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「……えっと、この部屋は?」
いつも通り依頼の報告をしようとすると、ダグラスさんは錬金術師ギルド内の一室に案内してくれた。
そこは調度品なども置かれていて、ちょっとした応接間のような部屋だった。
「アイナさんも有名になってきたから……っていうのもあるんだけど、あまり人目に触れられるのもどうかと思ってな。
今回からは、この部屋で話をしたいんだ」
「確かに、王族からの依頼とかありますしね」
「今までの場所の方が、俺も楽なんだけどな……。
でもさすがにそうも言ってられないし、これからはこの部屋で頼む」
「私としてはこの部屋の方が落ち着きますから、大丈夫ですよ。
……でも、ここで納品まで終わらせるんですか? 倉庫とかに運ぶの、大変じゃありません?」
「ふふふ、実はこの部屋には秘密があってな……。
そこの本棚の後ろが、隠し扉になっているんだ」
そう言うとダグラスさんは、本棚を横にスライドさせて動かした。
本棚が無くなった場所からは、飾り気の無い扉が姿を現す。
「おお……」
「そしてこの扉は、いつもの依頼報告のカウンターに繋がっているんだ」
「なるほど。それにしても、よくもまぁこんな仕組みがありましたね……」
「かなり昔に気難しい錬金術師がいたそうでな。
その人のために、その時代に作られたものらしいんだ」
「はぁ……、困った方がいたもので。
それでは、苦労させられた職員さんに感謝をしながら、ありがたく使わせて頂きましょう」
「そうだな。偉大なる先輩に感謝、感謝だ。
……さてと。それで今日の用件は、依頼の報告で良いのかな?」
「はい、王族からの依頼の分だけ終わらせてきました。
……えぇっと、全部で57件の方ですね」
「お、おう……、相変わらず仕事が速いな……。
それじゃどんどん鑑定するから、この辺りに出してもらえるか?」
「はい、分かりました。
あ、そうだ。量が多くなってきましたので、アイテムを入れた箱に付箋を貼っておきました。
依頼書の番号を書いているので、それと突き合わせて確認してください」
「分かった――
……って、『付箋』ってなんだ?」
「え?」
とりあえずアイテムボックスから箱を1つ出して、ダグラスさんに見せてあげる。
「この細長い、小さい紙です。ちょっとしたメモを貼り付けておくと便利なんですよ」
社会人ご用達の、便利な事務用品の『付箋』。
他にも勉強のときに、教科書とか参考書にも挟んだりするよね。
「おいおい……。
そんなの貼り付けたら、箱がダメになっちまうじゃないか」
「ああ、大丈夫ですよ。粘着力は弱いので。ほら」
出した箱に付いていた付箋を剥がして、その場所をダグラスさんに見せてみる。
「お……?
本当だ、紙の箱なのに、破れたりめくれたりしていないな……」
「再利用も、何回かは出来ますよ。はい、ぴたっと」
そう言いながら、箱にまた付箋を貼り付ける。
ダグラスさんはそれをまじまじと見たあと、少しいじってから、自分で剥がしてみせた。
「……おお。何だこれ、めちゃくちゃ便利じゃないか……。
え? これ、アイナさんが作ったのか?」
元の世界の付箋を再現しただけなんだけど、『粘着力の弱い糊』を作ったのは私だから……つまり、私が作ったということで大丈夫だよね。
……さすがに、世界を跨いで特許権なんて無いよね? あれ、実用新案って言うんだっけ? ……まぁいいか。
「参考にしたものはあるのですが、これは私が作りました。
まぁ、実際には糊だけですけど」
「……ふぅん。
これ、欲しいなぁ……。依頼、出しても良い……?」
「え……? 別に良いですけど……」
「本当か? よーし、あとで依頼書を作るから頼むな!
それにしても、こういう発想があるもんなんだなぁ……。なるほどなぁ……」
思い返してみれば、私も付箋にはずいぶんお世話になったものだ。学生時代も、社会人時代も。
発明した人、名前は知らないけど、いつもありがとうございます。
「それでは、納品するものをどんどん出していきますね」
「よし、どんと来い!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――疲れたぞ!」
「お疲れ様でした。お茶でも飲みますか?」
「え?
