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次の日。私は獅子合に言われた病院へ来ていた。どこにでもある街の小さなクリニック。看板の塗装は少し剥げ、入り口には観葉植物が並べられている。ぱっと見た限り、ここが「奇病」に詳しい病院には見えない。「本当なのかねぇ……」
思わず独り言が漏れる。病院の自動ドアをくぐり、受付で名前を告げると、しばらく待合室で呼ばれるのを待つことになった。
——期待などしていなかった。
「雨宮さん。」
静かな待合室に、看護師の声が響く。私は立ち上がり、診察室へと向かった。
中に入ると——
赤い髪に、黒いシャツ。その上から白衣を羽織った女性がデスクに座っていた。
「はじめまして。このクリニックの院長、上原美紀だ。」
カラリとした声で名乗る彼女に、私は軽く頭を下げる。
「はじめまして……」
「獅子合から話は聞いているよ。星散病なんだってね。」
どうやら、獅子合が事前に連絡を入れていたらしい。
「星散病の患者はとっても少ない。だから色々調べさせてもらうよ。」
「……はい。」
私は頷き、検査が始まる。その間、美紀さんといろんな話をした。
彼女は私の姉・優香と大学の同級生だったこと。二人はよく一緒に酒を飲み、遊び回っていたこと。玲子のように街のパトロールをしていたこと——ただし、美紀は助手のような立場だったこと。
「まさか、優香の知り合いだったなんて……」
私は驚きを隠せなかった。
「そういえば、美紀さんはどうして奇病に詳しいのですか?」
「ロンドンでいろいろ研究をしていてね。 それでさ。」
美紀は手早く検査を終え、私を診察台から降ろした。
「——さ、終わったよ。」
私は服を整えながら、美紀の手元にある検査結果を覗き込む。
「体内には、星屑がいくつもある。」
美紀の声が、少し低くなった。
「これが星を吐く原因と見て間違いないだろう。そして、それはものすごい速さで増加している。血液にまで入り込んでいるくらいに。」
そう言うと、美紀は採取した血液の入った試験管を持ち上げた。
中に浮かぶ、微細な金色の粒子——それは、星の欠片のように輝いていた。
「……それで、あとどのくらい生きられるのですか?」
自分でも驚くほど、静かな声が出た。すると、美紀の表情がわずかに曇る。
「……文献では、星散病の患者が二十五より長く生きた記録はない。」
私は目を閉じる。
知っていた。どこの病院でも、何度も聞かされた言葉。
——「君の場合は、あと一年。」
……一年。私の人生の、残された時間。
「そうですか。」
何度目かの、絶望。でも、私はもう慣れていた。それを見透かしたように、美紀は少し微笑んだ。
「だから、この一年を有意義なものにしてほしい。」
私の目をまっすぐ見ながら、彼女は続ける。
「どうせ寿命でしか死ぬことはないのだし、獅子合たちのように極道として生きてみてもいい。」
冗談めいた口調。でも、その裏にあるのは、本気の言葉。私が黙っていると、美紀は軽く肩をすくめた。
「どうするかは君次第だ。獅子合には私から伝えておこう。」
静かな診察室に、時計の秒針の音が響く。
「……ありがとうございます。」
私はそう言うと、診察室を後にした。
星散病。それは、二十五の誕生日を迎えると、星屑となって夜空に散る病。さきほど美紀が言っていたように、星散病の患者は成長とともに体内に星屑を溜め込んでいく。
そして、二十五歳が近づくにつれ、その星屑を少しずつ吐くようになる。
——運命は、生まれたときから決まっていた。
顔には、星形のほくろ。まるで、「この身が星へと還る証」かのように。
星散病にかかった者は、どんなに腕のいい医者に診てもらったところで、二十五を超えて生きることは決してできない。
だが——この病には、もうひとつ奇妙な真実がある。
吐き出される星屑。それは、ただの病の副産物ではない。
——高値で取引される。
市場では、「奇跡の鉱石」と呼ばれ、薬にも、装飾品にもなるらしい。その輝きに目を奪われる者は多く、星散病の患者の存在すら「金になる」と考える者もいる。生まれながらにして限られた命を背負い、なおかつ、その身体すら価値として求められる——
