『どちらへいかれますか』
「えっと…人狼の間、入口まで…」
『はい、かしこまりました。動きますので、鉄の棒にしっかりとお捕まりください』
「オイ、あのネェちゃん…」
「はい…どう見てもメドゥーサ、ですよね。蛇のホムンクルスとか?」
『わたくし、ホムンクルスではございません。
メドゥーサ、初めてですか?』
「「きこえてた」」
魔法陣で浮かび上がり、円形の廊下に沿って移動する大理石のプレートは、御伽噺に搭乗するメドゥーサが動かしていた。
光聖冠衆院は人外や異形、怪異などを収集し、特に各地の神にまつわる存在を研究していると聞いたことはある。
狩猟協会の中にも、光聖冠衆院から参加する神秘の捕獲を専門とした一派が存在している、と耳にしたことはあるが……。
「狩猟師歴13年、一度も見たことねぇな。もちろんそれ以外の神秘もな」
『うふふ、わたくしからすれば、人狼もあなたのおっしゃる神秘の1つですわ。もちろん人も神の子、神秘の1つですよ』
「あの、失礼ですが、その…よく質問されるかもしれないのですが、髪の蛇と視覚を共有されているんですか?」
『聞かれたこと…は、ないわねぇ。私の石舟に乗る方は、みな黙って下を向いてしまいますもの。おふたりのことはちゃあんと見ていますから、安心してくださいね』
目には黒い布を充てているが、長く結われた蛇達がしっかりとコチラを見ていた。
蛇の舌から時折、布をスるような独特な音色が鳴る。彼女はノットと名乗り、終始穏やかな口調で世間話をしながら廊下を進んだ。
『人狼の間、到着でございます。入場はアチラ。受付は、レンジーが担当しております。それでは、ごきげんよう』
「……フート、光聖冠に鞍替えすんなよ」
「まさか。人狼討伐中に現れるかもしれませんし、その他の神秘について学んでおいても損は無いと思いますが」
「チッ、お勉強熱心なボンボンめ!にしてもバケモノ屋敷だ…次も禄でもねえヤツがやってんだろうなぁ」
「あら、女性が好きなのでは」
「バーカ!人間限定に決まってんだろ!!」
受付らしい受付の前にいる。が、見たところ氏名記入用の用紙以外、何も無い。
「………もしかして、透明人間が受付だったりします?」
「いや留守中だろどう見ても。とりあえず名前だけ書けば」
『わわわわ!?お、お客さんだぁ!お客さんが来るなんて聞いてなかったよぉ。ごめんねぇ…あ、ぼくはヴァンピールのレンジー』
「ついさっき入場しましたから。宜しくお願いします、ヴァンピールさん」
受付デスクの向こう側から、目の無い小さく毛むくじゃらな、ブタのような生き物が顔を出した。
ヴァンピール。それは、神が狼を放つキッカケとなった悪魔である。
「まて、ヴァンピール…って、あの?悪魔のヴァンピール!?」
『そーそー。今はもう光聖冠に捕まって弱くなっちゃってさ……あ、クッキーたべる?ぼくのカラダだと、ちょっとおっきくって食べきれないんだよねぇ〜』
「おひとつ頂きます」
『どーぞどーぞー、1つと言わず、ぜんぶ食べちゃってよ。おじさんもどお?おいしいよ』
「待てフート!コイツ!悪魔!」
『そーんなに警戒しないでよ〜。今はもうここに閉じ込められて、魔力を吸い取られるばっかだから。爪も牙も抜かれて縫われちゃったし、もう嫌になっちゃうよ。狼どもに食いちぎられて、命からがら逃げたと思ったのにね…はぁ』
羽のようなモノの長さは不明。耳から足までの体長は人差し指にも満たない。
こんな小さい、クッキーに乗ってしまいそうな獣のいったいどこを怖がれと言うのか。パストは鼠嫌いなのもあるでしょうが。
不思議な点と言えば、目の前で話されているかのように声がはっきりと聞こえるくらい。
「私はけっこう好きですけどね。まさか神を騙した悪魔が、ネズミより愛嬌のある姿だとは思っていませんでした」
「真面目に聞くぞ。俺とコイツならどっちを信用する」
「パストの言動は狩猟以外で信用ありませんからね。今は受付のヴァンピールさんを信用します」
『わはぁ〜、負けちゃったねぇおじさん』
「おっと、あまり弄らないで上げてください。拗ねてしまいますから」
「なんも聞こえねェ〜ッ、ア〜〜〜ッ」
「嘘ですよ。狩猟協会が関わっている施設で、狩猟師には常時公開されているんですから、信用以前の問題でしょう…」
『おじさんやかましいねぇ』
ヴァンピールには長い指があり、その間には薄い皮膜が張られていた。
器用に高い廊下を飛行して先導する姿を見て、ようやくコウモリであることに気付いた。
猫のような顔を想像していたので、少しカルチャーショックを受けた。
「それにしても、なぜ因縁のあるヴァンピールのあなたがここの受付を?」
『だからだよ。光聖冠って、すっごい嫌味なヤツらでさぁ、もし人狼がこの区画から逃げ出したら、真っ先にぼくに飛びつくからだって…生命の実が入ってるから、簡単には死なないしね』
「そう聞くと合理的ですね」
『いやだなぁ。あ、あともうちょっとで知恵モノだよ。クリスタルの壁で囲んでるから、安心してねえ。それにしても、ここら辺は本ばっかりで退屈しちゃうでしょ〜?』
「そんな事ありませんよ。時間があれば、全て読みたいのですが」
『フートくんは勉強熱心だなぁ。ぼくなんていつでも読めるのに、1日寝て過ごしちゃうよ』
書庫の豪華な扉を抜けると一転、薄暗い狼避けが施された回廊。ただ、天井には外で見た光の魔法陣に近いものが描かれていた。
ヴァンピールの羽音に従って歩を進める。
『はい、これが知恵モノだよ』
「…おい……冗談じゃねぇぞ」
「あの人は」
透明な板を隔てて座り込んでいるのは、1年前には名を馳せ、1つ前の街で顔を合わせた狩猟師だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!