それは何がきっかけで始まったのかは誰も分からない。落雷による火災が原因と言う学者も居れば、不審火による放火。或いは火の不始末によるヒューマンエラー。様々な説が取り沙汰されたが、今となっても原因は定かではない。
東南アジアに存在するとある小国の森で突如として発生した森林火災は、発生当初はそこまで大きな騒ぎになることは無かった。現地の消防組織が迅速に対応しており、直ぐに鎮火すると誰もが予想して楽観視していた。
だが、自然の猛威はそんな人々の予想を嘲笑うかのように火災の規模をどんどん悪化させていく。運命の悪戯か、東南アジアとしては珍しく雨が少なく風が強い日が続いたこともあり、火は恐ろしい勢いで周囲に燃え移る。
結果、広大な地域が業火で包まれるまでにそれほど時間を要しなかった。
こうなると現地の消防機関だけでは対処が困難となり、軍の出動。それでも抑えられず、現場からの強い要請を無視できなくなった政府は、渋々ながら世界各国に支援を要請するまでになった。
その間も森林火災は規模を拡大させていき、森の中にあった集落や町を次々と飲み込んでいく。懸命な消火活動を尻目に火の勢いは収まらず、焼け出された人々の救助や支援にも支障を来していた。
最早、簡単には消火は出来ない。そう考えた現地政府は更なる被害拡大を防ぐため森林の一部を伐採。燃えるものを無くして自然と鎮火することを狙う。幸い雨季も近く、被害は食い止められると考えた。
しかし。
「伐採が間に合わない!?」
「規模が広すぎます!全ての木を切るなど不可能だ!」
「そもそも伐採する人員も機材も足りない!森林管理局の怠慢だ!」
「なにぉ!?そもそも貴様ら消防の対処が稚拙だからこうなるのだ!」
燃え広がる早さを見誤り、作戦は遅々として進まず。更に責任の所在を巡り政府内で足の引っ張り合いが発生。
「自然破壊を止めろー!」
「政府は動物の保護を優先しろー!」
政府の方針に激怒した一部の過激な環境保護団体がデモを行い、不安に駈られた人々によって都市部では暴動が発生するなど、周辺地域は混乱を極めていた。
この期に及んでも政府内の派閥争いは終わらず、各国からの支援物資の奪い合いも発生。現地入りした海外の救援部隊も、現地機関が混乱しており正確な情報を得ることが困難になっていた。こうなると彼等も下手には動けない。
そうした政府の対応の遅れは、更なる被害の拡大を招く結果となった。
既に森の半分近くが焼け野原となり、焼け出された人々は万単位に上る。更に犠牲者の正確な統計すら出来ず、病院は常に怪我人で満杯。既に小国の対応能力の限界を超えていた。
事此処に至りようやく現地政府は緊急事態宣言を発令。各国による更なる支援を求めたが、現地は既に混乱状態であり追加の支援は更なる混乱を招く危険性すらあった。
各国メディアもこの大火災を大々的に報道。世界中の人々が注目し、その動向に関心を寄せる。
合衆国、ホワイトハウス。緊急会議の場で、ハリソンは重々しく口を開いた。
「現地の状況は?」
「現地大使館とは何とか連絡を確保していますが、状況は最悪です。各地で暴動が発生し、現地政府は軍を投入して事態の沈静化を図っていますが……」
「現地に滞在する我が国の国民は一千人前後、しかし今現在無事を確認できたのは三割に満たないのが現実です」
「現地大使館も懸命に動いていますが、多発する暴動で交通網が各所で遮断され避難誘導すら困難です。まして、地方の集落などに滞在している国民を速やかに救出するのは絶望的です」
「派遣した救助隊も現地の治安悪化で身動きが取れません。下手に動かせば、二次被害の可能性が」
閣僚達の言葉にハリソンは強い頭痛を覚えた。確かに森林火災の規模は既に有史以来有数のものになりつつあるし、東南アジアの小国で対処できるものではない。それは理解していたが、現地政府の腐敗が事態をより一層悪化させている要因のひとつと言う事実。
頭を痛めるのも無理はなかった。
「我々に出来ることは?」
「現地の国民を確実に保護するならば、軍の派遣を検討するべきかと」
「馬鹿な!外交問題に発展するぞ!」
「そうだ!下手に軍など派遣すれば、中華がどんな反応を示すか分からない!」
「ですが、現地政府は当てになりません!既に主要な空港は政府によって封鎖されているのですぞ!」
「なぜだ!?」
「自分達や富豪達が逃げるためか……?」
「……おそらくは」
外交官の言葉に、会議室の空気は重さを増した。自国民を放置して我先に逃げ出す。人類史においてもそのような行動を取った為政者は少なくはない。この現代で起きないと楽観視するような人間はこの場に居なかった。
誰もが最悪を想定した頃。
「失礼します!」
会議室へ駆け込んできたマイケル補佐官に皆が注目する。
「マイケル、何かあったのか?」
彼を落ち着かせるため敢えて優しく腹心に問いかけたハリソン。そんな彼の意図を汲んでマイケル補佐官は深呼吸し、自らを落ち着かせて静かに口を開く。
「現地に派遣した救助隊から緊急連絡です。読み上げます」
もう一度深呼吸をして、万感の想いを込めて。
「救助活動は順調、火災も鎮火しつつあり。暴動も沈静化。我らに天使の加護があり!以上です!」
誰もが唖然とする中、ハリソンだけは静かに笑みを深めた。
「やれやれ、どうやら我々地球人はまた彼女達に救われたようだ」
現地では“二人の天使と一人の妖精”が大空を飛び交って現地の人々と協力して事態の沈静化に動いていた。
燃え盛る家屋から飛び出した銀の髪を持つ天使は、純白の翼を大きく羽ばたかせながら空を舞い。
「もう大丈夫だからね」
救い出した幼い少年に笑顔を向けて、救助隊の下へ運び。
「ほらほら!そんなにピリピリしてても楽しくないよ!☆こんな時こそ、みんな笑顔で明るく元気に!☆ボルテージ!!!☆」
「「「ティリスちゃーーーーーーーんっっっ!!!☆☆」」」
金髪の幼い天使が降り立った町では、暴徒達も略奪を止めて何故かオタ芸を披露し。
「水の精霊よ、我が願いに答えて安らぎの雨を!」
金の髪を持つ妖精は、その無尽蔵のマナをフルに使い雨雲を発達させて大雨を森林に降らせ火災を急速に鎮火していった。
これぞまさに奇跡である。