そんな病に、私はかかっている。
……だからこそ、考えるのだ。この一年を、どう生きるかを。
「あれ、玲子じゃん。今日も病院?」
街角を歩いていると、どこか気の抜けた声が聞こえた。
振り向くと、黄色の虎柄のシャツに黒いズボン、サングラス越しに鋭い目を覗かせる男が立っていた。無精髭を生やし、ラフな服装とは裏腹に、身体全体から発せられる独特の威圧感。
「……佐山さん。」
佐山康介。春川組の狂人。
ふるう剣には一切の型がなく、まるで獣のように本能で振り回す。それでいて、敵を圧倒するほどの実力を持つ。
——そんな男が、今はただの気のいい兄貴分のように私を見ていた。
そのまま、私は佐山さんと近くの公園へ足を向けた。木陰のベンチに腰を下ろし、二人でしばらく談笑する。
「そっかー。獅子合が気を効かせてねぇ。」
佐山さんは腕を組み、ふぅんと鼻を鳴らした。
「えぇ。でも、どこの医者も同じことを言いましたよ。」
「やっぱり、二十五で死ぬんだ?」
「はい。」
私は軽く頷く。
佐山さんの年齢は三十。
そこまで生きられることはない——そう思うと、正直うらやましい。
「二十五で死ぬのかぁ。」
佐山さんは空を仰ぐ。夕陽が、橙色の光を木々の隙間から落としていた。
「なんだか、悲しいねぇ。」
「……佐山さんでも、そう思ってくれるのですね。」
「あったりまえよぉ。玲子は妹みたいなものだし。」
そう言うと、佐山さんはポケットから煙草を取り出し、一本咥えた。カチッとライターを鳴らし、火を灯す。
「吸う?」
紫煙が、ゆるやかに空へ溶けていく。
「いいえ、吸いません。」
「健康志向だねぇ。」
佐山さんは、くくっと喉を鳴らして笑う。あと一年で死ぬというのに、健康を気にしてどうする。そんな皮肉めいた考えが頭をよぎるが、煙草を吸わない理由は単純だった。
「臭いから。そして、まずいから。」
それだけのことだ。
「ねぇ、玲子。一つ大きな事件があるのだけど、一緒に解決してみない?」
佐山さんが、にやりと笑いながら言った。
「……大きな事件?」
「そ。」
私が聞き返すと、佐山さんはおもむろにポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。
「もしもしー、獅子合? あの事件の資料、持ってきてくれない?」
どうやら、電話の相手は獅子合らしい。
「五分で土山公園な? 遅れたら殺す。」
殺さないでくれ。内心ツッコミを入れつつ、佐山さんの横で待つことにする。
——そして、本当に五分後。
獅子合と速水が、公園の入り口から姿を現した。二人とも、息を切らしている。
だが——
「五分って言われたら、二分で着いてなきゃダメだろうが。」
バキッ!!
理不尽にしめられる獅子合と速水。
その間、私は手渡された事件の資料に目を通した。
——事件の概要。
「孤児院から三人の兄弟が誘拐された」
ただの誘拐事件ではない。三人とも、何かしらの奇病を患っていた。
そして、決定的な情報。犯人の顔は、防犯カメラに映っている。
「警察は動かないのですか?」
私は資料から顔を上げ、佐山さんに尋ねた。
「あぁ、今回の事件に関しては動いちゃくれねぇ。」
佐山さんは、苦笑しながら煙草に火をつける。
「なにせ事件を起こした犯人は、この街の警察のトップだからな。」
——あー、そのパターンかぁ。
警察は、自分の身を守るために、自分や身内が起こした事件は隠す。そのせいで、うやむやにされた事件や事故は数えきれない。
「で、それに耐えかねた孤児院の院長が、俺たちに依頼してきたってわけなんだ。」
佐山さんは、指で資料をトントンと叩きながら言う。
「それはいいけど……どうして私が行くことに?」
「どうせ寿命でしか死なないんだし、パーッと大きなことやっちゃおうよ!」
佐山さんはそう言いながら、速水の首を極めたまま締め上げる。
「ぐぇっ……ちょ……ぐるじぃ……」
「はぁ……」
私はため息をつき、仕方なく速水を解放してあげることにした。
まぁ、言ってしまえば——カチコミに行くってことだろう。この前佐山さんから大金もらったし、断るわけにはいかないな。