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「白川先生は自分が何とかするって言ってくれて。呉田先生に何か言われたり、電話がかかってきたらすぐ知らせてって、番号まで教えてくれたんです」
「……夕べも?」
頷くケイ。
昨夜、慌てた様子で自分の前から去った行人の後ろ姿を思い出す。
──生徒サンのためなら仕方ないよね。仕事だからね!
星歌は己に虚勢を張った。
だがそんな思いも刹那、紅茶に溶ける角砂糖のように崩れてしまった。
「何も心配しなくていいよって、白川先生は言ってくれたんです」
カップに唇をつけるケイの頬が僅かに赤く染まっている。
アールグレイの湯気のせい?
いや、違う。
安心したように細められた瞳の奥には、輝く星が見えるようだ。
補習があるからと席を立つケイを、機械的な動きで校門まで送ろうと席をたつ。
呉田が待ち構えていたらいけないと心配したのは、まぎれもなく星歌の本心だ。
「……補習って、行人の世界史かな?」
「いえ? 算数です」
ケイの返事にホッとした自分が、急に嫌な女に感じられてしまった。
ちょうど登校してきたようで、校門前にいた友だちと合流したケイ。
彼女がひとりでないことに安堵しつつも、見送る笑顔が引き攣っているのが分かる。
トボトボという足取りで店の扉を開けると、レジの横に立った翔太が腹を抱えて笑っていた。
「あの子、算数って言ったよな。高校生にもなって算数ってどんだけ……」
「そ、そんなふうに笑うのはやめなよ! そりゃ、私もちょっと……えっ、数学じゃなくて算数なんだって思っ……プッ」
ホラ、と言わんばかりのドヤ顔で睨む翔太。
ニヤける口元を慌てて隠して、星歌はブンブンと首を横に振る。
「わ、私も人のことは言えないけど。けど、算数はナイ……さすがにナイよ」
ふたりは顔を見合わせると、声をあげて笑った。
ふと見下ろすと、翔太の笑いは優しい微笑に変わっている。
「良かった、良かった。星歌が笑ってくれて」
パンをこねる大きな手がのびて、彼女の頭をポンポンたたく。
つむじの黒と、背伸びしてプルプル震えるふくらはぎ。
「僕がいるからね。しんどくなったら頼っていいからな。これでも年上なんだし」
「こ、こんなに小っちゃいのに……年上なの?」
「小っちゃいは余計だよ!」
苦笑と微笑が混ざったような、翔太の笑顔。
心地良いリズムで髪を撫でるそのあたたかな手の平。
一生懸命に赤子をあやすような手だと、彼女には感じられた。
「……ありがとね」
こらえていた感情が、一粒の涙となって宙に軌跡を描いた。