目を覚ましてから、どれほどの時間が経ったのか分からなかった。
窓の外はずっと灰色で、朝なのか夜なのかさえ曖昧だった。
何度か目を覚ますたびに、彼は、穏やかな笑顔で食事を運んできた。
柔らかい声で話しかけ、まるで日常の一部のように僕の髪を撫でる。
けれど、その優しさの裏に潜む“何か”を、僕は知ってしまっていた。
……逃げなければ。
このままでは、本当に“僕”が壊れてしまう。
彼が部屋を出ていったあと、僕はそっと周囲を観察した。
拘束具は見た目よりも古く、留め具が少し錆びている。
動かすたびに金属が擦れる音が響くのを抑えながら、ゆっくりと腕を捻った。
痛みが走る。皮膚が裂け、血が滲む。
けれど、構っていられない。
「……もう少し……もう少しで……」
微かな“カチリ”という音。
錆びた金属が外れ、右手が自由になる。
息を殺してもう一方の手も外し、やっとベッドの上から身体を起こした。
冷たい床。
裸足のまま歩き出すと、足音が異様に響いた。
壁際には、小さなテーブルと古い鏡、そして扉――鍵は外側からかけられている。
「……くそっ」
声が震えた瞬間、廊下の向こうで足音がした。
――戻ってくる。
とっさに周囲を見渡す。
カーテンのない窓、だがその外は高い位置。
それでも、ここに留まるよりは……
震える手で窓の金具を外した。
冷たい風が吹き込み、身体が一瞬怯む。
背後では扉の鍵が回る音。
「晴明くん、起きてるんですか?」
あの穏やかな声。
――まるで恋人を呼ぶような優しい声が、すぐそこまで迫っている。
躊躇している時間はなかった。
僕は窓の縁に足をかけ、外の闇へ身を乗り出した。
「……ごめんなさい、、学園長……」
次の瞬間、背後で扉が開く音がした。
「――晴明くんッ!!」
その叫びを聞いた直後、僕の身体は風を裂いた。
頬を打つ冷気。落下する感覚。
視界の端で、揺れる蛍光灯の光が遠ざかっていく。
着地の衝撃とともに意識が白く弾け、
最後に見たのは――上からこちらを覗く“学園長”の、涙を浮かべた顔だった。
「どうして……そんなに、逃げたがるんですか……」
その声は、痛みよりも深く、胸に刺さった。
コメント
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晴?!!!! 待って続き超気になるんだけど?! あっちゃんは?!どうなってんの?!えっ?!晴!!!!
死んでないよね?