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鷹槻れん

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#極道
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月詠 涼
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京介に連れられて出向いた先は、『長谷川建設』という看板が出た平屋建ての小さな事務所だった。
建設会社というだけあって、既存のプレハブとかではなく〝ちゃんと建てられた建物〟という感じの佇まいは、外観からしてそこはかとなく可愛い。ぱっと見レンガ造りっぽいけれど、実際はそう見える外壁パネルを使用しているらしい。
引き戸を開けて中に入るなり、いくつも並べられた机が見えて、入り口から真正面にあたるデスクに人影がひとつあった。
「おう、長谷川、仕事中に悪ぃな」
引き戸を開けて京介が手を挙げるなり、眼鏡を掛けた作業着姿の男性が立ち上がってこちらへやって来た。
「まぁ私もお前にはいつも世話になってるからな。お互い様だ」
レンズ越しでも分かる色素の薄い瞳と、ふわふわとした印象の薄い髪色。穏やかな立ち居振る舞い。
(わー、長谷川社長だっ)
京介と違って、十八歳の時に施設を出てからは会っていない人だったから、およそ五年ぶりか。
太ったとか老けたとか……そういうわけではないのだけれど、どことなく五年前よりちょっぴり年を重ねて燻し銀の風格を兼ね備えたように見えるのは仕方ないだろう。
京介の肩越しに彼を観察していたらバッチリ目が合って、芽生は慌ててぺこりと頭を下げた。それと同時、長谷川社長が瞳を見開いて息を呑んだのが分かった。
「ちょ、ちょっと待て、相良……。お前のそばにいる女性、ひょっとして……『陽だまり』にいた子かっ!?」
というより、五年の歳月はお互いの上へ平等に降り注いだのだと、長谷川社長が自分のことを〝女の子〟ではなく〝女性〟と称してくれたことで実感させられた芽生である。
「ああ。神田芽生。――覚えてるか?」
「覚えてるも何も……一人だけ相良に懐いてた奇特な子じゃないか。確かお前もいつも彼女のためにチューリップを用意してたよな」
ククッと笑って「久しぶりだね」と眼鏡の奥の目を細められた芽生は、何となく気恥ずかしくなって京介の腕をギュッと握ってちょっとだけ彼の陰に隠れた。
「こら、子ヤギ。社会人だろ。ちゃんと挨拶しねぇか」
途端京介に叱られて、グイッと前に突き出されてしまう。
「や、ヤダッ、恥ずかしいっ! 京ちゃんの鬼っ! 悪魔っ!」
そんな京介に懸命に抗議の声を上げる芽生を見て、長谷川社長が更に笑う。
「まさか彼女もシャイなのか?」
別に芽生は恥ずかしがり屋というわけではない。だって仕事ではファミリーレストランで不特定多数の人間を相手にニコニコと接客するホールスタッフなんてやれている。ただ、そう。強いて言うならば、自分の幼い頃を知る相手に突然対面させられたという事実が、何だか気恥ずかしかっただけなのだ。
(ところで長谷川社長。私を誰と比べてるの?)
〝彼女も〟という言葉には当然比較対象があるはずだが、芽生はその相手に思いあたる節がない。
キョトンとして京介を見上げたら、「そういや、姫はいねぇのか?」と辺りを見回した。
「姫?」
(京ちゃんに〝お姫様〟呼ばわりされるだなんて、羨まし過ぎる! とか、断じて思っていないんだからね!?)
そう自分に言い聞かせながらつぶやいた芽生に、長谷川社長が「静月ならちょっとそこまで茶を買いに行ってもらってんだ」と、物凄く優しい顔で芽生たちの背後の引き戸を見遣る。
(あれ? ひょっとして〝静月さん〟は長谷川社長のいい人?)
