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夜が明けた。窓の外では、鳥が鳴いていた。
けれどその声が、どこか遠くに聞こえる。
リーゼは白いシーツの上で、息を潜めていた。
唇に、まだ血の味が残っている。
歯の隙間に、あの夜の温もりが残っている。
それを思い出すたび、喉の奥が甘く疼いた。
――どうして、あんなことをしたんだろう。
いや、違う。
どうして、止められなかったんだろう。
噛んだ瞬間の、あの感触。
温かくて、柔らかくて、神の祝福よりも確かな“生”の味。
一度知ってしまったそれを、もう忘れられない。
心が、体が、彼女を求めてしまう。
ドアが静かに開く。
白衣の裾が月明かりではなく朝の光を纏って現れる。
狂犬がるる――あの夜と変わらない微笑みで立っていた。
「おはよう、リーゼ。」
その声を聞いた瞬間、心が震えた。
恐怖でも後悔でもない。
“欲望”だ。
喉の奥から、またあの渇きが滲み出す。
噛みつきたい。抱きつきたい。
血の味と愛の匂いで、もう一度満たされたい。
でも、ダメだ。
分かってる。
これは病だ。狂気だ。愛じゃない。
「……ごめんなさい」
掠れた声が漏れる。
けれど、狂犬は首を振って微笑んだ。
「謝らなくていいよ。
君はちゃんと“生きよう”としただけだから。」
その言葉に、また心が崩れた。
“許された”瞬間、鎖が強く締まる。
逃げられない。
彼女からも、この場所からも。
リーゼは思う。
この病院は、牢獄なんかじゃない。
――愛という名の檻だ。
そしてその中心にいるのが、狂犬がるる。
救いをくれた人であり、もう二度と離れられない人。
朝の光が、包帯の隙間から血の赤を透かす。
それはまるで、神聖な印のように見えた。