テラーノベル
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「コト、俺、本当お前がどうしようもなく好きだ」
うそっ。
何でいま、この状態でそんな嬉しいセリフ!
格好がまともならヒロの方を振り返って「私も!」って彼に抱きついてキスしたい!
でも、この姿のままじゃ無理だよぅ。
ヒロの意地悪っ。
あれこれ考えて何も応えられずに彼の腕の中、背中越しにヒロの温もりを感じながらフルフルする私に、ヒロがまるでそのまま聞いて欲しいと言わんばかりに続けるの。
「コトが……俺が花々里にフラれたあの日。俺のことを気に掛けてくれて本当よかった。――カッコ悪くて言えなかったけど……あの時の俺、何もかもから捨てられたみたいな気になって、結構自暴自棄だったんだ。授業だってどうでも良くなって全部サボっちまったし――」
そこで私を抱く腕にギュッと力をこめると、
「コトがあの時、変形菌に逃げてた俺にわざわざ手を差し伸べてくれなかったら。きっと今でも俺、花々里のことを忘れられずに腐ったままだったと思う。――どうにもならねぇの分かってて、きっと馬鹿みたいにくすぶり続けて往生際の悪い男に成り下がってた」
ヒロの言葉を聞きながら、私の心臓はうるさいくらいに騒いでいて。
あの日、勇気を出して大好きなヒロを決死の覚悟で飲みに誘ったの、間違いじゃなかった?
「コト、花々里に捨てられた情けない俺を拾い上げてくれて有難うな」
私の耳に直接吹き込まれるみたいなヒロの低音ボイス。
頬に触れるヒロの柔らかな髪の毛の感触。
それら全てがこれは夢じゃないんだと私に突きつけてくる。
「ヒロ。貴方に拾われたのは……私のほうだよ?」
もうこの際、タオルケットの下、汚れたままの裸なことにも目をつぶろうって思った。
私、ちゃんとヒロの目を見て話したい!
私はヒロの腕の中で身じろぐと、ゆっくりと彼の方へ向き直った。
「ヒロ。1年生の時からの私の片思いを成就させてくれて有難う! ヒロが……私の隣で笑ってくれる日が来るなんて、夢みたいです!」
私の、切ないくらいのあの気持ちは……きっと叶うことなく大学卒業とともにあやふやになるんだとずっとずっと思ってた。
ヒロが……。馬鹿みたいに真面目で一本気なヒロが……。まさか幼なじみちゃんへの気持ちを断ち切って私の方を向いてくれるなんて、思いもしなかったから。
だから。
貴方に拾われたのは……貴方に救われたのは……きっと私の方なのよ?
「ヒロ、私を選んでくれて有難う! 大好きだよ!」
くるまったタオルケットが身体から落ちないように気を付けながら、私はギュッとヒロにしがみついた。
***
「昨日はお疲れ〜。ふたりともあの後ちゃんと家に帰れた?」
ゼミの研究室にヒロと一緒に入ると、白衣姿のそのさんが、顕微鏡からチラリと顔を上げてそう声を掛けてきた。
――ゼミで気まずくなるんは嫌じゃけ、次に会ったときは……お願い。今まで通り話しかけて? 俺も極力頑張るけぇ。
過日そうポツリと落とした言葉のままに、そのさんはいつも通りの雰囲気で声を掛けてくださって。
それがギュッと胸を締め付けてくるみたいで、ヒロとのこと、ちゃんとそのさんに報告しなきゃって思った。
たまたま席を外しておられるだけなのか、いつも大抵そのさんと一緒にいるはずの田中先輩の姿が見当たらないことと相まって、心臓がドクドクと高鳴り始める。
「あ、あの……そのさん」
――私、ヒロと。
そう続けようとしたら、それより早くヒロが口を開いた。
「園村先輩、すんません! 俺、昨日帰り際に貴方に言われたこと、守れませんでした!」
言って、勢いよくガバリと頭を下げたヒロに、私は驚かされる。
「ん? 俺との約束を守れんかったって……。柳川、送り狼になったん?」
ヒロの言葉に、そのさんが顕微鏡から視線を外して、身体ごとこちらに向き直る。
それと同時、ギシッ……と、そのさんが座る椅子が軋んだ音が室内に響いた。
その音に何故かギュッと身体が縮こまる思いがして、私は無意識にヒロの背後に隠れる。
「あ〜、鳴宮さん、俺、怒ってないよ? そんな怖がらんで?」
途端それに気付いたそのさんが眉根を寄せて困ったような顔をして。
「俺さ、ぶっちゃけそうなったらええなって思って昨日2人を残してさっさと退散したんよ? じゃけぇね、柳川も鳴宮さんも、そんな風に俺に気ぃ遣わんちょって?」
――じゃないと俺、余計しんどいじゃん?
