「まだですか」
「まっ……まて…も、オッ」
職業柄か、休暇に相当する期間に入ると潰れるまで酒を飲む狩猟師は多い。
「フゥ……スッキリした、気がする」
「そんなんで大丈夫ですか?ドブネズミも寄りつかないような酒の臭いですが」
「そんな顔すんな相棒…何日も止まってる訳には行かねぇからな!行くか、ミストカーブ!!」
そう言って3歩進むと立ち止まり、また手洗い場に駆け込んだ。
「もうすぐ夕方ですね」
「そうですねッてイタ!蹴るな!そんなんでぶっ壊れねぇけど、もうちょっと加減してくれ…反省はしてんだから…」
「昨晩おまえを担いでも問題ありませんでしたし、これくらいどうって事ないでしょう。反省については信用できませんが、まあ良いです。入場受付に間に合えばこれ以上文句は言いません」
「だいじょうぶだって!なんなら明日もゆっくり見ていこうぜ。出立は金があるうちならいつでも構わねぇしな」
「おまえのペースで毎日酒屋に通ったら、金がなくなって身動き取れなくなるでしょう」
狩猟協会は様々な施設を保有しており、この街では光聖冠衆院と共同で、人狼を中心にその他神秘に対する研究を行う施設がある。
怪物の貯蔵庫、ミスト・ラカーヴ。
「こりゃあ立派だな。ずっと外壁からてっぺんが覗いてたが、近くで見ると迫力あるぜ。しかも壁面のタイル、1枚ずつ裏に魔法陣が書かれてやがる…魔女も土方仕事するんだな」
「私には見えませんが」
「俺は目ん玉に直接クリスタル入れてるからな。ハイ、メガネ」
「はい。こ、れは…!確かに、圧巻ですね…」
純白の美しい宮殿は、レンズを通すだけで禍々しい様相に変わる。
竜の鱗のように丁寧に貼られていた菱形のタイルには、1枚ずつ別の紋様が浮かんでいる。遠目から見るとそれらは規則的に絡み合っているように思えた。
「魔法陣、初めて見ました。こんなに凄いんですね」
「バカ言え。普通はこんなじゃねえよ。俺は器用じゃないから学ばなかったが、なんだっけ…代替魔術、とか言うやつがほとんどだな…他は複雑過ぎて分からん」
『正解です〜!この宮殿は第1層に代替起動格魔術式、第2層に魔素貯蔵魔術式改丙、第3層には光攪張浸崩魔術式で、第4層は第3層を邪魔しないよう、蜘蛛の糸より細かく指伝式、受伝式、照射式、代替網式魔術式が張り巡らされております!まさに人類史における美の特異点と称されても過言ではございませ〜ん!!』
突然真後ろから、頭に入り切らない量の言葉を投げかけられた。
振り返ると白く気品漂う正装に身を包んだ獣?のような女性が、目を輝かせ揉み手をしながら立っている。
『あっあっ!ご興味がありそうでしたので、先走って解説してしまいました!ごめんなさ〜い!私はこちらの入場受付をしております!人狼ではないので、銃は降ろしてくださ〜い!!!ここは術式の外なので当たっちゃいますよ〜!』
「アンタ、魔女か?」
『いえいえいえ、違います〜。あと魔女と魔術師、魔導師を混同するのはお辞めくださ〜い!
狩猟師風に言えば、狩猟師を食べた人狼と狩猟師を同じって言ってるようなものですよ〜!
あ、私はこの宮殿の管理大魔導師様により作られました、バルカンネコベースのホムンクルス!サーティとお呼びくださ〜い!!!
見学希望の狩猟師様でお間違いないですよね?ね?いやぁ久しぶりでわたくし興奮が止まりませんよ〜!
ささ、お二方どうぞコチラへ〜〜!!!』
「……ホムンクルスって、もっとこう、物静かでホッソリしていると思ってました」
「ああ、俺が前見たやつはそれだった。あんな趣味丸出しみたいなのも居るんだな…デカすぎんだろ……」
「ウサギの肉垂みたいなものかもしれません」
サーティと名乗るホムンクルスは、その後も聞いてもいないし前提知識がなければ理解できない内容をスコールのように浴びせてきた。
「要するにここは、1匹でも脱走しようとしたら中にいる奴ら全員、光になって消えちまうと」
『は〜い!創設より11年、一度も発生しておりません!!!』
「そんで、この同意書の最後にちっっっっさくある「当館をご利用いただいた方には、当施設員が同行許諾をいただく場合がございます。拒否権等ございませんのであしからず」とは?」
『は〜い!当館では研究の全てを閲覧、観察、体験、記録して頂くことが可能となっております。特に狩猟師様方は我々の“すべて”を“無料”で味わっていただくのですから、利用者様のお仕事も無料で見学させて頂かなくては釣り合いがとれませ〜ん!それに見たい!見たいです!!おふたりは狩猟師の中でも有名な』
「ハイハイハイハイ、どうするボン、このインコよりうるせぇニャンコがくっ付いてくるかもしれねぇとよ。それでも見てぇか?
って、もう署名してんのか…!?」
「背に腹はというやつです。具体的に同行とは、どういった形で行われるのですか?」
『よくぞお聞きくださいましたフートさま〜!まず施設員とはここ、ミスト・ラカーヴで働いている全名が該当します。気になっていると思いますが、私も含まれております〜!』
「ハァ…俺もう帰りたい…」
『どうせなので、もう同行の同意書もお見せしちゃいますね!観察班は 記録員、測定員、隠匿員、下手員の4名体制になります。お仕事中には一定距離内に入りませんし、気配を一切消しますし、一切会話はいたしません。そして人狼に全員食べられちゃうまで手出しもいたしませ〜ん!!同行時に記録された情報に関しましては、許諾のない限り当館外にて管理、保管されますので情報が漏れることもございません!どうでしょ〜〜?』
「もう相方が署名しちまったから俺もやるしかねぇだろうがよ…ホラ!」
『やったやったやった〜!!!署名ゲットです〜〜!!!!!大魔導師様に掛け合って、すぐにでも同行申請を出さなくては!?それでは私は仕事が出来ましたので、あとはお好きに見て回ってくださいね〜!各間には必ず代表者が受付をしておりますので。あ、これ館内の見取り図です〜私がデザインしました!それでは〜〜!一緒に人狼退治いきましょ〜ね〜〜!!!!』
「タダより怖ぇもんは無ぇな」
「まあ、同行中は何も喋らないそうですし。それに、ここには我々にとって有益な情報が、山のようにあるみたいです」
「…はぁ……俺は知恵モノ以外あんま興味ねぇけど、好きなだけ付き合うぜ」
ホムンクルス目線で作られているのか、見取り図には肉眼で3秒見つめて判別できるような、小さな文字が詰め込まれていた。
人狼に関する領域は館内で最も大きく、いまこの瞬間も実験や研究が行われているようだ。
「と言っても、おまえとホムンクルスさんのせいで閉館まであと1時間しかありませんが」
「お、オレだけのせいじゃねぇじゃん!?」
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