その雰囲気にそんなことを考えて、芽生は思わず口元を綻ばせた。もしそうだとしたら、京介がいくらその人を〝姫〟と称しても、ちっとも心がざわつかない。
「あの……静月さんって、長谷川社長の……」
「ああ、自慢の伴侶だよ?」
それを確認したくて問いかけようとしたら、やや食い気味に長谷川社長から配偶者宣言をされてしまう。
「キャー、素敵です! 私もいつか好きな人からそんな風にスパッと連れ合いだって断言されたいです!」
京介をチラチラ見つめながら言ったら、長谷川社長が「もしかして神田さんは相良のこと……」と言いかけてから、ハッとしたように口をつぐんだ。
「バカなことを言うなよ、長谷川。見ての通り、こいつぁー俺の娘みてぇなもんだ。子ヤギだって俺のことは保護者としか思ってねぇわ。――な?」
有無を言わせぬ京介の物言いに、芽生はグッと言葉に詰まった。
いつもそうだ。
芽生が他者に対して京介への好意をあからさまにしようとすると、こんな風に予防線を張られてしまう。それが芽生には悲しくてたまらないのだけれど、そのことを深く追究すれば、今のような関係も壊されてしまう気がして……芽生は一線引かれる度に気持ちを飲み込んで誤魔化す癖が付いてしまった。
でも、さすがに『そうだね』と京介の言葉を肯定することは出来なくて曖昧に微笑んだら、長谷川社長が何か言いたげに芽生と京介を見詰めてくる。
その視線にわざと気付かないふりをして目線を落としたと同時、背後の扉が静かに開いて、「あの、将継さん。お茶……よく分からなくて……」と、芽生より二〇センチ以上は背が高いと思える男性が姿を現した。
黒髪に、泣いているわけではないのに何となくうるうると潤んで見える黒瞳。
一目見るなり余りの美青年ぶりに、芽生は現状も忘れてつい彼の美貌に見惚れてしまった。
「お帰り、静月」
「おう、静月ちゃん、お帰りぃー」
すぐさま長谷川社長と京介からそんな声が聞えてきて、芽生は「えっ!?」と思わず声を上げていた。
だって……凄く綺麗だけど、どう見ても〝静月さん〟は男性にしか見えなかったからだ。
「あ、あのっ、静月さんって……男の……ひと?」
長谷川社長から伴侶と聞いていたからてっきり女性だと思っていたし、何より京介も彼のことを姫と呼んでいた。
「あ? なに当たり前のこと聞いてんだ、子ヤギ。静月ちゃんはどうみても男だろ」
さも当然のように京介に説明されて、芽生はますます混乱してしまう。
「でもさっき京ちゃんが〝姫〟って……。それに長谷川社長も……」
芽生も大いに戸惑っていたけれど、それは静月も同様だったらしい。
帰社するなり目の前に見知らぬ人間がいて驚いたんだろう。
芽生の横を物凄くぎこちない様子で通り抜けると、所在なげに長谷川社長を見上げた。
「あ、あの……将継さん、相良さんの横にいらっしゃる彼女は……」
「ああ、大丈夫だよ、静月」
静月の頭をヨシヨシと撫でるなり、長谷川社長が芽生たちを交互に見遣る。
「私もてっきり相良が一人で来ると思ってたから驚かされたんだけどね。彼女は神田芽生さんと言って、相良の……」
そこで何と説明していいか戸惑うように、京介に視線を流した。
「あー、コイツは俺の娘みてぇなモンだ。あんま静月ちゃんと年も違わねぇはずだし、見ての通り害はねぇ。ま、仲良くしてやってくれや」
すかさず京介に〝娘〟呼ばわりされてグイッと前に押し出された芽生は、チクリと胸の奥を針で刺されたような痛みを感じつつも、「初めまして。京ちゃん……えっと相良さん? のところでお世話になっています、神田芽生と申します。京ちゃんはああ言ってますけど、彼とは血の繋がりとかありません」とぺこりと頭を下げた。
そんな芽生に、慌てたように静月が「え、えっと……ぼ、僕は……将継さ……、じゃなくて長谷川さん? のところでお世話になっています、朧木静月です。その……僕も将継さんとは血の繋がりとかないんですけど……い、色々あって家族だと言ってもらえています」としどろもどろで答えてくれる。
何だかお互いに似たような自己紹介になってしまったのが可笑しくなって、芽生がクスクス笑ったら、静月が戸惑ったように芽生を見詰めてきた。
「ごめんなさい。なんだか私たち、言い訳するみたいに同じようなこと言ってるなって思ったら可笑しくなっちゃって」
芽生の説明に、静月も「あ……」と気が付いたようにつぶやいて恥ずかしそうに笑ってくれる。
芽生はそんな静月を見ながら、(確かに恥ずかしがり屋さんなのかな?)と思いつつも、静月のことを好ましく思った。
***
とりあえず座って話そうということになって、京介とともに事務所の一角に設けられた応接セットへ通された。
