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音楽スクール。通常の学校と並行して、俺はそこに通っていた。そこには俺くらいの歳の若者がたくさんいて、音楽で生きていくという夢を持った者がたくさんいた。
俺も、その中の1人だった。
そう、彼も。
「……なっが」
「ぇ?」
真隣で声がして思わず声の主を見た。俺よりも背は低くまだ幼さの残るその顔。細い身体。
「……なにが、?」
なんのことを言ってるのかさっぱり。まず自分に対しての言葉だったのかもわからなかったが、ガッツリこちらを見てたからそれは間違いではなかったようだ。
「まつ毛」
「……まつ毛?」
「うん。すっごい長いね、君のまつ毛。羨ましい」
初めての会話にしては突飛だったと思う。でも、人懐こい笑顔を浮かべるその少年になんだか興味が湧いたのも確かだった。思わず笑ってしまう。
「…ふは、なんだそれ」
「あ、俺クォン・ジヨンていうんだ、よろしくね!」
今更ながらの自己紹介。面白いやつだなと思った。
「俺はチェ・スンヒョンだ。よろしくな」
「何歳なの?」
「今年18歳になる」
「俺の方が1つ下だ。じゃあ改めて、よろしくねスンヒョンヒョン」
こいつは人との距離感がバグってる。コミュ力お化けというべきか。するりと心の中に入ってくるような、それでいて不快感を与えさせない。つくづく不思議な男だと思った。
「スンヒョンヒョン〜」
それから毎日、気づけば俺の隣にはジヨンがいた。ダンスと歌のレッスン中も、休憩のときも帰り道だって。お互い口数が多い方でもないのに会話が尽きない。音楽の話や将来の話を熱く語り合うこともあれば、昨日食べた飯の話や好きな本の話も。知り合う前の時間を埋めるように、俺たちは常に一緒にいた。
スクールには寮がある。そこに住んでる者もいれば家から通っている者もいて、俺とジヨンは後者だった。春と秋の年に2回、申請を出し部屋に空きがあれば寮生活に変えることができる。寮の部屋は基本的に2名〜4名の相部屋だ。俺は今年の春から寮生活になる。
「え、ヒョン寮に変えるの?」
「ああ。この前申請出して通ったからな。小さい部屋の方だけど」
寮には小さい部屋と大きな部屋があった。小さい方は2名用、大きい方は4名用。入る者も抜ける者も割と入れ替わりがあるからどちらになるかわからなかったが、空きがあったのは2名用だったらしい。次の入居希望があるまで1人ということだった。
「誰と一緒になるかはまだわからないってよ」
「そうなんだ、じゃあ俺が入れるようにお願いしてみる」
「…あ?」
サラッと言われ思わず聞き返した。ジヨンはなんともないよう顔で申請書の貰い方を聞いてきた。
「いや、お前…」
「ん?」
「え……本当にジヨンも寮生活にすんの?」
「うん」
ケロッと答える彼になんだか拍子抜けだ。未成年の俺たちは一応親の許可が必要なのだが、ジヨンはもうすでに自分の中で決定してるらしい。
「親の許可は…」
「今日帰って説得する。ま、俺の両親なら普通にOK出してくれると思う」
「そうなのか?」
「うん、だってヒョンが寮に入るなら俺も入るしかないじゃん」
いや、しかないことはないだろ。
「…俺が入るから?」
「そうだよ。だって一緒にいたいじゃん」
「っ、」
真っ直ぐな瞳でそう言われなんだか頬が熱くなった。純粋に恥ずかしいし照れる。彼の目を見れなくてたまらず視線を逸らした。
「…………別に、今も充分、一緒にいるだろ」
「そうだけどさ、これからはレッスン終わりも一緒にいれるんだよ?あー楽しみだな〜」
申請書貰いに行ってくる、と離れていった背中を、見えなくなるまで見つめてしまった。
宣言通りジヨンは親の許可を得て申請を出した。俺のすぐ後だったから当然同じ部屋に割り振られたのだが、念の為と彼は俺と同室がいいと希望を出したらしい。
1週間後から俺たちは寮で暮らし始めた。
寮の部屋にはトイレが1つ、ベッドが2つ、収納スペースがいくつか。エアコンとテレビと冷蔵庫は1台ずつ。洗濯と風呂は共同スペース。キッチンも共同にあるが、小さなコンロとシンクだけがある簡易的なものは部屋にもある。
「荷物これで全部?」
「ああ」
お互い男だから荷物もそれほど多くなかった。が、ファッション好きのジヨンは服が多く、靴が好きな俺はスニーカーが多かったから、お互い話し合って使う収納スペースを決める。その他にも持ち込んだ雑誌の置き場やバスタオルの置く場所、2つあるベッドをジャンケンで決めたり、一緒に生活する上の簡単なルールを作ったりした。
「へへっ」
「……なに笑ってんだよ」
やっとのことで全てが終わりひと段落ついたとき、ベッドに転がりながらジヨンが楽しそうに笑った。
「今日からヒョンとここで暮らせるの嬉しいなって。よろしくね」
「…ああ、よろしく」
はい、と差し出された手を握る。小さいくて細いけど、骨ばった長い指の手。なんだか俺まで顔が綻んでしまった。