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1 - 第1章 『春の誘い』

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2025年07月10日

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桜力(おうりょく)


春の風が高梁の町をゆっくりと撫でていた。

川沿いには菜の花が揺れ、山に囲まれた町全体がやわらかな日差しに包まれている。

その午後、教室の窓際では淡いカーテンがふわりと揺れていた。


「……はい、これ。今年も春の相撲大会のプリント配りますー」

担任の先生が、無造作に数枚の紙を班ごとに配っていく。


めぐみの前に一枚のプリントが落ちた。

『春の相撲大会 参加者募集のお知らせ』

という太文字が、白い紙に堂々と踊っている。


「今年もこの季節か……」

めぐみはぼんやりと紙を眺めた。去年、ひとりで個人戦に出て、あっさり初戦負けを喫したあの春。悔しさと、自分だけ浮いていたような孤独感が、今でもふっと胸に残っている。


「めぐ、出るの?」

隣から水々葉がのぞき込んでくる。髪を耳にかけながら、真剣な目をしていた。


「うん。……っていうか、リベンジしないとさ」

「そっか。去年、あれだけ練習してたもんね」

「でも、一人じゃね……」

めぐみが少し笑った。


「私も、今年はちょっとやってみよっかな」

水々葉がふっと視線を外して言った。

「真面目にやるとは言ってないけど」


「え、水々葉も?」

「私も出てみたいかも〜」と、斜め前の席から夏菜と優衣が乗ってきた。

「なっちゃんと優衣も!?」

「うん、だって今年のポスター、ちょっとかっこよかったし。あと賞状ももらえるんでしょ?」


「……よし!」

めぐみはプリントをくしゃっと握りしめた。

「じゃあ、放課後、行こう。いつものとこ」


「また、あそこ?」

水々葉が苦笑する。

「だって、正式に申し込むのはまだ先でしょ? だったら秘密の練習場でこっそり準備よ」

「ふふ、わかったわかった。でも今日、優衣は?」

「さっき『うち今日は別件ある』って言ってた。たぶん……あっちの活動?」


「そっか。無理はさせられないね」

めぐみは肩をすくめる。


「じゃあ、ちょっと見に行ってみる?」

夏菜が言った。


「うん。……あの場所、見せるね」



放課後のざわめきの中、三人は連れ立って教室を出た。



めぐみがふたりを連れてきたのは、街から少し離れた山の中にある、古びた神社だった。


「ここ、どこ……?」

水々葉が辺りを見回す。木々に囲まれ、鳥のさえずりしか聞こえない。


「すっごい、雰囲気あるね……」

夏菜も少し緊張したように声を漏らす。


「あたしね、去年この土俵、偶然見つけたの。ずっと誰も使ってなくて。でも、なんかすごく惹かれてさ」

めぐみは境内の奥にある土俵を指差す。俵は少し崩れているけど、しっかりした円形が残っている。


「……ここで一人で練習してたの?」

水々葉の声には少し驚きが混じる。


「うん。去年はここでずっと一人で稽古してた。でも、やっぱり一人じゃだめだったんだ。誰かと組んで、押して、負けて、それでもまた立ち上がって……そうやって強くなるんだって、負けて気づいた」


ふたりはしばらく黙っていたが、やがて夏菜がぽつりと呟いた。


「……めぐ、すごいわ」


「でもうちは、そんな真剣な世界、ちょっと怖いかも……」


「大丈夫だよ。相撲ってね、面白いんだよ。なっちゃんは力あるし、水々葉は反応いいし……うちが、教えるから」


「プロでもないのに?」

水々葉が笑う。


「まぁね……でも、自分の得意な形とか、投げ技とか、ちゃんと練習したよ。だからまずは、それを一緒にやってみよ?」


古びた狛犬が眠そうに苔むし、土俵は落ち葉に囲まれていた。だが、この場所だけは、めぐみにとって特別な空間だ。


「ほいっと……」

スニーカーを脱ぎながら、めぐみはすでに稽古着に着替え始めている。体操服にまわしを巻いたその姿は、もうスイッチが入っていた。


「じゃあ、今日は組み手の基本からいくよ」

「はいはい」

水々葉が片手を挙げて軽く返す。

「なっちゃんも、しっかりね?」

「えー、見てるだけじゃダメ?」


「だーめ! あんた、握力強いの知ってるんだから!」

「うぐ……バレてる」


「で、今日は“がっぷり四つ”から教える。互いに両差しで胸を合わせるやつ。私、それ得意なんだ」

「ふーん、そういうのだけはちゃんとしてるんだね、めぐ」

「だけは、って何よ!」

「ほら、教えて教えて」

夏菜と水々葉が、くすくす笑いながら立ち上がった。


その土の上に、三人の足音が増えていく。

まだ、勝てるかどうかもわからない。

でも去年の“ひとり相撲”だけは、もう繰り返さないと決めていた。


「……あのさ」

ふと、めぐみがつぶやいた。

「今度さ、1組の子にも声かけてみようかなって思ってるんだ」

「誰?」

「牧野さんって子。負けず嫌いっぽいし、スポーツできそうだし」


「めぐ……気になるの?」

「ちょっと、ね」

春の空はまだ明るく、山の陰が土俵にゆっくりと差し込んでいた。


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