……あああ、すまん! お茶も出さないで!」
「あはは、それっていつものことじゃないですか。
私、お茶のセットを持ち歩いてますので、ぱぱっと入れちゃいますね」
特に入れても問題なさそうだったので、いつもの通りぱぱっと入れよう。
コップはちゃんとお客様用のものがあるから、抜かりなし、だ。
そしてお湯も作って――
バチッ
「……おお、お湯まで用意しているとは」
「収納レベルが高いから、保温性が抜群なんですよ」
実際にはお湯を『作った』んだけど、それは触れないでおこう。
アイテムボックスに入れたお湯を出していた、ということにしても、特に何も変わることは無いからね。
「うーん。錬金術師としては最高だよなぁ、時間が流れないアイテムボックスって……。
普段使いにも便利そうだし……」
「私もそう思います♪ はい、お茶をどうぞ」
「ありがとう。……うん、美味いな。
さて、今回も全部ばっちりだったぞ。何だか気になるアイテムもあったが……」
「私は『媚薬』が気になりましたね」
「あ、やっぱり? S+級の効果ってどんなもんなんだろうな……」
「興味があるなら、使ってみますか?」
「……止めておこう」
「賢明です。……ああ、そうだ。
今回は受けてしまいましたが、ちょっとこういう系は、今後は控えたいなと思いまして」
「む、そうか?
まぁ、何に使われるか分からないものだしな……」
「はい。やっぱりこういうものは、使う人にもよると思うので……。
人となりを知らない方には、王族の方であってもあんまり……」
「うーん、気持ちは分かるけどな。
しかし今回納品して評判を呼んでしまったら、断るに断れなくなる気もするぞ?」
「それでは、報酬を吊り上げることにしましょう」
「欲しい人は、それでも出してきそうだけどな。連中、金は持ってるし……。
むしろ質を落とすっていうのは――」
「ここまでS+級のアイテムを連発していると、プライドのようなものが生まれてきました。
なので、それは却下ですね」
「……だよなぁ。まぁ、これについては今度依頼が来たときに相談させて欲しいかな。
依頼するときには、ちゃんと伝えるから」
「そうですね、それではそんな感じでお願いします。
……あ、そろそろ良い時間ですね。この後は用事があるので、今日はこの辺りで失礼しても良いですか?」
「ああ、それじゃ報酬を渡そう。
時間が無さそうだから、このまま依頼報告のカウンターまで来てもらっても良いか?」
「お。あのドアを通ってですか?」
「いやいや、あれは職員用だからダメ。
一回外に出て、依頼報告のカウンターまでまわってくれ」
「えー、それは残念。それでは一旦、失礼しますね」
「おう、ゆっくりで構わないからな!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……そう言われると、少し急ぎたくなるのが人の常。
若干急ぎ足で、依頼報告のカウンターまで向かうと――
「お、アイナさん! 待っていたぞ!」
いけしゃあしゃあと、ダグラスさんが笑いながら言った。
「早いですね!」
「アイナさんも急いで来ただろ……。こっちもギリギリだったぞ?」
そう言いながら、ダグラスさんは報酬のお金をカウンターの上に乗せた。
今回は全部で金貨45枚。割と頑張ったんだけど……いや実際大した金額なんだけど、リーゼさんに懸けた懸賞金の額にはほど遠い。
「はい、確かに頂きました。
えぇっと、あとは『付箋』の依頼でしたっけ?」
「ああ、そうだそうだ!
でもアイナさんの時間が無さそうだし、これは次回にしても良いか?」
「ダグラスさんが問題ないなら大丈夫ですよ。
もしお急ぎのようでしたら、今度来たときに作ってきますので……依頼書の内容をそれに合わせてもらえれば、即納品できますね」
「それは良いな! それじゃ大きさはこれくらいで……枚数はできるだけ多く頼む。
予算は、金貨1枚で」
「はい、分かりました。それで作ってきますね」
付箋だけで、金貨1枚。
特にこれで商売する気はないから、今回は出来るだけたくさん作ってあげようかな。
付箋の便利さは、折り紙付きだからね。
……って考えると、やっぱり商売にしちゃっても良いかもしれないなぁ……。