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「BRADMOONのライブについていなくて大丈夫なの?」
廉に捕まった美咲は、大学構内から連れ出され彼の愛車だと思しきスポーツカータイプの高級車に放り込まれ、行き先も分からないまま夜の街を走っていた。
「アイツらなら大丈夫だ。川口君がついている。彼女がついていれば、俺が居なくても大丈夫だ」
『なら、来なければ良かったのに』と、ついて出そうになる可愛くない言葉を慌てて飲み込み、コソっとため息をこぼす。
川口静香さん。彼女は廉の優秀な秘書であり、古くからの廉の友人でもある。そして、彼の想い人。
(とっくに、静香さんと結婚したと思っていたのに)
そんな事を思いながら、ハンドルを握った廉の左手の薬指を確認している自分が嫌になる。
とても美しく理知的な人。三年前、まだ廉と付き合っていた時に初めて会った静香さんを今でも想い出す。
そう、三年前まで……、美咲は、この十歳年上の幼馴染み、廉の恋人だったのだ。
美咲が廉と初めて出会ったのは小学生の頃だった。隣の空き家が取り壊され、そこに真新しい白い家が建つと同時に引っ越して来た東條家。美咲と同じ年の遥と、当時高校生だった廉の二人兄弟。年の近い子供が、近所に居なかったのもあり、東條家と安城家は母親同士が仲良くなると同時に、子供達もまた、親しくなって行った。
高校生だった廉は、よく弟の遥と美咲の面倒を見てくれていた。小学生だった美咲は、優しくて大人な廉が大好きだった。同じ年の男子にはない余裕と優しさに、まだ小学生の美咲は夢中になった。廉といると、自分が少し大人になれたような気がして嬉しかった。当時は、遥には目もくれず廉の後ばかりくっ付いていた様に思う。
廉は、美咲の初恋だった。
そんな廉に、美咲が告白したのが高校一年生の時。廉が大学を卒業し、社会人になって数年経った頃だった。
大人の男性との恋。しかも初恋の相手だ。美咲が浮かれない訳がなかった。
毎日が幸せだった。だから気づかなかったのだ。廉が迷惑していたことを……
当時、廉は高校から続けていたモデルの仕事が軌道に乗り、多忙な日々を過ごしていた。少しずつメディアの露出も増え、会えない日々が続く事もあった。しかし、テレビや雑誌で彼を見かける度に、廉が自分の彼氏だと言う事が誇らしくもあり、それだけで美咲は満足出来た。
初恋の相手、廉との恋は順風満帆。寂しく思うことはあっても、廉に愛されていると思えば、全てが華やいで見えた。
しかし、そんな日々が三年も続けば欲も出てくる。本格的にモデル業を開始した廉は東京へと拠点を移し、まだ高校生だった美咲は地元での生活を余儀なくされる。東京と田舎との遠距離恋愛となれば、寂しさも募っていく。
我慢出来なくなった美咲は、もっと廉と一緒に居たくて、国公立の大学へ行く事を条件に、一人暮らしをしたいと、両親に直談判をした。もちろん、初めは大反対だった美咲の両親も、彼女の必死さに根負けし、国公立大学への進学を条件に一人暮らしを許した。
廉と一緒に居たい一心で、必死に勉強をした。受験に向け勉強に励んでいれば、廉に会えない寂しさも紛らわす事が出来た。
美咲の頭には廉との幸せな未来しかなかったのだ。
――――あの日、川口静香さんが訪ねてくるまでは。
『貴方は、廉の未来を潰す存在でしかないわ。貴方が彼の側にいる限り、彼の未来は閉ざされてしまう。彼を愛しているなら別れてちょうだい』
寝耳に水の話だった。
突然、美咲の目の前に現れた大人の女性。自分にはない大人の色気も余裕も持ち合わせた女に、あの時の美咲は、反感を感じていた。
知らない女が廉と私の仲を割こうとしている。
廉から別れて欲しいと言われた訳でも、私の存在が邪魔だと言われた訳でもない。
知らない女にとやかく言われる筋合いなんてない!
あの女が一方的に言い捨て、美咲の横を通り過ぎるまでは、確かに、そう思っていた。
横を通り過ぎるとき感じた香り。
大好きな廉の香り。あぁ、彼女が本命か……
美咲は、唐突に悟ってしまった。自分と付き合ってくれていたのは、幼馴染みとしての同情からだったのだと。優しい廉の事だ、私を振るのは忍びなかったのだろう。
そろそろ潮時なのだ。
私という存在から廉を解放してあげなくちゃ。
『好きな人が出来たの。別れて』
廉に、一文メールを送った。
別れは呆気なかった。あのメールを送ってからスマホも替えて、廉との繋がりを全て絶った。
美咲が大学に合格し一人暮らしを始めた頃、幼馴染みの廉はテレビで観ない日はない程の有名人になっていた。
雲の上の存在。
引越しをしたばかりの段ボールが積まれた部屋で、一晩中泣いたあの日に、美咲の初恋は終わったのだ。
一生、大好きな廉と交わる事のない人生が始まったと思っていたのに。
どうして、こんな事になっているのよ……
軽やかに運転する廉の横顔を見て思う。
(なんで、私は失恋した初恋の幼馴染みの車に乗っちゃってるのよ。もう会うつもりは、なかったのに……)
「どうしたの? 美咲」
「えっ? あっ……、どこに向かってるのかなって?」
「美咲と一緒に住む家に向かってる」
「――――はっ!?」
コメント
1件
うわ、これは続きが気になりすぎる展開ですね……! 美咲が「廉を解放してあげなくちゃ」と自ら身を引いた過去と、今の「一緒に住む家に向かってる」のギャップが衝撃的でした。特に「忘れられない香り」のタイトル回収、静香さんから漂った廉の香水のシーンが切なくて。あの瞬間の美咲の諦めが痛いほど伝わってきました。次が待ち遠しいです!