ…」
「なつくん……」
「黙れッ…」
こさめは何も言えずに立ち尽くす。
なつの目には涙が浮かんでいたけど、
その奥には
“狂おしいまでの確信”が あった。
「……もう帰れよ」
「なつくん、俺は――」
「帰れつってんだろ」
こさめの唇が震える。
けれど何も言えず、
小さく頷いて部屋を出た。
扉が閉まる音が響くと同時に、
なつは崩れ落ちるように床に座り込む。
「……いるま、俺……間違ってないよな……」
どこからともなく、
柔らかな声が返ってくる。
『そうだよ、なつ。
お前は間違ってない。
俺だけ信じてればいい。』
「……うん……」
『ほら、こいよ今度は、
”ずっと一緒”だ』
なつは震える手で錠剤を掴み、
喉へ押し込んだ。
真っ白な光の中で、
なつはゆっくりと目を開けた。
目の前にいたのは、笑顔のいるま。
窓の外では、春の風が柔らかく木の葉を
揺らしている。
まるで何もかもが“生きていた頃”と
同じだった。
「……いるま……」
なつが小さく呟くと、
いるまは優しく笑って、
ベッドの端に腰を下ろした。
「おはよう、なつ。」
その声を聞いただけで、
胸の奥がじんと熱くなる。
「……夢、じゃない?」
「夢だと思いたいなら、そう思え
ここが“本当”のほうかもしれないけど」
「……え?」
いるまは微笑みながら、
なつの髪を撫でた。
その指先が、確かに“温かい”。
「こっちは誰も傷つけないし、
悲しくならない。俺たちだけで、
ずっといられる」
「……ほんとに……?」
「ほんと。だってなつ、
俺といる時が 一番幸せだろ?」
「……うん……」
涙が零れそうになりながらも、
なつは頷く。
「現実のやつらは、なつをわかってない。
あいつらは“かわいそうなやつ”としてしか
見てない。でも俺は違う。
俺だけが、なつをちゃんと見てる」
「ッ……」
「もう無理して戻らなくていいよ。
ここで俺と、生きていこう。
なつが笑ってくれるなら、
それでいいから」
その言葉に、なつの心は完全にとけた。
現実の痛みも、喪失も、
全部どうでもよくなっていく。
なつは震える手で、
いるまの胸に顔を埋めた。
「……もう帰りたくない……」
「うん、いい子。ほら、泣くなよ」
いるまは微笑み、
その瞳の奥にほんの一瞬、
黒い影を浮かべた。
「なつは俺のものだから。」
なつは気づかない。
その言葉が“優しさの仮面”を被った
鎖だということに。
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