テラーノベル
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放課後の体育館は、いつもより少し静かだった。
バスケットボール部の練習が終わったあと、誰もいなくなったコートに、ボールが転がる音だけが響いている。
「……まだ残ってたのか」
振り向くと、入口に立っていたのは同じクラスの佐久間だった。エースで、無口で、ちょっと近寄りがたい存在。
「シュート、全然入んなくてさ」
俺が苦笑いすると、佐久間は少しだけ目を細めた。
「フォーム、崩れてる」
そう言って、彼は当たり前みたいに隣に立つ。
「肘、もうちょい内側。あと力抜け」
言われるままにボールを持つと、後ろから軽く腕を支えられた。距離が一気に近くなって、心臓が変に騒ぐ。
「……こんな感じ」
「う、うん」
言われた通りにシュートすると、さっきまで嘘みたいにきれいにリングに吸い込まれた。
「お、入った」
思わず笑うと、佐久間がほんの少しだけ口元を緩めた気がした。
その日からだった。
放課後、なんとなく体育館に残るようになったのは。
佐久間も、特に約束したわけじゃないのに、だいたい同じ時間に来る。
最初はただの練習だったはずなのに、
気づいたら、話す時間のほうが長くなっていた。
「なんでそんなに練習してんの」
ある日、俺が聞くと、佐久間は少し考えてから答えた。
「……別に」
「絶対なんかあるだろ」
しつこく言うと、彼は観念したみたいに小さく息をついた。
「勝ちたいから」
「それだけ?」
「それだけ」
シンプルすぎる答えに笑ってしまうと、佐久間は少しだけ不機嫌そうに眉をひそめた。
「笑うな」
「いや、なんか佐久間っぽいなって」
そう言うと、彼は少しだけ視線を逸らした。
その横顔を見て、ふと気づく。
ああ、俺、この時間好きなんだ。
バスケとかじゃなくて、
ただここで、こいつと話してる時間が。
大会前日。
いつもより空気が張りつめていた。
「明日、頑張れよ」
軽く言ったつもりだったのに、声が少しだけ震えた。
佐久間はそれに気づいたのか、じっとこっちを見る。
「お前も出るだろ」
「いや、俺ベンチだし」
「関係ない」
その一言が、やけにまっすぐで、胸に刺さる。
「……なあ」
佐久間が珍しく、言いにくそうに口を開いた。
「もし勝ったらさ」
「うん」
「その……打ち上げ、二人で抜けていいか」
一瞬、意味が分からなかった。
「え、なんで?」
聞き返すと、彼は少しだけ困った顔をしたあと、小さく言った。
「話したいことある」
それだけで、全部伝わった気がした。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
「……いいよ」
そう答えると、佐久間はほんの少しだけ安心したように笑った。
試合は、ぎりぎりで勝った。
歓声と拍手の中で、佐久間は誰よりも静かに息を整えていた。
打ち上げの途中、目が合う。
ほんの一瞬の合図みたいに。
俺たちは、何も言わずにその場を抜け出した。
夜の体育館は、昼間と違って少し冷たい。
「で、話って?」
先に聞くと、佐久間は少しだけ黙ったあと、ゆっくり口を開いた。
「……お前といると、落ち着く」
予想してたはずなのに、心臓が強く跳ねる。
「だから、その……」
言葉を探すみたいに視線を彷徨わせて、
最後にまっすぐこっちを見る。
「もっと一緒にいたい」
その言葉は、飾りもなくて、不器用で、でもすごくまっすぐだった。
しばらく何も言えなかったけど、
気づいたら、自然と笑っていた。
「俺も」
それだけで十分だった。
静かな体育館の中で、
俺たちの距離は、ほんの少しだけ変わった。
こんな感じでどう?
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