京介が「おう。そういやこれ」と、手にしていた『たちばな庵』の袋を長谷川社長へ手渡して、長谷川社長が「練り切りとはまた上品な差し入れだな」と笑って、袋を手に静月とともにパーティションで仕切られた先へと向かう。
カチャカチャと音が聞こえてくることから察するに、あの奥は給湯スペースになっているんだろう。
二人が姿を消したのを確認して、何の気なしに皮張りソファへ腰掛けた芽生は、その途端ふかふかの座面へ埋もれ込みそうになって、足をバタつかせて慌てて身体を支えた。
「何やってんだ、子ヤギ」
ククッと笑われて京介の方を見遣れば、彼は両足をグッと開いて重心を前屈みにして、シートの手前の方へ座っている。
(京ちゃんなら背もたれにもたれ掛かってふんぞり返ってても似合いそうなのにっ)
などと思いながらも、芽生は京介を見習って背もたれから離れるように座り直した。
長谷川社長と静月が姿を消して二人っきりになってしまったからか、何となく気の緩んだ芽生は、
「あ、あの……京ちゃん。車にいる佐山さんは呼ばなくていいの?」
ここへ入った時からずっと気になっていたことを口の端に乗せて京介を見詰めた。
芽生の記憶が正しければ、箱の中の練り切りは全部で五つあったはずだ。
京介は芽生の言葉に驚いたように瞳を見開くと、「基本運転手はいないモンとして扱うって話さなかったか?」と問い掛けてから、「けどそこがお前らしいんだよな」と吐息を落とした。
そうして芽生の頭をポンポンと優しく撫でると、「椿のが二つ入ってるから、長谷川から一個もらって佐山に持って行ってやってくれるか?」と問い掛けてくる。
「分かった」
芽生はサッと立ち上がると、パーティションの奥にいる長谷川社長へ声を掛けた。
***
「でな、長谷川。こっからが本題なんだが――」
芽生が車で待機している佐山の元へ将継の厚意で手渡してもらったペットボトル入りの温かいお茶と椿を模した練り切りをひとつ持って行っている間に、京介が話を切り出した。
目の前には湯気のくゆる熱い緑茶と、小さな器に盛られた練り切りが並べられている。
京介の前には椿、将継の前には水仙、静月の前には蜜柑を模ったものが置かれていて、離席中の芽生が座る場所には店で彼女が見惚れていた兎が鎮座していた。
「俺は残ったので構わねぇから二人が先に好きなのを」と言った京介が、「あ、けど兎だけはうちの子ヤギによけさせてもらうな?」と芽生のために確保したのだ。
「先日南町の方で火事があったのは知ってるか?」
京介の言葉に、将継が「新聞の地方版に小さく載ってたな」と答えて、京介が「あれ、芽生の家なんだ」とつぶやいて将継と静月に息を呑ませる。
「幸い芽生は外出中で無事だったんだが、どうもキナ臭くてな」
言外に故意の放火をにおわせて、京介が吐息を落とす。
「下手に怖がらせたくねぇし、本人にゃーその辺は伏せてあるんだが、もしかしたら芽生の命を狙ったヤツの仕業かも知れねぇ」
「は? なんでそうなるんだ。神田さんは命を狙われるようなタイプじゃないだろ?」
「芽生自身は、な? けど、俺と結構深く関わっちまってるから」
苛ついたように胸の内ポケットから煙草を取り出そうとして、代わりに茶を一口飲んで誤魔化した京介に、将継が「そんな頻繁に会ってたのか」とつぶやいて。京介が「セキュリティ面に難ありな家だったからつい、な?」と苦笑する。
要するに葛西組若頭で、相良組組長である自分と深い仲にある女性だと誤認されてしまったかも? と含ませた京介に、将継が「それは……芳しくないな」と眉根を寄せた。
その上で、先程芽生が自分の課した試練にまんまと引っかかったことを告白した京介は、「んな感じでさー、一人で家に置いとくのも危なっかしいし、かといって俺が連れ回したら余計誤解を広げそうだろ?」と前置きをしてから、「すまんが、日中だけで構わねぇ。ここで芽生を匿ってもらえねぇか?」と切り出した。
実は長谷川建設にはセキュリティ面を充実させるため、京介の手配した防犯カメラがあちこちに設置されている。
それを視野に入れての頼みごとに、将継は小さく吐息を落とすと、「まぁお前にはいつも世話になってるからな」と京介の申し出を受け入れた。
コメント
2件
長谷川さんたちはBLかな?
おお、第10話!長谷川建設、いい雰囲気の職場だな~。静月さんがまさかのイケメンでびっくりしたわw でも長谷川社長との関係がもう尊すぎる…「自慢の伴侶」ってスパッと言われてこっちまでニヤけたわ。 それにしても京ちゃんの「娘みてぇなもん」発言、芽生の胸チクったよね…。あの予防線の貼り方、大人の事情かもしれんけど芽生には辛いよなぁ。 火事の真相気になるし、静月さんとの今後の関係も楽しみ!次の話が待ち遠しい🔥