ポツンと落とされた声が、そのさんの本音だと悟って、私は思わず先輩を見た。
「あー、もちろん未練がないっちゅったら嘘になるけぇね。――俺、ぶっちゃけそう言う粋なキャラじゃないし、そんなカッコええことは言わんよ? けどさ、俺のせいで鳴宮さんが辛いのは嫌じゃし、逆に俺のお陰で幸せになれたっちゅーんじゃったら……当て馬になった甲斐があったって思えるじゃん?」
言って、そのさんが八重歯を見せてヘラリと笑って。でもその笑顔のなか、黒縁眼鏡の奥の目は悲しそうに揺れて見えた。
そのさんはまるでそれを隠したいみたいにウルフカットにしたシルバーアッシュの前髪をかき上げて……。
おもむろに椅子から立ち上がると、いきなり私とヒロをギュッと抱き締めていらした。
「そのさんっ!?」
「きゃっ」
ヒロの驚いた声と、私の小さな悲鳴にクスッと笑うと、そのさんってば私達の背中を軽くトントン、と叩きながら「おめでとう」って言ってくれるの。
「収まるべきところに収まった感じじゃん? 悔しいけどさ、ええ感じじゃの、とも思うちょるよ」
ギュッと抱きしめられているから、そのさんがそのセリフをどんな表情で言って下さっているのかはよく分からない。
でも――。
自分をフッた相手と、その彼氏にこんなに優しく出来るそのさんは本当にかっこいい素敵な先輩だなって思った。
と、すぐ背後、戸口のところでドサッと重たい音がして。
「おーい、川本ぉ〜。後ろつかえてるんだけどぉ〜」
田中先輩の声と一緒に、背後に誰かが入ってくる気配がした。
「あれっ、梨香子? 今日はバイトじゃないん?」
そのさんがそう言って私とヒロを解放してくれて。
自由になった身体で振り返ると、私たちのすぐ後ろに黒髪サラサラストレートを肩口で切りそろえた、ちょっぴり垂れ目の綺麗な女性が立っていた。
白いノースリーブワンピースがすごく似合っている彼女は、どうやら田中先輩に押されるようにして、うちのゼミ研室に押し込まれてしまったみたいで、
「田中のバカっ。何で押すのよぅっ」
と耳まで真っ赤にして抗議しているところだった。
「いや、だって川本がうちのゼミの入り口塞いでたからつい……」
どうやらそのさんと、田中先輩と、垂れ目の彼女は知り合いみたい。
コメント
2件
もしかしてそのさんにも春の予感!?
いやー、第29話、最高でした!ヒロの「拾い上げてくれてありがとう」からのコトの「拾われたのは私のほう」って応酬、胸熱すぎて叫びましたわ🔥 そのさんの心情も切ないのに「おめでとう」って祝福してくれる優しさに涙腺来たし、ラストの新キャラ・梨香子さんの登場で続きが気になりすぎる!展開も感情描写も巧みで、めっちゃ刺さりました。鷹槻れんさん、素敵なエピソードありがとうございます!
#極道
鷹槻れん

12,146
#シングルマザー
水羽凛
183
月詠 涼
696
鷹槻れん

32,346