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藤田先生のボールペンが再び揺れ始める。健太は言われるままテキストをめくると、「人種区別の撤廃」の文字が現れた。
「次。人種が違っても人は平等なんだ。白人、黒人、黄色人種といるけれど、実はみんな何も違わないんだ。人種区別廃止って動きが世界的に盛んになったんだ」
「でも、違うじゃん」と健太。
「どこが」と先生。
健太はテキストの写真を指差した「肌の色が。ほら、髪の毛の色も、目の色も」
藤田先生はボールペンを胸に挿し、腕を組んだ。目を閉じて首を片側に、反対側に傾ける。
「うーん、まいった。子供って、独特な感性もってんなあ。そんな風に考えたことなかったな」先生は目を開けると、無精ひげの生えたあごの先端に指をやる「違うっていうと、大人はすぐ『差別』って言い出すけれど、子供はただ見たままをいうんだね。 聴こえました今の、塾長。やっぱ、子供って天才ですね」
塾長の濁声は言う。
「そのー、感性で一秒一秒の今を生き、明日を創り上げていく存在だもの。我々はそのー、純粋な魂を忘れてしまったんだ。偏見なくものごとにあたるという、素直で率直な見方を」
「私達はもう不純ですからねえ。どうしても物は斜めから見てしまいますし、口から出任せで日々生きてますからねえ。子供は大天使ガブリエルが送りこんだ無邪気な天使、仏が地上に生んだ菩薩ですよ、ツァラストラも驚く、ダビンチの才も席譲りほどの」と藤田先生。
「アテネの哲学者ソクラテスを処刑へと導いたのも、ゴルゴダの丘でイエスキリストの処刑を断行したのも、色眼鏡というバイアスを持った目の腐った大人達だったんだ。世の中を裸眼でそのまま、うー、つぶさに見つめる子供は、この世の宝でもある。すなわち言い換えれば、そうした未来の人材を育成し世に送り込むことが、教育業界で身を粉にするものの役目だということを、我々は常に肝に銘じておくべきなんだ」と塾長。
「金も銀も玉もなににせむ、宝子となむ何とかって歌もありますしね。塾長風に言えばうー、そのー、子供は我々と同じ一票を持つ合同的存在であって、相似的存在ではない。貴賎や人種などに惑わされずに、えー、人類皆兄弟、全世界の全市民は権利という平等な属性を持つ、うー、合同的本質を分有する存在であるところに、やはりそのー、根幹があるような気がします。そこを徹底的に解説することが、やはりうー、教育者の端くれの私の使命かなと、ハイ」と藤田先生。
「君が何を言いたいのかは全くもって分からないし、私はそんな言い方はしないと思うが、うーそのー、つまり子供は神だという人もいるもの」と塾長。
「やっぱり、人種人類みな同じ、合同的存在ですよね」と藤田先生。
大人はときどき、子供の言うことに大げさな反応をする。